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猫を捕まえようとしたら私以外のみんなが幸せになった話

2012年10月末、野良猫を捕まえた。

あの頃の私はとにかく疲れていた。
新しく始まった仕事に、私は向いていなかった。
知らない誰かに怒鳴られたり泣かれたり、人の剥き出しの感情に触れる事が多かったその仕事は、とにかく私の前を向く気力を奪った。どんな事があっても心が動かないフリをしていたけれど、密かにひたすらに悲しかった。気を抜くと呼吸の仕方さえ忘れてしまいそうだった。

その傍らで忙殺される日を重ねるうちに、あの子猫をチビ、母猫をママとあだ名で呼ぶ程度には顔を合わせていた。チビはいつのまにか大きくなっていた。

※チビとママとの出会いはこちらの記事をご参照ください

ある日には、クレームのような電話を受けた。一方的に怒りや悲しみを直接ぶつけられる事は、私の中の負の感情を増長させた。1時間程で電話が切れた後、そのまま何事もなかったかのようにやりすごす方法が見つからなかった私は、そっとその場を離れた。裏口から外の空気を吸いに出ると、チビがひとり座っていた。

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私が気まぐれに「ニャーン」と猫の鳴き真似をしたら、チビは「ニャー」と高い声で返事をした。

本当のところは「ご飯くれ」と言ったのかもしれない。それでも、返事が返ってきた少しの感動と負の感情が化学反応を起こして、鼻の奥が痛くなった。

その場に蹲み込んで、チビがどこかへ行ってしまうまでのほんの数分の間、ただチビの顔を眺めて過ごした。

2012年の夏を過ぎる頃、上司ことオジサンは、チビに時々魚肉ソーセージをあげるようになっていた。(※後で知ったけど魚肉ソーセージは猫ちゃんの体に良くないので絶対に真似しないでください)
オジサンが「おいで」と言えばチビはニャニャーンと甘えた声を出してオジサンの後ろを小走りでついて行った。

その後ろ姿がひどく愛しかった。

猫と暮らしたいという欲求が、オジサンとチビの間に生まれた絆のようなものを見るたびに沸沸と湧いていた。

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そんな日が続くのだと思っていたある日、チビが1ヶ月程の小さな子猫をふたり連れて現れ、私たちは驚愕した。

オジサンがチビに魚肉ソーセージをあげると、チビはソーセージを子猫に運んで食べさせた。
「ちゃんと母親やってるんだよ。ママはあげると自分で食べちゃうのに」と、オジサンはチビに感心していた。(その頃、ママは気まぐれで現れたり現れなかったりで職場には居つかなくなっていた。今から思うとチビに居場所を譲っていたのかもしれない。)

ママの子猫がよく亡くなる話を聞いていたため、少し心配になっていた。なにより猛烈にかわいい子猫を連れて帰りたいと思った。
でも子猫は俊敏で、素手では触れもしなかった。

『猫 保護』『子猫 育て方』
通勤電車で疲れきって気絶する合間にネットで検索した。

猫を良く思っていなかった父には内緒で、猫用のキャリーを購入して、職場のロッカーに密かに詰め込んだ。
そして子猫をひとりづつ連れて帰ろうよと、オジサンを誘惑した。ダメでも、里親を見つけたりできるかな、となんとなく考えていた。

オジサンは獣医の友人がいて、捕獲器とオジサン用のキャリーを借りてきてくれた。これで、きっと捕まえられる。準備は整った。

本当に猫と暮らしてもいいのかという葛藤はあったけど、ご縁があればうちに来てくれる。そう思う事で自分を納得させた。

でもすべてが揃った途端、子猫は現れなくなった。

職場は住宅街にあったし、面した道路は車もよく走っていた。
朝晩、休憩中も職場の周りを必死に捜索した。

不安が脳裏をよぎりつつも周辺の住宅に聞いて回ってもみた。
すると、あるお宅の女性が子猫をひとり保護していると教えてくれた。
特徴を聞くと、チビの子だった。

旦那さんが猫好きで、窓の外をうろちょろしている子猫を家の中に引き入れたそうだ。「保護した子はドジだしすぐ捕まったからたぶん男の子だと思う。」と女性は笑った。そして「もうひとり兄妹がいるでしょ。警戒心が強いから女の子だと思う。兄妹で一緒にいた方がいいだろうから、女の子の方も保護する予定なのよ」と話してくれた。

先を越された動揺が胸にジワリジワリと影を落としたけれど、生きていてくれて本当によかった。そう思った。
生きていてくれて、自分たちの事を大事に考えてくれる人に引き取られる。
そんな人たちの元で、兄妹一緒に生活するのがきっと幸せに違いない。
この結末でよかったんだ。そう言い聞かせた。
(※後日「もうひとりの子猫も無事に保護して一緒にいる」と旦那さんの方が職場まで伝えにきてくれた。数ヶ月後には大きくなった姿でベランダにいるのを見かけた)

ただ、捕獲する予定の子猫はいなくなってしまった。
だから、これ以上子猫を生まないようにと、チビを捕獲することになった。

ご飯をもらいにきたところを捕獲器に誘導して手動で扉を落とした。チビはとんでもない声で鳴き叫んでパニックを起こした。落ち着くまでそっとしておこうと、捕獲器にタオルを掛けて暗くしたが「にゃあああああ」と野太い声でガタンガタン!としばらく暴れる音が聞こえた。

話し合いの末、チビはオジサンが連れて帰る事になった。チビはオジサンに懐いていたし、チビにとってはそれが一番いい選択だと思った。

夜、帰宅前にオジサンは捕獲機の中で唸るチビとキャリーを両手に、その時あった車の中に入った。密室状態で捕獲器からキャリーに移す瞬間、チビが車の中で逃げ出して、オジサンはチビと戦った。窓に何度か目をカッと開いてニャャャャャ!!!!と叫ぶチビの顔が街頭に照らされて映った。

めっちゃ怖かった。

大暴れのチビを掴んでキャリーに入れて、車から出てきたオジサンの手は、本気で噛みつかれた故、穴ぼこだらけで血まみれだった。

翌日、いつも通り出勤してチビの様子を聞くと、オジサンはチビを連れて帰ってそのままシャンプーしたと言っていた。度肝抜かれた。私は異常なまでのオジサンの勇気を讃えた。

こうして、チビは晴れて野良猫から家猫になった。

大人の猫だって、捕獲器があれば保護は可能だと知った。

チビと私はご縁がなかったけれど、本当に大好きだった。
でも、気がつけば私が連れて帰れる猫はひとりもいなかった。
ロッカーで主のいないキャリーのことを想った…。

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あれから数年。
チビはチビと正式に名付けられ、家猫として暮らしている。

家族に撮られたチビは、野良でいた頃よりもはるかに絶世の美女だ。

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捕獲された怒りなのか、チビはオジサンの奥さんと息子さんには懐いているものの、オジサンが触るとシャーしている。

猫は記憶力が良い生き物と聞くから、あの捕まえられた日の事を覚えているのかもしれない。初めての保護で私たちの段取りも悪かったのかもしれない。チビはそれだけ嫌な思いをしたのかもしれない。

いつまでもシャーされるオジサンは、あの本当にチビだった頃に連れて帰ればよかったと後悔している。

保護されてまもなく、チビは1度家出した。
そして約1ヶ月後、自力でオジサンの家に戻ってきた。

チビはいなくなった間、元いた場所を目指して挑んだのかもしれない。
そしてオジサンの家で生活する覚悟を決めたのかもしれない。


今は、家の中で家族に愛されて暮らしている。

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(私が会いに行った時のチビは私に怯えっぱなしだったけど)

チビがいつか、オジサンからもらった魚肉ソーセージで命を繋いだ日のことも思い出してくれますように。

今は猫と暮らす洋裁店magicalのシンボルにもなっているチビ。
今までもこれからも、チビがモデルになったグッズをたくさん生み出せたらと思う。

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