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そのクセ、お粥にして食べちゃおう。

「なくて七癖」ということわざがある。どんな人でも、何かしらのクセががある、というものだ。無くて七癖、有って四十八癖と続くらしい。
四十八癖もあったら、ほとんどクセだらけの人なんじゃないかと心配になる。千鳥のネタじゃあないけれど「クセがすごいぃ」どころの騒ぎじゃない。すべてにおいてクセしかないかもしれない。

私はひとつ、自分で認識しているクセがある。
それは「シャワーのすすぎグセ」だ。
お風呂に入り、シャンプーやらトリートメントをしたあと、シャワーを使って身体の泡を流す。身体を洗ったあとにも、シャワーを浴びる。その時のシャワーの浴びかたに、問題がある。

右利きのため、シャワーを持つのは自然と右手になる。自分の左半身へは丹念に湯を浴びせかけているのだけれど、右半身はというと、かなりいい加減になるのだ。特に耳の後ろや首周り、後頭部(右側限定)は、決まって泡のすすぎ残しがある。

「右側を、ちゃんとすすぐ」という断固たる意志をもっているときには、すすぎ残しはあまりない。けれども、何だかんだと疲れが溜まり、ぼんやりとした意識を抱えた状態でお風呂に入るときには、すすぎ残している確率が高い。

すすぎ終えたと思い、湯船に浸かる。ぼへーっと身体をゆるめていると、右耳元でぱちぱちと何やら音が聞こえる。はじめのうちは気にしていないのだけど、ずーっとぱちぱち音は鳴り止まない。なんだろう? と思い、右の耳に手を伸ばすとブニャッと、泡のかたまりをつかむ。シャンプーのすすぎ残しが、たっぷりとついていることにようやく気がつく。やれやれと思って、あらためてシャワーを浴びて、丹念にすすぐのだ。

断固たる意志を持ってお風呂に入る日なんて、一か月の中で二、三度ほどしかない。だいたいいつも、ぼへーっとお風呂に入っている。私はほぼ毎日、身体の右側にシャンプーやら石鹸やらのすすぎ残しがあるのだろう。

シャワーを持つ右手の動かし方を変えればいいのだとは分かっている。けれども、それがなかなか難しい。お風呂に入る瞬間までは覚えていることもある。けれど、わしゃわしゃとシャンプーで頭を洗っているときに、頭の中までわしゃわしゃとかき回してしまうらしく、考えていたことを忘れてしまう。そうして、シャンプーのすすぎをすると、すすぎ残しが出てしまう。右手の動かし方にクセがあって、なおすことができずにいる。

シャンプーのすすぎ残しのせいて、頭皮や耳の後ろがかぶれてしまうことがある。ひどい時には皮膚科で塗り薬を処方してもらわないといけない。耳の後ろや首まわりはすすぎ残しでかぶれている人多いらしい。やはりシャワーの浴び方、右手の動かし方にクセがあと、どうしてもすすぎ残しが出てしまうらしい。歯の磨き方でも、手の動かし方にクセがあると、毎日歯磨きをしていても磨き残しがあり、虫歯になりやすい歯は決まってくるという。

毎日の習慣として行っていることの中にクセは生まれやすいのかもしれない。シャワーのすすぎかた。歯磨きのときの、歯ブラシの動かしかた。気がついていないだけで、他にもいろいろありそうだ。

無くて七癖、有って四十八癖とはよく言ったものだ。なおさなくても、本人も周りの人たちも困らないクセもあるだろう。けれども、クセが原因で皮膚科に通院することになるならば、なおした方がいいに決まっている。決まってはいるけれど、なおすことができずにいる。いっそのこと七草がゆならぬ、七癖がゆとして、癖を煮込んで食べてしまうことができればいいのにな~とばかばかしくも考える。四十八癖がゆは、具沢山すぎて、かゆとは言えない一品になるだろう。レトルト食品として「七癖がゆのもと」みたいなのを売り出してくれたら、意外とクセになる病みつきの味で、食べ続けてしまうのかもしれない。これでひとつ、短編小説がかけそうな気すらする。

無くて七癖、有って四十八癖。自分の持っている癖は何だろう? とぼんやり考えながら、今日もお風呂に入るだろう。


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