見出し画像

[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第3話 いらない会議

「では、会議を始めようか。」

丸山部長が会議室に入ってきて空気が少し変わった。

慎吾を含めた5人の課長がこの定例会議で進捗報告と議論をする場である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

マーケティング本部企画部

部長 丸山 雄大(42歳)
・3ヶ月前に企画部部長に就任。それまでは営業推進部部長。

企画1課 課長 内藤 翔太(39歳)
・企画部のエース。マルチにこなす次期部長候補。

企画2課 課長 佐々木 優子(35歳)
・他部署からの評価も高く才色兼備。そつなく業務をこなす仕事の早さと安定感に定評がある。

企画3課 課長 吉田 慎吾(26歳)
・異例の速さで課長になったばかり。これまではプレイヤーとして結果を残してきたがマネジメントにも加わりプレイングマネージャーとして歩み始めている。

企画分析課 課長 土屋 薫子(30歳)
・データを分析するセンスが抜群。マネジメントには向いていないことを絶えず嘆く。

企画管理課 課長 藤井 剛(53歳)
・企画部の総務全般を管理する。最近視力が衰えてきて眼鏡を新調。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「藤井さん、進捗表を出してください。」

丸山が話しおわる前に藤井課長はプロジェクターが投影する光の先にスライドの進捗表を投影していた。

「ありがとうございます。では進捗行こうか。1課から。」

内藤が前に出てきて進捗について話し始めた。

「おはようございます。1課進捗です。現在7つの案件のうち、5つの案件はご覧の通り順調です。残り2つは要注意ですが大きな遅延もなく、プロジェクトとしては期日までにキャッチアップ可能です。」

内藤の率いる1課は会社でもメインとなる主要企画を遂行することで目立つポジションでもある。企画立案から遂行までを一気通貫で行うため、メンバーも優秀な部下を抱えて絶えずハイパフォーマンスを打ち出してくる。

「相変わらず、順調だね〜。何かこの場で議論したい項目はありますか?」

丸山が言うと内藤は
「特にありません。」
と端的に答えた。

内藤はそもそもこの会議に対してあまり重要性を見出していなかった。
自分たちのセクションが順調に進んでおり、むしろさらにスピード感を上げていくのにこの場の時間が惜しいこともそう思わせている要因だった。

本来であれば、丸山ではなく内藤自身がこの企画部の部長となってもおかしくなかったが、年次の関係でもうしばらく課長として実績を重ねることを求められていることを知り、丸山に対して密かにライバル心を燃やしていることは周囲から見ても明らかだった。

「わかった。ありがとう。内藤の安定した課の運営は頼りになるな。引き続きよろしく頼みます。
では、2課行こうか。」

内藤と入れ替わって佐々木が席を立ち前に出た。

「おはようございます。2課は現在20案件を行なっているうち、アラートが上がっているものはありません。全体的に遅延もないのですが一つこの場で議論をさせていただきたい案件があります。それは3課の案件ですので3課の進捗報告の際に議論させてください。」

慎吾は『あの件だな。』と察しがついた。

企画課では1課と3課が企画した案件をリリースしたタイミングで2課に渡してオペレーションを行なっていく。
1課、3課が0→1の業務中心に対して2課は1→100の業務がメインとなっている。

慎吾が察した案件は例の宮口社長の所へ提案した案件のことである。

これまで3ヶ月かけて準備をしてきて、その受け入れ態勢も整えていた2課としてはリソース配分やその他の業務へのリソース再配分などで負荷が一時的にかかったことは容易に想像ができた。

「わかった。佐々木も安定感あるな。ありがとう。では、3課。」

丸山は慎吾の顔をニコリと一瞥してスライドに目を向けた。

「3課です。まずは、先日のMIYABEコーポレーションの企画提案で当社が不採用となってしまいました。改めて申し訳ありませんでした。2課の方には各種準備を行なっていただいていたと思いますが、引き続き別の案件にてその補充ができるように行なっていきます。
現在、3課では5つの案件のうち3つが順調で、1つが要注意、1つが今回のMIYABEコーポレーションの案件でしたが失注しましたので、トータル4件となりました。引き続きMIYABE案件は別の企画で提案していくことを検討して参りたいと思います。」

丸山は慎吾の発表を聞いてもしばらくスライドを見つめたままだった。

2課の佐々木が低い声で話し始める。

「吉田くん、今回の件、もっと早くに不採用になるかどうかの判断ができたと思わない?他社の情報をもう少し早めにキャッチアップしていればここまで周りを巻き込むことはなかったはずよ。先週の会議の時にはほぼ受注できそうな見込みだったわよね。」

慎吾は言い返せなかった。確かに先週は大見えを切って必ず受注してくることを豪語したのだから、それに対して反論の余地などなかった。

「本当にすみません。受注できると本当に思ってましたので。。。」

慎吾の回答に明かに不服そうな佐々木。

「思ってましたじゃ、仕事じゃないのよ。あなた課長なんだからもう少ししっかりしなさいよ。」

佐々木は明らかに許さない姿勢を前面に押し出すものの丸山の手前諭すような口調で伝えてくる。

「佐々木、わかった。ここでの問題はMIYABEコーポレーションの失注ではない。それよりも2課と3課の連携があまり明確でない点について課題があるように思うが。
それと、3課の要注意が1件。これも気になるんだが。
吉田、この要注意案件についても説明してくれ。」

「はい。まず連携については、こちらの見込みが甘かったところと共有するタイミング、頻度に問題がありますので、今後の進め方については2課と調整させてください。
そして要注意案件ですが、フォックスジャパンの案件です。こちらですが、先方の担当者が変更となり、これまでの企画内容を再度見直したいとの申し出が入りました。抜本的な改善になるのか、微調整で終わるのかは明日の打ち合わせ次第になるかと思いますので、打ち合わせを踏まえて関係部署にはすぐに共有させていただきます。」

慎吾は丸山を見ながら説明しつつも佐々木の視線を感じていた。
『次も同じ轍を踏まないでよ』という無言のプレッシャーを慎吾は襟を正すように受け止めていた。

ーーーーーーーーーー
佐々木は慎吾が気に入らなかった。
これまではプレイヤーとして実績を上げていて急に課長となって色々つまづいている状況はいささか心地よくも感じていた。
それは自分が築き上げてきた今のポジションや仕事のやり方を変えたくないのと侵食されたくないのが入り混じったものだった。
自分よりも10歳近く若い後輩に実績を積み上げて勝ち取った課長のポジションとそれを維持する苦労がわかるはずもないことがさらに憎々しかった。
ーーーーーーーーーー

「担当者変更か。で、新しい担当者の情報は何か掴んでいるのか?宮部さんの所と同じことやるなよ。
まずは、第一印象だ。」

丸山のコメントは企画部長でありながら営業経験が豊富なだけあって営業的視点からのアドバイスも多い。
これまでの企画部長は企画の中身についてのコメントバックが多かったのと対照的だ。ある意味企画内容は大筋のところで任せてくれているため、仕事のやりやすさを慎吾は感じながら、さらにこの人から営業のセンスを盗み取りたいと考えるようになっていた。

「了解しました。今のところ、前回の担当者と同じ30代の男性でカスタマー部門から異動してきたことは掴んでいます。明日、色々と話をしながらさらに何ができるかについて詰めて参ります。別途個別でアプローチの仕方について後ほど相談させてください。」

慎吾は丸山に後ほど時間をもらう約束を取り付けて3課の発表を終えた。

「そうだな。。。内藤。吉田の相談について一旦お前に預ける。」

丸山からいきなり言われ、内藤はあからさまに不服そうな顔をした。

「私ですか?すみません。ちょっとこの後立て込んでいて時間を割くのは難しいです。」

内藤は吉田の面倒を見ることを心の底から遠慮したいと思った。そもそも自分の課の業務に追われていてそれどころではないのと、同じ課長としてライバル関係でもあるわけだからそこに思い入れがなかったのだ。


「内藤、時間を作ることは課長としてマネジメントを行う上で重要なことだ。
ましてや、吉田は同じ部の仲間だ。
家族としてこの部を動かすことを考えている俺からすれば、お前らはみんな兄弟みたいなもんなんだぜ。そして、お前たち一人一人が成長することがこの部の成長や評価にもつながる。
自分の課の成功だけを考えているやつになるな。もっと視座を高くしろ。

それと、この3ヶ月みてきたが、お前たち一人一人はパフォーマンスも高くてスキルもあるが、一体感がない。これがこの部の課題だ。

縦割りっていう名の大企業病だな。

内藤。吉田の案件をフォローすること。後ほど報告してくれ。」


「承知しました。」


内藤は渋々答えたが、内心としては本質的な課題を指摘されて何も言い返せないことにしばし自分の視野の狭さと視座の低さを苦々しく思った。


『自分が縦割りの組織の入り口まで足を踏み込んでいる。』

嫌なフレーズが内藤に響いた。


その後、4課、5課の報告を終えて丸山は改めて皆の方を見て話し出した。

「皆さん、進捗報告ありがとうございました。
さて、皆さんにお伝えしたいことが一つ。
この進捗報告は今日でやめます。

「え?!」

全員が丸山の言葉の意味を推し量っていた。
何がそう思わせることになったのか?

藤井がすぐさま話し始めた。
「丸山部長、これまでもこの定例会では皆が各課の進捗を報告して双方の事柄を共有しながら進めていました。この会議がなくなると情報共有する場がないのですが。。。」

総務も含めて担当している藤井からすると、ここで課長陣にインプットしなければ忙しさにかまけて何もしない課が出てきてしまうことを避けたかったのだ。

それは、4課の分析を行っている土屋も同様だった。ここで情報をキャッチアップしておけば、特段自分は発言しなくても事前に必要なデータを類推して様々な分析結果を共有できたからだ。この定例会は必要不可欠なものには違いがなかった。

「なぜ辞める必要があるのか?ですが、答えは簡単です。

意味がないからです。」


これまで行ってきた定例会議の場で何一つ言ってこなかった丸山部長が放った一言はインパクトが大きかった。

サポート大歓迎です。!!明日、明後日と 未来へ紡ぎます。