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VR業界で商標トラブル?「フルトラ」の語の独占をめぐって無効審判請求→自前じゃない言葉を商標で抑えようとするのは危険か

こんにちは。また揉め事…。揉め事ばかり漁っていて申し訳ないのですが、登録商標でキーとなる言葉を抑えたいという気持ちはわかるので、どうしてこういうことになってしまうのか、他山の石として事例を研究したいと思います。第三者ですので、どちらの肩を持つということはなく、専門家として品位ある記載に努めたいです、はい。

現時点で入手できる情報からわかるコトの次第

まずネット上の記事はこちら↓

VR機器については、oculus rift sを持っている程度で(5万円ぐらいする高いおもちゃでしたが使わなくなってしまい…)、VRチャットとかclusterとかにどっぷり浸かっているわけではありませんが、「フル〇〇トラッキング」を「フルトラ」とか略して呼んでいるのだろうなという推測くらいはできます。

株式会社Shiftallさんは商標「フルトラ」について、指定商品を第9類「バーチャルリアリティ用ヘッドセット」その他について、令和3(2021)年 10月 30日に商標登録出願をし、令和4(2022)年 7月 12日に商標登録を受けて商標権が発生しています(登録6586026)。


https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2021-135645/7284E3F063966F71378285769968775F612325C74D0D05B04A1E7134E73495BD/40/ja

拒絶理由通知は受けていますが、これは区分に関するもので、登録要件や不登録要件については問われなかったようです。
その商標審査官が必ずしもVRに詳しいわけでもないですし、忙しいですし、業界人からしたら「?」というような処分も十分発生しうるのが、現状だと思います。こういう偶然が積み重なって悲劇になります。

これで、登録商標「フルトラ」について商標権は発生し、株式会社Shiftallさんは大手を振って権利行使できるわけです。

この株式会社Shiftallについて調べてみると

CEOの岩佐琢磨さんという方、聞いたことがあります。有名人です。
ドミネーターを作ったcerevoの社長さんですよね。

株式会社Shiftallは、もとcerevoの子会社で、パナソニックに売却されたとのことです。
もしかしたら親会社が…は品位の無い邪推なのでやめておきましょう。

商品「バーチャルリアリティ用ヘッドセット」について、登録商標「フルトラ」を使用すると、株式会社Shiftallさんに権利行使されてしまうという状態です。

ところが、「フルトラ」という言葉自体は、商標登録出願日である令和3(2021)年 10月 30日以前にも使われていたようですね。
2021年10月29日以前に絞ってgoogle検索したところ以下のような記事が見つかりました。

これらの記事を読むと、VR業界では「フルトラ」というのは、「フルボディトラッキング」、「フルトラッキング」のことなのは明らかのようです。
HTC VIVEでも「フルボディトラッキング」と呼んでいます。

そうすると、実際には、フルボディトラッキング用のバーチャルリアリティ用ヘッドセットについて「フルトラ」という名称を使用しても、その商品の用途を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として、3条1項3号違反で拒絶されてもおかしくないという見方もできますね。

そんなことは当然わかっていて、ダメ元で出願してみたら案外すり抜けて取れちゃった…という見方をすることもできます。

事件の経緯に戻りましょう。

権利行使?は はやまったかも

第三者ですので、実際に何が起こったのは推測するしかないのですが、請求人関係者と思われる方はこのように発言されています。

株式会社Shiftallさんは、株式会社アオミネクストさんの関係者先に対し、「フルトラ」の語の使用を止め、過去分についても削除するように要求したとのことです。

株式会社Shiftallさんは何か勘違いしてしまったんですかね…。第三者が事後的に見れば、下手を打ったように見えてしまいます。

これに対し、すかさず無効審判を請求する株式会社アオミネクストさん(株式会社プラネタさん?)もなかなかです。

要求はかなり強いように思います。

・「フルトラ」に係る商標権を放棄すること。
・「フルトラ」商標登録無効審判の答弁書において反論を行わず、請求人の主張を認める旨答弁すること。
・商標を独占する意図がないと推測されるのに、「フルトラ」という語の使用中止を申し入れるに至った経緯について説明し、いらぬ誤解を防ぐこと。
・今後、いかなる主体による「フルトラ」の語の使用に対しても、自社の商標権を行使しない旨を公に確約すること。

https://pnxr.jp/2023/09/14/notice01/

ちょっとやり過ぎている感はあります。これだと株式会社Shiftallさんも後に引きづらくなっています。お互い下手を打っているように見えますね。

商標権を放棄しても、登録日から放棄日までの間は有効だった権利存続期間が残ってしまうので、完全にきれいにしたければ無効にする必要があります。
「ゆっくり茶番劇」商標事件でも、権利者の放棄後に無効審判が請求され無効になりました。
その点について、「商標登録無効審判の答弁書において反論を行わず、請求人の主張を認める旨答弁すること」と主張しています。つまり、自ら負けを認めて無効になるように促してくださいということです。
ちょっとやりすぎかもしれませんね。

「VR業界の正義」を背負ったつもりだったのかもしれませんが、現時点では正当な権原のある商標権者を追い詰めてしまいました。後半の2つも必要以上に相手を刺激していると思います。

もともとそういうつもりだった?

今見てきた感じ、お互い下手を打っているのですが、商標権者である株式会社Shiftallさんが、もともとこういうことをするつもりだったのであれば、別にこれでよいと思います。第三者としては他山の石にすればよいと思います。

これが、仮に株式会社Shiftallさんが自社由来で独自に開発した技術だったら誰も文句言わなかったと思います。
今回の事例だと、やはり、大企業の影もちらついて、「みんな使用したいと思っている言葉を独占しようとするわるいやつ」みたいに見えてしまうんですね、特にSNSとかにおいては。

どうするべきだった?

自分で(自分たちの会社で)考えた、思いついた、長年使用して信用が蓄積したワードでは無いワード、他人が考えたワード、みんなが使用しているワードを登録商標で独占しようとすると、炎上するし無効審判もかけられるリスクがある、ということを、なぜか人は一生学習しないし繰り返しますよね。

権利を取得するまでは良いんだと思います。
IPS細胞の特許を取得した京大、山中教授のように、「みんなが使用する言葉だから、誰か悪意のある人に取られる前にとっておきました!」みたいな感じにするしかないのかな。
今回の件はもう手遅れですけど。
すぐみんな忘れますが。

前川知的財産事務所
弁理士 砥綿洋佑

↓続報についても記事書きました。