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誰かのすだちを増やすこと

小学3年生の春、新しいクラスメイトに自分を紹介するためのA4用紙が配られた。

そこには名前から、趣味、特技、好きな色、好きな食べ物、あらゆる自分についての事を記入するための質問項目があって、私は自分のことを紹介するために自分と向き合いながら小さな脳味噌で一生懸命に考えた。

そして、好きな食べ物の欄に「すだち」と書いた。
すだちは祖父母の家がある徳島県の名産だった。

生まれてから茨城県で暮らしてきたけれど、父母の出身地は徳島県で、家の中の文化はほぼ徳島県という家で、幼少期からすだちに慣れ親しんできた私には「すだち」という存在がいつのまにか当たり前で、あの爽やかな匂いも酸っぱさも、大好きだった。
そのまま口の中に絞って果樹を直飲みするほどに。

だから、胸をはって好きな食べ物の欄に「すだち」と書いた。


だけど、掲示板に張り出された私の自己紹介を読んだクラスメイトの女の子からは小馬鹿にされ笑われた。すだちって何だよ、聞いた事ないって。

約26年前の茨城県の片田舎では「すだち」という果実は全く認識されておらず、担任の先生にも別の何かをすだちと勘違いしているんじゃないか、私の認識間違いじゃないか、って言われた。驚愕した。

すだちの存在を認識しているのはその時クラスで私しかいなかった。

あまりにも誰からも否定されるものだから、急に自信がなくなり、帰宅後に母に何度もすだちなるものの生存を真剣に確認した。


その年の夏の帰省で、母に頼んでその女の子にお土産を買った。
すだちって包装紙に書かれたすだち味のお餅を。

渡したら本当にあったんだって、彼女はゲラゲラ笑っていた。
すだちと書かれた包装紙を破いて食べて「うめぇぇぇぇ!」と更にゲラゲラ笑っていた。

世の中にはたくさんの「知らない」が無限にある。
たぶんきっと、知らないものの方が多いと思う。

34歳になった私は今も、その年でこんなことも知らないの!?って時々人の度肝を抜いている。


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初めて私が猫を認識したのは2011年くらいのことだった。

その年は東日本大震災が起こって混乱する世の状況下で、
社会人になって初めての転職を経験した。

新たに就職した先で、これから上司になるであろう隣に座ったオジサンは
「猫好き?猫飼う?」と聞いてきた。
どうやらその職場の外には、なんとなく住み着いていたキジトラの大人の野良猫がいるらしかった。そしてその大人の野良猫は、子猫をたくさん産んでは育てられずに毎年亡くしているらしかった。

その野良猫は「ネグレクトの母」と呼ばれていた。

小さい頃から無条件に動物が好きだった私は、動物カテゴリーの猫に興味を惹かれた。子猫であれば殊更に。

だけど、数年前に一緒に住んでいた犬を亡くし、後悔がたくさんあったためになんとなく新たに動物を迎えるということに引目があった。裏切っているみたいな気にもなった。

新しい上司なるオジサンに、猫好きらしい年配の女性が加わって、ふたりに連れられて外に子猫を見に行くと、女性が「こーゆう所にいるんだよね!」と悪戯っ子みないな笑顔を向けて入り口付近の垣根をかき分けた。
その瞬間「シャー!!!!」と聞こえた。

めちゃくちゃ怖かった。

女性もびっくりして「母にちゃんと教育されてる」と笑っていた。
ネグレクトの母もシャーをよくするらしかった。

女性が「さっきあげたんだ」と言うセリフの先にウィンナーパンがポテリと置いてあった。
ちょっと不釣り合いな場所にあるウィンナーパンがおもしろく感じて私は笑った。

どうやら、小さいながらも子猫は立派な猫ちゃんだった。

言いやすかった母に、一応メールで子猫を連れて帰っていいか聞いた。
母は、飼えないよ‥お世話も簡単じゃないよ、と返事を寄越した。

私もシャーされて怖くなっていたし、このシャーする猫、どうやって捕まえるんだろうとか、今の転職したばかりの状況、そしてこのお給料で猫って迎えられるものなのかなとか、いろんな「わからない」をぐるぐる考えて、結局連れて帰れなかった。

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後々、この時に連れて帰らなかった事をオジサンも私も母も、後悔することになる‥。

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まさしく、2011年4月、私にとっての野良猫は、誰かのすだちなる存在だった。

一緒に暮らしていた犬が、時々見つけると血眼で追いかけていた野良猫。
野良猫はかわいいけれど、家の庭に排泄していく。
めっちゃうんちの臭い野良猫。

それまでそういう意識で野良猫を見ていた。
犬と暮らしていた経験からも、私の視界の中に猫はあまり入っていなかった。


この意識でいた過去は、私の過ちだ。

この認識は、転職して猫が住み着いていた職場環境がきっかけで
その後少しずつ変化する。


その翌年、紆余曲折あってご縁があって迎えた子猫の名は

『すだち・せたじ』

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大好きなすだちというミドルネームを付けた。

究極にかわいく愛しい存在と、今私の中ではっきり認識されている。

すだちせたじと一緒に暮らし始めて、幸福な人生に感謝した。
生きる意味が少し、見つかった気がした。

まだ猫という存在を今は認識していない誰かも、これから幸福になってくれたらと思う。知ってくれたらと思う。

きっと、物語は知ることから始まる。

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