漢方薬との付き合いかた
思い返せば、漢方薬との付き合いも10年ぐらいになるだろうか。
漢方薬、とひとことで言ってもすごく幅がひろい。この一年ぐらい、漢方薬局にお世話になっていて、あれこれ隊長について相談しては処方してもらっている。
しかし、思い返せば、初めて漢方薬を処方されたのは、肌荒れに悩んで皮膚科を訪れたときだった。
夫と結婚することになり、私は大阪から神奈川に引っ越した。もともと神奈川にある大学に通っていた。大学を卒業してからも、うつ病になるまでは神奈川で暮らしていたので、それほど不安なことはなかった。
夫が住んでいたアパートに転がり込むようにして、結婚生活は始まった。そのアパートも、通っていた大学にも近かったし、何も問題ないように思っていた。
しかし、夫と暮らし始めて少しすると、肌がどんどん荒れ出した。吹き出物がボツボツと顔のあちらこちらに出てくる。思春期のころに出るようなニキビとはまた少し違っているようにも見えた。落ち着いたと思っても、また同じ場所に突起物ができる。アパートには洗面所に据え付けられた小さな鏡しかなかったけれど、その前を通るたび自分の顔を見るのが憂鬱だった。
あまりにも治らないので、皮膚科に行ってみたら? と夫に提案されたので、一駅先にある評判のいい皮膚科に行ってみることにした。その病院はビルの二階にあって、赤ちゃんを連れた母親とか、おじいちゃんとか、様々な年代の人が待合室にいた。すごく混んでいたので、待合室はいつもいっぱいだった。
そこで、皮膚科の先生にこんな風に言われたのを覚えている。
「水があっていないのかも知れません」
水があっていない……? えーっと、どういうことですか?
「これまで暮らしていた場所とは違う場所に引っ越してきて、身体が馴染んでいないように見受けられます」
ふーん……。そんな、魚みたいなことがあるんだろうか? と不思議だった。断っておくけれど、その皮膚科は、東洋医学的診断がウリの皮膚科ではなかった。まわりの診察を伺っていると、細菌感染してるから、この抗菌薬をとか、ステロイドを、とか皮膚科っぽい会話が色々なされいた。水がどうこう言われているのは、その時は私だけだった。
「漢方薬がいいかも知れません。表面的に治す薬もあるけど、身体の中から改善した方が、良さそうだから。苦いけど、飲める? 妊娠の予定はまだない?」
そう聞かれたので、私はどれも問題ありませんとうなずいた。そうして、そこで漢方薬を処方された。なんという漢方薬の名前だったかは忘れてしまったけれど、ツムラの漢方薬だったと記憶している。
皮膚科通いは3、4ヶ月くらいだっただろうか。すぐに肌荒れが改善するわけじゃなかったけれど、少しずつ良くなっているのは鏡を見てもうんざりする気持ちが減ったのは確かだった。
それから数年の間は漢方薬のお世話になることはなかった。しかし、ある時「漢方に頼ってみようか」と思うことがあった。身体がだるく、眠れて入るけれど眠りが浅い。少しふさぎ込むようなことが多くなった。仕事はそれなりにこなしていたけれど、ストレスも多かったし、うまく息抜きができなかった。
「このままだと、鬱が再発しそうだな」
心療内科に行こうかと考えた。けれど、睡眠導入剤と、精神安定剤を処方されて、それを飲み続けるのもちょっとしんどいなあと感じていた。自己診断なのでいい加減だけれど、私が鬱の時に感じていた身体感覚はまだ生じていなかった。頭の中がグラグラするような、脳みそをぐっと掴まれて揺さぶられるような。まだその感覚はなかったので、今ならどうにか戻れそうだと感じていた。
その時に、皮膚科の先生のことを思い出して、「何か身体の中から、改善できるような治療があればいいな」と考えた。あれこれ調べていると会社からそれほど遠くない場所に漢方薬を試せる病院があった。その病院は西洋医学と東洋医学の両面から診断する、という病院だった。漢方専門という訳ではないし、保険適用されるとのことだった。
病院のホームページには「当院には精神科の診療を担当する医師がおりません。精神疾患の診断は『精神科』を診療科としている医療機関を受診してください」という注意が書かれていた。
その注意書きには、こんな続きが書かれていた。
「しかし、身体症状については、漢方治療が有効な場合もございます。診断に迷う場合には一度受診していただき、面談のうえ、医師が個別に漢方治療の可否を判断させていただきます」
一度、この病院で相談して、お医者様の判断を聞いてから精神科か、心療内科に行ってもいいだろう。そう思い、電話で予約していってみることにした。
そこでは、問診時に寝転んでお腹のハリ(ガスが溜まっているかとか)を調べたり、舌をべえっとだした。先生は甲状腺の病気を疑っていたので、血液検査も行った。
血液検査の結果次第ではまた違ってくるけれど、と前置きして「おそらく自律神経の乱れからくる倦怠感ではないか」と診断された。
「あなた、シソは好き?」
えっと、野菜というか薬味につかったりするシソですか?
「そう。今回処方する漢方薬は『香蘇散(こうそさん)』。シソの香りがする漢方だけど、飲める? シソ嫌いじゃない?」
大丈夫です、と答えると「じゃあこれ飲んでみて」と処方された。ちなみに香蘇散とは以下のような漢方薬。風邪のひきはじめにもいいようだ。もっとも、「じゃあ試してみよう」と思っても、あまり普通の薬局には置いていないかもしれない。処方されてから、あちこちの薬局などで見てみるけれど、漢方コーナーには置かれているのを見つけたことがない。
結果だけ言うと、この香蘇散はその時のわたしの症状にピタリとはまった。シソの香りがさわやかな漢方薬で苦みは感じられなかった。飲みにくいかも、と説明されたけれど、そうは感じなかった。
飲んだその日からすっきりシャキーンとはならない。ただ、もやもやっとしたつらさが少しずつ改善してきたように感じた。どのくらいの期間飲んでいたかは覚えていないけれど、夏の終わりぐらいから冬の始まりぐらいまでだったろうか。単純に、季節の変わり目に身体がついて行かなかったのかもしれない。ただ、うつ病を再発することもなく、持ちこたえたのが嬉しかった。
いまお世話になっている漢方薬は漢方薬局で処方されているものだ。
自費扱いだから、続けるにはおサイフと相談することも必要だ。しかし、病院にかかるほどでもないけれど、ちょっとした不調が続く。身体は冷えて冬になると、しもやけができる。便秘だし、すぐ風邪をひくし、むくみもひどい。
自分の生活習慣を変える必要もあるのだろうけれど、身体の中からどうにかしたい。そう思っていた。そんな時に、時々お世話になっている整体の人が「友達で漢方薬局に勤めている人がいるから、相談してみては?」と教えてもらった。鎌倉市大船にある、杉本薬局さんだ。
そこから漢方薬をちびちび飲む生活が始まった。ただ、わたしの暮らしによりそった提案をしてくれるのが本当にありがたい。
「煎じたりするのって、できますか?」と質問されれば、はっきりと「それはめんどくさいから嫌です」と答えらえる。「職場の環境で、お昼に漢方を飲めないこともある」というと「じゃあ、朝と夜に飲めばいいように調剤します」と提案してくれる。即効性のある漢方薬があるとも、教えてもらった。じわじわ効くばっかりじゃないらしい。
今飲んでいるのは加味逍遙散(かみしょうようさん)を少しアレンジしてもらったもの。これは結構苦いけれど、嫌な苦さじゃない。すっごく苦くて身体が受け付けない、という場合はその漢方はその人に合っていないとも教えてもらった。
また、「こころ漢方」という本も出版されたというので、ひまなときにちょっとずつ読んでもいる。ぱーっと読んだところで分かったような気になるだけ。時々じっくり読むと楽しい。難しいけれど、自分の身体は今どんな状態だろうと考えるにも役立っている。足りないんじゃなくて、滞ってるのかな、とか。
身体だけじゃなく、こころのバランスを整えるのにも漢方はいいよ、という内容についても書かれている。ちょうどリンク先で紹介されている「落ち込む、クヨクヨする」のおすすめ漢方が「香蘇散」だった。
漢方の世界は奥が深い。薬局の棚に並んでいるものから、自分にはこれだなと選び出すのは難しい。足を踏み入れるには勇気が必要な漢方薬局も多いような気もする。まあ、それは入りにくい病院もあるし、いろいろあるだろう。
それでも、西洋医学と東洋医学をバランスよく使い分けながら、できるだけご機嫌に暮らしていきたい。
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