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林を歩けば

今日は風がとても強いけど、幾分、暖かい。
自宅裏手の林の中を走りに、外に出かけた。

騒音は全く聞こえないが、林の周囲に二本、巨大幹線道路が通っている。
元々、自然保護されているために開発を免れているエリアだが、
遠い将来、幹線道路を拡張するようになった時、
ここも道路の一部に、いつかはなってしまうのかもしれない。
また、着陸態勢の飛行機が次々、空を横切っていくのを楽しめる。
とても「自然」な場所でありながら、近所は空港だ。

小道では、ジョギング、犬との散歩をする人達に、程よく出会う。
カーディナルなどの鳥も舞い、時にはイタチが追いかけっこしてる。
以前、頭上から、足を滑らしたリスが、落下してきたこともあった。
鹿の保護区でもある。時期になると、鹿ファミリーが横断していくのに、
遭遇することがあった。
迫りくる文明の産物に取り囲まれながらも、今はこの林の中、たくさんの「命」であふれている。

夜は残念ながら、真っ暗になるので、この小道を歩けない。
ここで夜空を見上げたら、かなりの星が楽しめるんじゃないだろうか。

葉生い茂る季節にはわかりづらいが、空を見上げると、ずいぶんたくさん鳥の巣が木々の中にあったことに気付く。
視線を下げると、今日は、小道のいたるところに枝が落ちている。
風が強いためか、小さな枝だけでなく、大きな枝まで横たわっている。
冬の木は、枝が折れやすいと聞いたことがある。
弱ってきているところなどが、このように自然に折れてしまうのだろう。

相変わらず、風がとても強い。
林の中全体、空気が廻り、木々がうなりを立てる。
冬空の下、葉が無くとも「林」は命をもって存在しているんだと感じる。

一緒に走っていた家族が、急停止した。
思わず、前に倒れこみそうになる。
急に、どうしたんだろう・・と思いつつ、歩を戻そうとすると、
今度は懸命に、4つの足を踏ん張って、動こうとしない。

と、その刹那。
前方の遠いところで、大きな木が倒れていった。
こんな時は、スローモーションでしか、とらえられないのかもしれない。
あっ、木が、揺れてる。
斜めになった。割れた? 折れた? 
地面に向かって、落ちていってる。
切れ切れに目の前のことが入ってくる内、耳を貫く大きな音がした。
そして、ほどなく、静寂が戻った。

危ないのかもしれないが、とても気になり、倒木の近くまで行った。
同じような風のジョガーが、木の反対側から覗きこんでいた。
ああ、びっくりした。あなた、大丈夫?
つい今しがた、林の管理事務所に、連絡いれたわ。
レインジャー(森林の監視員)が、ほどなく来るって。
「風も相変わらず強いし。今日はこのまま林道を走らず、住宅街に迂回した方がいいかもしれない。」と互いに言って、別れた。

立ち去る前、倒木を、まじまじと見る。
大きな音がしたから、かなり大きな木かと思いきや、小ぶりだった。
土のような、不思議な匂いがする。
白い貝殻のようなものが、びっしりついている。キノコだろう。
幹にいくつも、穴があいている。動物が住んでいたのかもしれない。
ささくれだったような表皮から、大きく割れた幹が見える。
白く、瑞々しい。何かを放射しているようだ。
・・・・・「生」、かな・・・・・。
根はそのままだ。でも、幹は大きく折れてしまっている。
この木は、このまま死んでしまうのだろうか。

なぜか、幼少の頃亡くなった父方の祖母を、急に思い出した。
伝え聞いたところ、周囲の家族の強い希望により、
当時の医療でできる限りの延命治療を施されて、亡くなったそうだ。
私が覚えている祖母の最期は、体にチューブがたくさん繋がれて、
横たわった姿だ。
祖母はまだ、静かに生きていたのに、
幼い私は、その姿がとにかく怖くて、近寄ることができなかった。

祖母があの世へ旅立つ少し前、
周囲の大人に、祖母と握手をするように言われた。
躊躇する私に、そばにいた看護師さんが、声かけてきた。
「手にちょっとだけ触ってみてあげて。おばあさまは、わかりますよ。」
握手はさすがにできなかったが、眠っているかのように見える祖母が、
自分のことをわかってくれるならばと、おずおずと手に触れた。

ふっくらと、大きいとばかり思っていた祖母の手は、
自分の小さい手と同じくらい、とても小さくなっていた。
それまでの人生が刻まれた、皺とシミがある白い手。
やせた甲に浮かぶ青白い血管が、ひどく目立つ。
自分の手も、いつかこうなるかと予想され、やはり怖くなった。

わずかに、祖母の手に触れる。ただ冷たく、ひんやりとしていた。
死んでいない。かすかに生きているらしい事は、感じ取れた。
でももう、この手は、もっと冷たくなっていくばかりなんだ。
おばあちゃんは、ここから、いなくなる。
どこに行くのか、わからないけど。


祖母の体は、周囲の人たちの想いでのみ、生かされていた。
魂は、すでに別なところに在ったのかもしれない。
医療の発達のお蔭で、人間の最期は、ただ自然に還るという時代ではなくなってしまったので、こういったことも起こるのだろうか。

倒木に、そっと触れた。
あの祖母の手のように、それまでの年月が刻まれた、ひび割れた枝に。
温かかった。木なのに。
このまま、この倒木はやさしく、地に、自然に還っていくんだろう。
そして、林を豊かにしていく。新たな命となって。

春まで、あとひと月。
林の中の命は、春が再びやってくることを、きっと知っている。

(今日うれしかったこと)
旧友から久しぶりに連絡が来た。いつか再会する日が、楽しみ。
(今日のありがとう)
色々言われていても、SNSのある世の中って、いいな。
人の縁を取り持ってくれると思う。とても有難い。



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