趣味の作詞術(2)-構成編-

 第1回は、作詞にあたる第一歩として書きたいテーマや使いたい言葉を列挙すること、楽曲の中心テーマを定めることについて概説しましたが、それを今度は構成していこう、という段階になります。何をどこにおくのか、どうおくのか。基本的なJ-POPの構成と、パターンを探ってみましょう。それをいかに把握し、自分がどんなバランスを選び取るのか。それが考慮されているだけで、歌詞はぐっと聴き応えが良くなると思います。歌詞を聴き、読み返す楽しみもまた豊かな時間になることでしょう。

 まず、歌詞というものの特徴として、基本的に一本で独立している作品であるということが挙げられます。何章と続く楽曲や、作品外で共有されている情報ありきのものは例外といえます。アニメのキャラソンなどメディアミックス展開例などもありますね。しかし、詞の外でいくら情報があると言っても、歌詞と呼ばれるのは楽曲にあたる部分のみです。楽曲の始まりから終わりまででひとつの完結をみせる時間芸術としての側面を忘れてはいけません。

 そして原則として、作中の一人称の主体と歌唱するアーティストとは乖離しているものです。「当たり前じゃないか」と言いたくなるのですが、言い切ることはとても難しい。その難しさも、こういった文化に対する批評の面白いところだと思います。「私小説」という言葉を聞いたことのある方も多いでしょう。専門的な勉強をしてみたい方は、ぜひ「テクスト論」「受容理論」といった分野を調べてみてください。

 少し話は逸れましたが、逸れたさきで拾った言葉こそ財産ですので、積極的に道程はちらかしていきましょう。

 印象的だった話をしたいと思います。2012年の大晦日に放送された紅白歌合戦、美輪明宏の「ヨイトマケの歌」がいまだに忘れられずにいます。まるで映画のプロローグのような、すぐれたストーリーテリングのような……そのどれでもなく、どれでもある表現の面白さと難しさをまざまざと見せつけられる圧巻のステージでした。楽曲の内容については踏み込みませんが、きっと長きに渡って勇気づけられた人がいて、大切な人のことを思うきっかけとなっていたのだろうと思えました。心をどこかに飛ばされ、戻ってくるのに時間がかかる分厚い質感の余韻がありました。こうして記憶に残り続けることがある。歌というのは、それほど人に寄り添いうる表現なのだということを改めて意識したきっかけでもありました。

 際限なく話は逸れますが、とにかく、どのような歌でも基本的にその一曲中に展開を演じ切らないといけない。登場人物なり光景なり心情なりを聴き手に思い浮かべさせて、曲の終わりに終結する時間芸術なわけです。そこで共感を掴むこと、これがヒットのひとつの要であることは想像に難くありません。

 いよいよ本題らしくなりますが、楽曲の構成について下記のような言葉は、皆さんご存知でしょう。

Aメロ Bメロ サビ Cメロ(Dメロ ……)

 洋楽ではVerse、Chorus、Bridgeといった言葉が使われますが、J-POPと対比的に使用しても混乱しますので、そんな言い方をしているんだな、という認識で十分です。メロ、サビといった言葉は昔から音楽番組などでも自然に使われる表現であり浸透しているからこそ、歌詞の中にメタ的に現れたりもします。クリープハイプ、岡崎体育、BiSHなど近年の楽曲に実に多く見られます。

 こういったメタ的言及には覚えがあり、それはまだ市民権を獲得しきれていなかった頃の我々"オタク"が、成人してから涼宮ハルヒの「萌え」発言に抱いた感覚に近いかもしれません。違うかもしれません。いずれにせよ、これは良く言えば成熟した聴き手への信頼であり、きびしく捉えるならコンテクストありきの限定的な面白みです。無論、ここに良し悪しはありません。必要とあらば取るべき手段のひとつであろうと、そう思うわけです。えぇ、アニソンについてもいずれ何らかのかたちで触れたいと思います。

 なかなかこの記事のサビがやってきません。続けます。楽曲の構成要素として先述のような基本パーツがあるわけなのですが、とりわけ下記のように構成されるものが多くなっています。

1A-1B-1サビ-2A-2B-2サビ-C-サビ-サビ

 2コーラス繰り返して、変化を入れて最後にサビで盛り上げて終わるという構成ですね。ここで考えてみたいのは、いわゆる「起承転結」を意識すべきか、という問題です。たしかに枠組みを作ることで考えやすくなる側面はあるでしょう。しかし、これはあくまで直線的な物語において有用な大枠だと思います。音楽に寄り添う歌詞においては、繰り返しの要素が強く効果的なため、全体で一直線の展開をイメージすることは難しくなるのです。着想のための武器の1つとして念頭に置いておくとよいでしょうが、それよりも、比較的メロディに起伏のすくないAメロに発音しづらい(≒聴き取りにくくなりがちな)言葉を置くとか、サビへと向かうBメロにテンションが上がる単語を持ってくるとか、サビにはとにかく言いたいことを持ってくる、ブリッジは意味とか伝わんなくていいから雰囲気!かっこつけたい!なんてざっくり考えて、全体のバランスを整える方が楽しいです。

 とはいえ、それでは本末転倒ですので、具体的に考えてみたいと思います。たとえば、Aメロに導入として風景描写を入れるなどの基本的な手段はおさえておくといいでしょう。秀逸な例を挙げたいと思います。

ブレザー脱いだ生徒が
多くなって来た校庭で
真っ白なシャツが眩しい
オセロは白の勝ち
(「トキトキメキメキ」 乃木坂46 )

 上記は2Aメロの歌詞ですが、ブレザーの生徒の黒、ブレザーを脱いだ生徒のシャツの白をオセロに見立てた表現をしていることがわかります。「徐々に暑くなってきた季節」をこれだけで表現する技術もさることながら、Bメロの教室の風景描写に繋がるよう、窓からの俯瞰の景色という設定まで分かるようになっており、限られた字数で最大限の演出を実現しているといえます。

 元気よくシンプルな言葉で畳み掛けるサビを待ち構えているからこそ、サビ前までの情報の整理が特に効果的になっていると言えるでしょう。あと、阪口珠美さんがすごく可愛いです(本記事におけるサビです)。

 かように、サビは言いたいことを簡潔に言っておくのがベターでしょう。印象に残るフレーズというのはそれだけで発明なわけでして、これは自分しか言ってない!と確信できるものをサビに持ってこれると良いのですが、これまた難しいことに、言葉のならびとしてのデザイン性の高さが必ずしもポップスのサビに相応しいとは限らないのですね。商業音楽として考えるならやはり一聴して憶えてもらえることが強みであり、共感を導くための聴き取りやすさが選択されやすいのです。書きたいものか、好まれると考えられやすいものか、折衷案か、というのは作詞においても永遠のテーマといえるでしょう……が、個人的には言いたいことを言いたいように言うのがベストだと思っています。大声で言おう、「たまちゃん、めっちゃかわいい」と。

 歌詞において起承転結を考える難しさは先述しましたが、具体的には1番と2番でそれぞれ大きな起伏がある中で直線的な展開を一様に考えるのが難しいという意味です。一曲のなかで片想いから始まりたとえば最後に結婚に至るような楽曲は少ないと思います。楽曲のテーマや設定の伝わりやすさ、文字数・言葉数の制限、聴取し味わう時間などの現実的な条件から構成要素を取捨選択していくと、あまり多くのことが言えないことがわかると思います。ですので、1番と2番が同様の条件下での言い換えであったり、変化があっても小さく繰り返しに近い表現になることが多いと考えられます。

 ここで重要になってくるのが、Cメロ(ブリッジ)やラストサビ(大サビ)といった部分です。これらの後半部分で、大いに展開を盛り込んでいくのは常套手段です。いささか乱暴ながら、起承【1A-1B-1サビ-2A-2B-2サビ】転結【C-サビ-サビ】というとらえ方も、なくはないでしょう。終盤でタイトルの意味や楽曲の核心に触れることで、ミステリィの伏線回収のような気持ちよさを与えることもできます。よくあります。Cメロでネタバラしを差し込むことによって、最後のサビが繰り返しにも関わらず印象がガラッと変わる、なんてテクニックもあります。ここでいかに期待に応えるか、はたまた期待を裏切るかを考えるのがひとつの楽しみです。そういう意味では「起承転結」という漠然とした副え木を頭の片隅に立て掛けておく価値はあるでしょう。Cメロは、いいぞ。

 とはいえこういった楽曲構成自体が制度化されているわけでもない曖昧なものであり、無限に拓かれたものであります。聴き手の感覚で言えば、好きな曲の好きな歌詞がサビ以外の部分に集中しているなんてよくあることですし、書き手としてはAメロに考えたフレーズが会心の出来で、歌ノリがよく動かしようがなかったりもします。サビでも同じようなパワーを発揮すると全体がでこぼこしちゃうな……と感じたりもします。その直感は信じて、削るところを削っていいと思います。音楽の良さに委ねよう、というような心持ちで。

 踏み込んでいくなら、詞先か曲先かや、作曲家の違いや、ボーカリストとの関係性またはそれぞれの声質、表現技術にもよります。何のための楽曲なのかによって歌詞構成の戦略は初手から変わってきます。その瞬間のマックスの感動を信じて取捨選択していくほかありません。

 「育ってきた環境が違うから」で始まる傑作フレーズは誰もが覚えているけれど、サビに「セロリ」は一言も出てこないんですよね。でもタイトルが「がんばってみるよ」とか「単純に君のこと好きなのさ」だったら、必殺フレーズが埋もれてしまったかもしれない。こういう選択。大事なんですよね。

 気づきましたか。気づいちゃいましたか。タイトルの重要性。
 わかります。楽しくて難しいんですよね、タイトル考えるの。

 というわけで次回、タイトル編、いつになることやら。

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