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Tバック サイズは少し緩めがいい

 衣装ケースを整理していたら若い頃に買ったTバックが大量に出てきた。たぶん無謀な恋をしていた頃だ。男に会うときのためにセクシーな下着を集めていた。黒、ヒョウ柄、水色、白、ピンク。何を考えて何を期待して下着を集めていたのか想像するといまだにわずかに興奮する。
 恐る恐るピンクのTバックを身につけてみた。Tバックを魅力的に見せる丸くふくらんだ尻を残念ながら失ってしまっている。
 Tバック一枚の上にカーゴパンツをはいて、家事をした。いつもは深ばきの下着を身につけているので尻の肉がすうすうする。
 げんきぃ?ふざけた女ともだちから電話が入った。彼女は自分がどれだけ男にモテるか、について延々と話し続ける特技を持っている。今日、わたしは彼女の話を聞く気がなかったらしく、こちらから、今、Tバックはいてるの、といった。彼女は即座にわたしもよ。しかも穴が開いてるのと答える。なんておおらかでスケベで教養に満ちた女なのだろう。

 ベランダに洗濯物を干した。家の中ではふだんはブラジャーはしない。タンクトップかキャミソール一枚でうろうろしている。ベランダに出るときは、細いひものブラジャーをつけるようにしている。夫と息子がいるが、男の洗濯物は美しくない。サイズがでかいのと色や柄がつっけんどんで面白くない。なので男たちの洗濯物はバスタオル同様の扱いをする。ぱんぱんと叩くように干してあとは知らない。自分の下着やTシャツを干すのは楽しい。女の身体に合うように作られたものはすべてなめらかな線を描いている。Tシャツの首元、靴下の足首、下着のフリル、ブラジャーの透け感。

 今まで気付かなかったが、主婦、はきわめて官能的だ。若い女が家の中で掃除機をかけ、ごみを片付け、鍋に味噌をとかし、洗濯物を干し、男に貰った金を握りしめ食事の材料を買いにスーパーに走る。その一日をドキュメンタリーで追ったら、おそらく彼女の汗やため息、眠たげな唇は多くの男心をそそるだろう。

 もう一度若い頃からやり直したいか?と誰か親切な人が聞いてくれたら、私はNoと答える。ずいぶん面倒くさい日々であったし、あれを再び繰り返す気力はない。けれどTバックをはいて恋を懐かしむくらいは自分に許そうと思う。下着のラインが肌に食い込まないように、サイズは少し緩めがいい。

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