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ウグイスと話す家族

ホーホケキョ〜♪
のどかな春のハイキングが待っているはずの朝、
集合場所に来た家族は少し雰囲気が違っていた。

不穏な出会いから

駅のコンビニ前、すーっと一台のタクシーが停まった。
助手席から一番に降りてきたのは、40代のお母さんらしき女性。
次に後部座席からお父さん、10代の女の子2人。
私は、今日のハイキングツアーのお客さんだろうとタクシーに近づいた。

姿勢もスタイルも良いお母さんは私を見つけると、すかさずハキハキと挨拶してくれた。
そして次々降りてくる家族に、「こんにちは、と言いなさい!」と何度も急かすように言っている。
確かに3人はモジモジしているが、初対面なんだから仕方がないと思った。
私から目を逸らしているご主人にも子供に言い聞かせるようにそう言っているのを見ると、あら、大丈夫かしらこの家族?と不穏な空気を感じた。
そんな無理に挨拶はしなくてもいいよと心で思いながら、どちらの気分もうまく保てるように順番に目を合わせた。
大丈夫よ、と。

時々ハイキング途中で夫婦喧嘩を始めるお客さんもいるので、なんとか雰囲気良く終わることを願って出発した。

春のお山が気持ちいい

お母さんは積極的に私に声をかけてくる。
面白いことに、私の話を全部家族にもう一度紹介するスタイルをとっていた。
私と話すと、後ろを歩く家族に
「このガイドさんは7歳の娘さんがいるみたいよ」
「このあたりに住んでるらしよ」というように・・。
物静かな家族からの反応は特にないものの、お母さんは話を共有しようとしている。
厳しそうなお母さん像から、少し変化を感じた場面だった。
今一緒にいることを大切にしたい様子が伝わってくる。
日本のアレコレを家族で楽しもうとしている姿に少し安心した。

民家の狭い路地を歩く。
そのうち娘さんはお父さんと腕を組み始めた。
そんなお父さんにも少しずつ笑みが見えてくる。
縛られた糸が少しほどけるように。
微笑ましい光景だった。

山道に入った。
春のお山ハイキングはスペシャルだ。
赤ちゃんのように柔らかく水々しい新緑、
その隙間からこぼれるカーテンレースのような陽射し、
雨のあとには小川ができ、時々サワガニが山道を横切る。
そこに、ホーホケキョと聞こえてきた。

みんなは静かに歩く。

ウグイスは最高のBGM、そして

3月の温かな日になるとウグイスがあちこちで鳴く練習をし始める。
春が訪れるワクワクと共に、ウグイスの鳴く練習を聴くと、私も心がふわりと小躍りする。

3月下旬はこんな感じ、ホー、ホー、、ホー、ホー、、
あれ?だれですか?と、ウグイスの声を期待すると肩透かしを食らった気分になる。
そのうち、ホー、ホー、ホキョ、、キョ、
思わずクスッと笑ってしまうが、一生懸命練習してここまで上達したんだと感じて愛しくなる。
そして5月に入ればどのウグイスも山のあちこちで上手に鳴き、ハイキングの最高のBGMとなる。
立派なホーホケキョの完成だ。

今日はそんな仕上がったBGMを楽しめる絶好のハイキング日和。
そして、それは今まで静かだったお父さんから突然始まった。

ウグイスがホーホケキョと鳴くと、お父さんが口笛で真似を始めた。
みんな耳を澄ます。
少し遅れて山からホーホケキョと聞こえる。
すかさず家族みんなで口笛を吹き、ホーホケキョと返す。
すると今度はその口笛に答えるように、ウグイスからホーホケキョ!
お父さんの口笛レベルはまさに上級で、ウグイスの鳴き声そっくりだ。
私も挑戦してみるものの、カスカスで下手な口笛を吹いても返答はなかった。
何度も続けて、お母さん、娘さんのみんなでホーホケキョの交信を楽しんでいる。
みんな口笛を吹いて、反応を聞いて笑い合っている。
本当にウグイスと通じ合って、交互にホーホケキョと鳴きあっているとしか思えなかった。

一気に家族の賑やかな時間が訪れた。
ウグイスと話す家族、予想もしなかった豊かな時間だ。
日本の春のハイキングを心から楽しんでくれていると感じる。
いや、どこであっても楽しむことを知っている家族なのだろう。
静かな人柄ながら、口笛を始めたお父さんが今日のMVPだと感謝した。

私もこのウグイスの時間を忘れないと思う。



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