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子猫は突然現れる

2012年の私といったら、土日祝日休みで金曜の夜がフィーバーナイトだった。

時間があればあるがままにお給料を買い物とデザートに注ぎ、帰宅後沼に沈むように眠れる時間まで眠った。土曜は撮り溜めていたテレビをひたすら見続けた。気を抜くと仕事の事を考えてしまうから、CMがくると必死でスキップボタンを連打した。土曜の夜には休日が明日しかないことを意識して本気で涙したりもした。日曜は1日の半分以上をベッドの上でただひたすらに天井を見て過ごす事が多くなっていた。

振り返ると、家と職場の距離があったのも問題だと思う。
茨城県から東京都まで片道約2時間かけて通っていた。通勤電車の中では座れた瞬間寝ていた、というよりも文字通り気絶していた事の方が多かったと思う。転職を機に上京も考えたが、あまりの忙しさと疲労、薄給に震災直後の不安から現実的ではなく、先延ばしにした。

毎日が本当に辛くて仕方なくて、正直な話、何度も死ぬことが頭をよぎった。それでも転職したことに今後悔したことは一度もない。
普通ではできない経験をさせていただいた。そして何よりも一緒に働いている人たちの質がとてもよかった。職務内容は厳しいものだったけれど、その分人が優しくあたたかかった。私もこんな人になりたいと思わせてくれる人がたくさんいた。そして、私が猫と出会えた大切な場所だからだ。

(仕事内容を明かせなくて申し訳ない)

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数日前にチビを保護してから、職場に行っても猫がいなくて虚しさは増していた。

それまでは猫のことを必死に調べる毎日だったのにその必要ももうなくなった。
週が明けた憂鬱な月曜日、給湯室で同僚に「猫がいないわ〜」とぼやいたら、「なんかまだ白黒の子猫いない?私先週末チラっと走ってるの見たよ」と言われた。

でも勘違いの場合もあるし、と半信半疑だった。

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2012年11月6日18時半頃、1日降り続けた雨はパラパラと小雨になっていた。
上司ことオジサンと気が重くなるような会議に出席するために車で出かけ、会議内容を報告しに職場へ戻った。

車から降りて職場の裏口から入ろうとしたところ、どこからか「にゃご〜」と聞こえた気がした。

……遂に私は猫がほしすぎて幻聴を聞いてしまったというのか。

試しに「にゃご〜」と返事した。
すると、先ほどよりも大きな「にゃご〜!」という鳴き声が確かに返ってきた。

鳴き真似をしながら声の聞こえる方を捜索したら、掃除用具をしまう物置の下の10cm程の隙間から「にゃご〜」と低めのガラガラ声が聞こえた。

確かに返事をする猫がいる。ここにいる。そう確信した。でも下を覗くと枯れ葉がつまっていて、中が見えなかった。

私は中に入ってオジサンと、たまたま時間外労働していた猫好きな年配の女性を召喚した。

※年配の女性はこちらにチラっとでてきます。

何より、私はビビっていたのだ。猫という存在に。
1週間程前に凶暴になったチビを保護したばかりだった。(※冒頭の猫を捕まえようとしたら私以外が幸せになった話を参照してください)

オジサンは優しいので、嫌がらず枯れ葉を掻き出してくれた。

その瞬間、小さなカタマリが飛び出した。子猫だった。
垣根の中をぐるぐる走り逃げ回る子猫を、大人3人で追いかけた。
誰も捕まえようなんて一言も口に出さなかったはずなのに、気がつくと私たちは「そっち!そっちに行った!」「こっちこっち!」と叫び合って子猫まっしぐらだった。

されど子猫はすばしっこくて全く捕まえられない。

そう、我らは素手である。

すると、女性は走って何かを取りに行った。

戻ってきた女性は「こーゆうのがあるといいのよね!」と手にブランケットを握っていた。そのブランケットには見覚えがあった。女性の隣席の人の膝に掛けるブランケットだった。迷いはなかった。緊急事態だかたじけない。私たちはブランケットを無断使用した。

そうやって、女性が走る子猫にブランケットを上からかぶせ、硬直して身動きとれなくなったところをブランケットごと抱き上げて捕獲してくれた。

そう、遂に、私のロッカーにしまいっぱなしになっていたあのキャリーを、使う日がきたのだ。

キャリーの中に入った猫の顔をみんなでまじまじと見た。めちゃくちゃブサイクだった。相変わらずにゃご〜と鳴く声を聞いて、女性は「この子鳴き声かわいくない!」と笑いながら、隠し持っていたであろうジップロックに入った猫のカリカリを食べさせて残りを私にくれた。

私の目は、チビに慣れていたのだ。なんてブサイクな猫だろうと思った。それでも連れて帰ることに決めた。

猫と暮らしていた女性にアドバイスを仰ぎ、私は帰りに子猫を病院に連れて行くことに決めた。

近くの病院をいくつか検索して電話すると、1件目で時間外だったにも関わらず診てくれると言ってくれた。時計の針は20時を過ぎたところだった。
携帯が進化してくれていてよかった。ありがとうアップル、ありがとうスティーブジョブズさん。

道に迷いながら病院へ辿り付くと、先生や看護師さんから猫についてを少し習った。その時にしたメモが今も残っている。

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猫を連れている現実に、動揺していたんだと思う。子猫は455キロとメモされていた。

体重455gの男の子でかなり痩せている。たぶん2ヶ月弱くらい。家の近くの病院にうんちを持って行って検便してね。まだ子猫だから毎日体重測定してあげてね。ワクチンは2週間後くらいがいいかな。食事は総合栄養食と一般食があって、総合栄養食の缶詰やカリカリをふやかしてあげてね。

と、濡れた体を拭いて背中に液体を垂らしてくれた。その魔法の液体でノミダニを落とせますと言われて非常に驚いた。私がかつて犬と住んでいた時より、動物医療は進化している。

病院で初めて子猫を明るい場所で見て記念に写真を撮った。恐る恐る触れた。チビに比べて、この子猫はとても大人しかった。(シャーもしなかった)

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猫の体を優しく触る先生の手は引っ掻き傷だらけだった。先生もオジサンみたいに強いんだなと思った。帰りは駅まで先生が往診に行くついでだから、と迷わないように送ってくれた。本当にありがたかった。

電車の中、子猫はにゃご〜とコンスタントに鳴き続けた。勢いで連れて帰ってきたけど急に頭が冷えたてきた。これからを不安にも思った。薄給でやっていけるのか、両親は賛成してくれるのか。猫の鳴き声を聞いた周りの乗客の視線も痛かった。心なしかキャリーの中から獣臭もした。いたたまれなくなった私は小田急線、千代田線と乗り継いで、途中から人が少ないだろう特急券を買った。

特急の出入り口付近で立ちながら、母にメールした。猫を連れて帰るよ、父に最寄駅まで迎えにきてくれるように伝えてと。
母からは「はいわかった」と短い返事がきた。父にはその時もたぶんまだ秘密だった。

特急が進むに連れ、途中で人が増えた。酔っぱらった年配の男性が乗りこんできて壁にふらふらと寄りかかっていた。その後、ほろ酔い気味の30代くらいのサラリーマン風の男性ふたり組が更に乗り込んできた。予想外に増えて行く人に私は少し焦りを感じた。

しばらくすると、30代の男性ふたり組の一人が「着信音かと思ったらマジじゃん!!!」と子猫を見つけて叫んだ。え〜!と驚きながらもキャリーの子猫を見て「かわいい」と言ってくれた。酔っぱらった年配の男性も覗き込んだ。少し気持ちが和らいだ私は「実は初めて猫連れて返っているんです」と言うと驚きながらも「え〜〜!小さっ!かわいい!ずっと誰かの着信音鳴ってんな。誰だよと思ったわ」と言われた。その後なぜか結婚してるのかと酔っぱらった年配の男性に聞かれたから、していませんと答えたら「おまえらどうだ、結婚したらいい」と、謎の無茶振りをされた。なんだかすごく笑えた。それまで、自分がとても緊張していたことに気がついた。
子猫は相変わらずガラガラ声でにゃご〜としゃべっていた。

電車を降りる時「失礼します」と頭を下げると「頑張ってね!」とみんな手を振ってくれた。優しい世界だった。

駅を降りて、父の迎えの車に乗り込んだら、やはり子猫は「にゃご〜」と鳴いた。父は驚いて「なんやそれは!捨ててこい!」と言った。「捨ててこいなんて、命なんや!嘘でも言うな!」と私は逆ギレした。父は意気消沈して「もう好きにせぇ。俺は知らんからな」と受け止めた。(たぶん)


翌日も出勤したけれど、はやく子猫に会いたくて帰りたくてたまらなかった。初めての感情だった。オジサンに「昨日の猫、すごいブサイクなんですけど」と言うと「心配ないよ。ずっと見てたらかわいくなる」と笑って言われた。嘘だと思った。めちゃくちゃかわいいチビを連れて帰ったオジサン、余裕だなと少しうらめしくもなった。

その日の仕事中に子猫の面倒を見てくれていた母から「猫のウンチくっさみくっさみ!」とメールが届いた。

なんやねん。


その後、心配しなくとも私の中で猫は世界で一番愛しい子猫に大変身した。鳴きすぎて枯れていたらしい声は子猫らしい「みゃ〜ん」に変わった。

父も保護1週間後には「こいつかわえぇな〜!!!」と虜になった。野良猫を見ると「かわいそうに‥」と嘆いている。不器用で物言いが悪いけど、本当は優しい人なのだ。今日も猫を抱き上げて撫で回して嫌がられている。

あの日、もしも雨が小雨にならなかったら
もしも子猫がここにいるよと必死に鳴いてくれなかったら
もしもオジサンと年配女性がいなかったら
もしもブランケットがなかったら (※後で持ち主に謝りました)
もしもチビと出会わずにキャリーの準備がなかったら
もしも上京して一人暮らししてしまっていたら…

いろいろな事がすべて繋がって出会えた奇跡だった。

たくさんの人に助けられて引き取れた子猫だった。

猫は突然やってくるし、子猫なら布があれば捕まえられることも知った。
子猫を保護したらすぐに病院に行くが鉄則だということも知った。

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彼の名前は、大好きな果実と職場の頭文字をとったものにした。


これが『すだち・せたじ』と私の、出会いの話だ。


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せたじのように親とはぐれて声が枯れるほど鳴いてしまう猫が、お腹をすかせてガリガリになってしまう猫が、これ以上増えないようにと切に願っている。


現在の私のTwitter、インスタグラム、noteのアカウントはすべて@magical_meow_

せたじの不思議で魅惑的な声、という意味なのかもしれない。


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