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潮干狩りに対する、情熱と冷静のあいだ

夫と暮らして早九年。知り合ってからの期間を含めると、もう二十年にもなる。なんとなく分かり合えるようになってはいる。けれども、依然として私には理解できないことがたくさんある。

そのひとつが「潮干狩りに対する情熱」だ。

毎年三月下旬ころになると「今年のポイントはこのあたり」と、カレンダーをペラペラめくりだす。大潮で、潮が十分に引いた日が潮干狩り日和だ。雨が降っても、関係ない。むしろライバルが少ないだろうから、小雨程度は大歓迎なのだという。

数年前に至っては、二月の「まだ手がかじかむからやめとけば?」と思わず止めたくなる夜に出かけていた。

我が家は海の近くにあり、潮干狩りができるポイントがいくつかある。GWにはファミリー向けのレジャースポットとして大渋滞だ。自然と触れ合えるし、潮が十分引いているため溺れたりする危険も少ない。もちろんまったく無いとは言えないので、小さな子供と行くと目は離せないのだけれど。

「あまい。そんな時期に行ったって、もう遅い」
しかし、夫の潮干狩りはレジャーとは言えない。もはや狩猟だ。
「大勢の人がいくまえに、狩りに行かなきゃ。取りつくされてるでしょ?」ぎらぎらと目を光らせながら訴えてくる。いや、まあ、そうだけど……。

場所によっては、潮干狩り場にアサリを撒いている。せっかく楽しみに来たのに、アサリをひとつも見つけられずに帰ることがないように、という管理施設の配慮らしい。ちなみに、アサリを撒いたばかりなら、アサリポイントを見つけることができれば、誰でも簡単に大量のアサリを狩ることができる。

アサリポイントは「小さな穴」。
アサリは二本の管をにょーんと貝からだして、海水を身体の中に入れたり、出したりしている。海水をろ過して、海水中にあるプランクトンを摂取するためだ。
普段アサリは砂の中に潜っている。そのため二本の管を砂地の表面まで突き出す必要がある。砂地に穴が開いていれば、おのずとその場所を掘ればアサリを見つけることができるというわけだ。

しかし、こんなアサリポイントをはっきり見つけられるのは、潮干狩りシーズンの初めごろだけ。後半になると、アサリはだいたい取りつくされてしまうし、穴も塞がれてしまっていることが多い。

一度、「秘密のポイントがある」と言って夫は会社の人達と夜から潮干狩りに出かけて行った。わざわざ片道三時間近くかけて。その秘密のポイントは潮干狩りをする人がいないけれど、漁業権を侵害しない場所で超穴場なのだという。海は広くて大きいけれども、潮干狩りを自由にできる場所はほんの一部。「漁業権」というものがあり、漁業に影響がある場合、その場所での採取は行なってはいけないのだ。

クーラーボックスいっぱいに持って帰ってくるかも! などと、ほくほく顔で出かけていった。
しかし、「捕らぬ狸の皮算用」というか、「狩れぬアサリの貝料理」とでもいうべきか……。

持って帰ってきたのは二、三個のやや大きめのアサリだけ。大きなクーラーボックスの中で所在なさげにコロリ、と転がっていた。

どうも、秘密のポイントとしてたくさんいたのは、数年前までだったようだ。会社の後輩が学生の頃はたくさんとれていたらしい。けれども、卒業して数年経ったため、浜辺の環境が変わってしまっていたのだろう。探せども探せども、アサリはほとんど見つからなかったという。夫は潮干狩りツアー唯一の既婚者で「おみやげを持って帰らないわけにはいかないだろう」と、いうことでほんの少しとはいえ持って帰ってきたそうだ。

さすがに「潮干狩りツアー」には懲りたらしく、わざわざ片道三時間もかけて出かけて行くことはなくなった。けれども、やはり潮干狩りシーズンになると行きたくて仕方ないという。

実は昨日も、夫は夜勤明けの疲れた身体を休めることなく潮干狩りに出かけていた。しかし、春休みであることや、暖かく気候も穏やかなため、すでに駐車場は満車。砂浜におりることすらできなかったという。

そして今日、リベンジしようか、どうしようかと散々相談された。私としては、正直なところどちらでも良い。夫の潮干狩りに対する情熱を見るたび若干引いている。けれども、この、春先だけの楽しみだし、好きにすればいいのだ。行きたければ行きなよ、としか言えない。

百円ショップに行っては「これ、潮干狩りに使えそう」と、プラスチックケースをいくつか購入していたり。「姿勢を安定させたい」といっては、座りながら潮干狩りをおこなう方法は無いかと、空になったペットボトルでお風呂の椅子のようなものを自作してみた。(結局強度が足りず、座った瞬間に壊れていた……)

結局「潮干狩り、いきます」と、先程LINEに通知が来ていたので、もう出かけていることだろう。

なんでそんなに潮干狩りが好きなのか、私には理解できない。もちろんレジャーとしての魅力はあるし、楽しくない、とは思わない。結婚してすぐのころには一緒に行ってみたりもした。けれど、私の持っている「潮干狩り感」と夫の「狩猟感」がうまくかみ合わなかった。また、私は平日仕事が休みではないため、ライバルの多い土日にしか潮干狩りには行けない。そんな日にわざわざ行く必要はない、という夫の判断から潮干狩りは夫婦で行うレジャーではなくなった。

さて今日は、帰ったらほくほく顔だろうか。それとも……。

ただ、今日アサリがとれたとしても、砂抜きやら何やらで夕飯に出てくることはなく、数日アサリとともに暮らす日々が始まるのだけれど。それはまた、別の話だ。

夫の狩りがうまくいくことを、ぼんやりと祈っておこう。



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