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岸本佐知子『わからない』

6月24日
岸本佐知子『わからない』
読了。

 翻訳家・岸本佐知子さんの未発表エッセイを集めた大部の本。書評やコラムなど短めの文章が大半を占めているけど、岸本さんならではの妄想力の強さや、現実への強烈な違和感・疎外感に自分の心のふだん表に出さない部分をくすぐられながら楽しく読んだ。

 『わたしのいえ』と題された一編などは、川上弘美の『大きな鳥にさらわれないよう』思い出すようなファンタジックな内容で眩暈がする。
 卑属すぎる書き出しから、どんどん横滑りしていって、「笑いの絶えない明るい家庭を築くのが夢です」という明るく健全であることが心底不気味な一文に辿り着く『こんにちは、わたしがママよ』の怪文章っぷりも凄かった。

 信頼できる読み手による書評は、読みたい本、読むべき本が、自分の読める本のキャパシティを超えていることを突きつけられて悲しくなったりもするのだけど、「ベストセラー快読」は読まなくていい本の読まなくていい理由が絶妙なラインで解き明かされていて大変参考になる。
 もちろん書評にそそられて読みたくなる本もたくさんあり、まずは『銀の匙』を再読するところから始めたい。

 後半を占める日記も必読の面白さ。無茶苦茶に貶されている劇団Sが、むかし観に行ったことのある劇団で笑った。そんなにひどかったかー。もっとひどい劇団もいっぱいあったけどな。
 ラーメンズ石橋義正など、自分の好きな人たちの名前が出てくると単純にテンション上がる。いちばんびっくりして声出そうになったのは、ウクレレ漫談の「ぴろき」さんの名前が出てきたところ。あっかるっく元気に行っきましょほ〜。

 大人になって、「わからない」ことが少なくなって、反対に腑に落ちる物事の占める割合が増えたぶん、世界は、読書は、つまらなくなってしまった。ーーーいや、それは嘘だ。わからないことがあると、ただうろたえ、不安になり、せかせかとわかろうと努め、あるいは頭から否定しにかかろうとする。そして二度と読み返さない。なんだかわからない美しいものを、なんだかわからないまま楽しむことのできた子供の私は、読み手として、今の私よりずっと上等だった。

岸本佐知子「『にんじん』と私」(『わからない』所収)


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