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井上尚弥に勝てる選手はいるのか

はい。
ということで、昨日の試合で井上はノニト・ドナイレ(以下ドネア)に完全な勝利を収めることとなった。もはやバンタム級では敵なし、といった状態である彼だ。

これまでにも多くの選手を倒してきた。年齢的にもピークを過ぎていたとはいえ、オマール・ナルバエスやジェイミー・マクドネル、ファン・カルロス・パヤノといった強豪を倒してその強さを示し続けてきた。

そして、3年前に一度相まみえたドネアを今度はKOという形で決着をつけた。彼が今、バンタム級の中で最強であることはもはや疑いのないものだ。もしかすると2階級上のフェザー級でさえも彼ならば制してしまう可能性も秘めている。

あまりにも強すぎるために、挑戦者からすると避けられるなんてことも考えられそうだが、強い「今」だからこそ思わぬ落とし穴だってあることを決して忘れてはいけないのだ。それは10年前のドネアがそうだったから、でもある。

10年前のドネア

井上が後楽園ホールでセンセーショナルな形でデビューをしたころ、ドネアは既にバンタムおよびスーパーバンタムで絶対王者として君臨していた。

山中慎介とも対戦したビック・ダルチニャンにも強烈なKO勝利を収め、ウラジミール・シドレンコを血だるまにしてのTKO勝利、そして長谷川穂積を4ラウンドで叩きのめしたフェルナンド・モンティエルをわずか2ラウンドで叩きのめした試合も印象的だった。

軽量級の中でも強烈なハードパンチャーとして名の知れた選手であったことは言うまでもない。

だが、彼の本質はハードパンチャーというよりも天才的なカウンターパンチャー。絶妙なタイミングで相手にパンチを合わせるのが上手いタイプの選手で、どちらかと言えば相手にガードを固められると打つ手が無くなってしまう選手でもある(もちろんその弱点に対して一般的なボクサーより打開策があるのは確かだ)。どこかの評論誌で徳山昌守に近いスタイルと言われていたほどだ(徳山さんは決してKOの多い選手ではなかった)。

だからこそ、ジェフリー・マゼブラとの対決ではボクシングが雑になってしまったし、ギレルモ・リゴンドウとの対決では攻め手が見つからずにほぼ完封されてしまった。それが2013年のことである。
とはいえ、誰もが思ったはずだ。「まさかドネアの弱点をあそこまで突けるとは」と。

それまで「フィリピーノ・フラッシュ」と呼ばれ、圧倒的な強さを誇ってきたドネアの輝きは、一度ここで少しばかり曇ってしまうこととなるのはそうした弱点を見抜かれたからに他ならなかった。

絶対王者と呼ばれた選手であっても、こうした弱点を突かれて敗戦することはままある。

内山高志は打たれ弱さを被弾しないことと持ち前の頭の良さでカバーしていたが、衰えから敗れてしまった。
山中慎介も左ストレートの図抜けた威力は称賛されていたが、一方でそれを封じられると途端に攻め手が無くなってしまう弱点を持っていた。

ボクサーにとって、思わぬところから「弱点」を見抜かれそして敗れてしまうということは多くある。当然大橋ジムの関係者の方々もそれは承知の上だろうが、ボクシングにはそうしたことがままあることも忘れてはいけないのだ。

井上の弱点はあるのか?

では「井上に弱点はあるのか?」ということになるが、結論から言えば無い。以前これも誰かが言っていたがリカルド・ロペスに匹敵するくらい右ボクサーファイターとしての能力は完成していると言える。それだけ、彼の完成度は高い。

もっと言うならば、彼がまだ見せていない弱点をまだ誰も気が付けていないと言っても良いかもしれない。多少のケガがあってもドネアを圧倒できる強さを誇っているのだから。

そして、その弱点に気が付けたとしても。そこに付け込めるだけの実力と戦術プランを実行できるかはまた別の話だ。それこそ、全盛期ドネアやウィラポンくらいの能力がないと厳しいだろう。

とすると、彼の実力を飛び越えるくらいの選手が出てくる必要があるということだ。
言うなればエドウィン・バレロのようなどう猛さ、ドネアと同じレベルのカウンターの天才で、リゴンドウレベルのスピードを持ち、ロマチェンコのようなコンビネーションと正確さ、ファン・マヌエル・マルケスのようないざという時にリスクを負う覚悟。

こうした選手であれば、彼に勝てるだろう。いずれも一時代を築いたチャンピオンたちである。
もちろん、そんな選手が出てくることは稀だ。だが、それくらいでないと井上を倒すことが出来ない。そして、そのような選手が果たしてスーパーフライ級からスーパーバンタム級に居るかと言われると、すぐにパッと出てこないのだ。

少なくとも1年、それくらいは井上の天下は続いて行くことだろう。だが、新星というのは思わぬ形でそして我々が知らない形で出てくることもままある。だからこそ、スポーツというのは奥深いのではないか。

「倒されるのが楽しみな選手」に井上はなった

断っておくが、私は井上尚弥のアンチではない。少なくとも、彼が残してきた結果や実績は称賛されて然るべきものだし、ケチをつけるつもりなど毛頭ない。

だからこそ、井上をどう攻略する選手が出てくるのだろう、というのも楽しみの一つなのだ。意地悪な見方かもしれないけれど。
オスカー・デラホーヤがパッキャオに敗れた時も、ナジーム・ハメドがマルコ・アントニオ・バレラに倒された時も、ザブ・ジュダーがメイウェザーをあと一歩まで追い詰めた時も。
「誰も彼らには勝てないのではないか?」と思われていた中でのことだった。

実力が相手の実力を上回る。そうした瞬間があるのがスポーツの醍醐味でもあるし、また何よりの魅力でもある。もちろん、それに対して抗うことや更に内側に秘められたものが開花していく……。というのも当然ある。井上はそうした境地にたどり着こうとしているのではないか。

10年前「誰がこいつを倒せるんだ」と言われていたドネアと同じように。それは裏を返せば「倒されるのが楽しみな選手」に井上がなったということ。アスリートとしてこれほどまでの賞賛はないはずだ。

敬意だけでなく、畏れさえそこには纏っているのだから。

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