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キャラクター作りのススメ〜自分をワンランク下げて表現しよう〜


みなさんは好きなアイドルの方、歌手の方、タレントさん、俳優さん、あるいはYouTuberさんはいますか?
オタクっぽい言い回しをすると「推し」はいますか?
大きな括りで「パフォーマンス」をお仕事にされている方々はテレビやネットで見えているキャラクターが素のその人自身だと思われがちですが、冷静に考えるとすべて「キャラクター」ですよね。

・俳優はその人のキャラクターそのものではない


ごく当たり前のことを当たり前に言っています。
例えば「演じる」という「パフォーマンス」をなりわいにする「俳優さん」で、香川照之さんいらっしゃいますよね。
大ヒットしましたドラマ半沢直樹
半沢直樹自体を見たことがなくても香川照之さんが出いているシーンをCMやモノマネでご覧になった方も多いのではないでしょうか。
私は香川照之さんというとNHKのカマキリのイメージが強いんですが(笑)

ドラマ半沢直樹のあの濃い濃いキャラクター、香川照之さんでなくてもみなさんそうです。
主役の堺雅人さんでも、「詫びろ」で有名な市川猿之助さんでもそうですが、各々がそのまま俳優さんのキャラクターそのものだとは誰も思わないですよね?
イメージはもちろんそっちに引っ張られがちですが、日常生活をあんな劇画タッチに過ごされているとは誰も思わないですよね。
俳優さんはまだ「役」が変わっていくので役ごとに違う名前があってわかりやすいですが、アイドルやタレントさんなんかはメディアで見かける姿が素のその人だと勘違いされやすいように感じます。

・アイドルに学ぶパフォーマンス


アイドルの方々ってすごいと思いませんか?
アイドルだって人間ですから、風邪も引きますし、気が滅入るときだってあるんですよ私達と同じように。
でも、自分が一番輝いている姿を見せてくれるんですよね。
「魅せて」くれると言っても過言ではないと思います。
最近だとNiziUはとても人気ですが、彼女たちも9人それぞれに個性がありますよね。
歌って踊るパフォーマンス能力が高いのは厳しいオーディションを勝ち上がってきただけのことはあって、全員が素晴らしいですが、その中でも自分の強みを最大限に活かせる場面を知っていて、なおかつここぞというときに発揮しているからこそ、彼女たちはそれぞれに輝いています。
自分の強みは何で、プロデューサーが何を求めているのかわかってそれを体現できる素晴らしい人たちが勝ち残ったわけです。

・蒼井優のスピーチから読み取れる「表現する」ということの素晴らしさ


再び俳優さんのお話になりますが、蒼井優さんが第41回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受賞したときのスピーチは多くの人の胸を打ったのではないでしょうか。
私もあの言葉大好きです。感動しましたね。
あそこにたくさんの要素が集約されてる素晴らしいスピーチだと思います。
彼女のスピーチの中に
「これから新学期が始まりますけど学校がつらい方、新しい生活どうしようと思っている方はぜひ映画界に来てください。映画界ってよくないですか?私ほんとに好きなんです。みなさんと一緒に映画界を盛り上げていきたいです。」
という言葉があります。
映画の魅力は数々あると思いますが、私が思う魅力のひとつは「創造物であること」だと思うんです。
映画という作品は多くの人の手で作られています。
壮大な物語を書いた人がいて、その世界観を表現しようとロケーションする人がいて、キャスティングする人がいて、その役柄に合った衣装を準備してくれる人がいて、演じてくれる人がいて、書き出せばキリが無いほど多くの人の手を経てやっと作品になってます。
人間が創り出すもの、芸術って素晴らしいと思います。
たまにゾウさんが絵を描いたりするのを見たりしますが、基本的には芸術って人間特有の表現ですよね。
それってとても尊く素晴らしいものだと思います。
映画という芸術が多くの人の手によって作られて素晴らしい作品となる過程に、蒼井優さんはその造り手の一員として自分が加わっているということに誇りを持っていらっしゃるんだなということがよくわかるスピーチではないかと思います。

・パフォーマーが教えてくれる自分の在り方


前置きが長くなりましたが、パフォーマーではない私達にも同じことが言えるんじゃないかと思います。
私達は俳優でもなければ歌手でもないです。
しかし、社会の中で誰とも関わらず生きていくのは難しいので「他人に見せている自分」があります。
それに加えて仕事として一時的に表現しているパフォーマーとは違い、私達の日常は基本的にはずっと続いています。
長い時間「他人に見せている自分」でいなければなりません。
心理学の用語で「ペルソナ」なんて言ったりもします。
この「ペルソナ」と「素の自分」にギャップがあったり、ペルソナをいくつも使い分けていて苦しむということがあります。
「ペルソナ」という言葉は元々役者が用いた仮面のことを指しています。
それをユングが心理学の概念として使うようになったんですが、誰しも「自分を演じる」機会というのは多かれ少なかれ経験することではないでしょうか。
今日はちょっと風邪気味でテンション上がらないけど、周りの人に心配をかけたくないから「いつもどおりの自分」を演じる。
上司にすごく腹の立つ悪口めいたことを言われたけれど、ここで言い返してしまったら角が立つから「なんでもないフリ」をする。
そういうことは日常茶飯事です。
あるあるですが、その機会が多くなったり、ギャップが激しいと疲れます。
自分とかけ離れた自分をデフォルトに設定しておくとしんどいです。
ここがいよいよライフハック本題です!
「デフォルトの自分のキャラクター設定をあえてひとつランクダウンしておく」これが大事です。
「いつでも元気」だとか「いつも親切」だとかそれはとても素晴らしいことです。
自分の持てる力をいつも100%発揮できればそれに越したことはないと思いますが。いつも100%出力は無理です。
単純に疲れます。
例えば自分がスマホだとしましょう。
100%スペックを発揮してすぐにフル充電されたらまた100%動くことも可能かもしれません。
しかし0%になったパワーを100%にまで充電するのって、そこそこ時間がかかると思うんですよね。
ちょこちょこ充電したり、フル充電になるまで時間がかかることはスマホでなくとも人間にとってもあるあるだと思います。
なので、毎日毎日0%になるまでがんばったらそれを続けていくことは不可能です。
誰とも会わないで引きこもって暮らせたらそれでいいのかもしれないですが、そうもいかないですよね。
ですから、0%になるまで毎日はがんばらないとか、がんばり過ぎたら休むということは必要不可欠です。
しかし、急に自分の裁量で休めるかというとそうでもないことのほうが多いと思います。
私が思うに「お母さん」なんかは特にそうだと思います。
お母さんって24時間営業なんですよね。
お子さんがいらっしゃると、お子さんの為にしてあげたいことってたくさんあると思います。
あるいはしてあげるべきだなと感じることも多いと思います。
ですが、お母さんは一人しかいませんし、無理は禁物です。
もちろんお父さんやその他の家族のお手伝いもあって家族というものが成り立ってはいると思いますが、女性には「母性」というものがあるが故に余計にがんばり過ぎてしまいがちなのではないかと感じます。

もちろんお母さんという立場でなくても毎日100%でがんばってらっしゃる方はたくさん居ます。
寝て起きてそれだけで100%充電されていれば問題ないかもしれませんが、やはり0%になるまでがんばりまくるというのは毎日となれば、とてもしんどいことだと思います。
明日や明後日、長い人生を歩んでいく上で自分のペースが保てるように、毎日0%になるまでがんばりまくらず、常にある程度セーブした状態でいて、いざというときにガツンとがんばれるように自分というものの「デフォルトの設定をワンランク下げて見せておく」ということをおすすめしたいと思います。

いつも余裕のある人の方がいざというときに力を発揮できますからね。
いつも全力疾走していたらピンチのときにそれ以上走れません。
余裕というのは天から降ってくるわけではありません。
自分で作り出すものですので、余力が残るように自分で調整することが大事です。
いつパフォーマンスを発揮するのか、自分が輝くべきところ、自分のがんばりどころを見定めて、それに注力できるように日常は省エネでいくのが自分にとっても周りの人にとっても楽に過ごせるのではないかと思います。


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