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お月見団子の季節になると。

「あー、これ作ってたなあ」

秋のお彼岸のころ、スーパーで販売される「お月見団子」を見かけるたびに私はついその言葉が出てしまう。夫は「毎年言ってるよね、それ」と言いながら笑っている。お手軽な季節の和菓子を買うこともなく、その前を通り過ぎる。

夫と結婚して一年半くらい経ったころ、私はパン工場で短期間のアルバイトにいったことがある。

夫と結婚してすぐのころは、うつ病の投薬治療は終わったものの、体力がほとんどなかった。土日に何か用事があって夫と出かけると、月・火・水くらいまでは昼間も眠って過ごしていることが多かった。夫は私がうつ病で、日常生活をおくるだけでも疲れてしまうことは知っていたし、休日出勤も多かったので、それほど無理やり外出していたわけでもない。ただ、家で眠っているだけだと、やっぱり体力が落ちていく一方だし、出かけない? と心配してくれていた。

一年半くらい寝たり起きたり、最低限の家事をおこなっている生活だった。けれど、さすがに私も働かないと、中小企業勤めの夫の給料だけでは正直なところ心細いように思いはじめていた。また、それと同時に「そろそろ外に出て働くことぐらいできるようになっていてほしい」という私自身の願いもあった。

長期間のアルバイトやパート募集の広告をみていたけれど、まずは短期間で、数日だけ働いたら終わりがくるタイプのバイトにしようと思った。長期間のパートで、もしも身体がつらいとか、精神的に厳しい、となったとしても、一度採用されたら「やっぱり、辞めます」と言いだせない。

それならば、期間がきっちり決められている短期間のアルバイトが良さそうだと思い、探していると「超短期! 秋のお彼岸和菓子バイト」という広告を見つけた。自宅から微妙に遠いが、交通費も全額支給ではなく1000円まで。電車とバスを乗り継いでいくため往復で1000円以上かかる。けれど、「社会復帰の練習をさせてもらいに行くんだから、この際交通費のことは無視しよう」と決めた。夫は「えー、短期の工場バイトなんてキツいよ! 大丈夫?」とかなり心配そうだったが、私はもう勝手に面接を受けて、行くことを決めていた。

短期とはいえ、工場のバイトはいろいろと厳しかった。まず、衛生面。これは当たり前だろう。ただ、数日のアルバイトだけれど「工場専用の靴」を持参、または購入しなければいけなかった。私は持参できる靴を用意できそうもなかったので購入した。たしか3000円くらい。時給950円程度だったので、意外な出費にすこしがっかりしたのを覚えている。

専用の白衣は毎日支給。着替えは持ち帰らず、クリーニングボックスへ入れるようにと指示された。短期バイトを雇うことが多いから、システムがかなり決められているのだろう。

各ラインに数名並んで、ひとりずつ順番に作業工程が割り振られた。おはぎを作っているラインが多かったが、私は桜餅のラインに並ばせられた。「秋に桜餅なんて季節外れだけど、和菓子バイキングみたいにおはぎと一緒に並べるとかなり需要がある」とのことだった。

機械からぽろんと、あんこが餅米に包まれて出てくる。それを軽くにぎってかたちを作る人、サクラの葉っぱをならべるひと、サクラの葉っぱの上に餅を移動させる人、サクラの葉っぱを摘んで餅と一体化させる人、プラスチックトレーを並べる人、桜餅を掴んでトレーに入れる人、トレーに入れた桜餅にアルコールを吹きかけて消毒する人、トレーのふたを閉める人、ばんじゅうに運ぶ人。だいたいこんな感じで、分業化されていた。桜餅の場合は葉っぱをならべる人と、葉っぱを摘んで餅と一体化させる人が大変そうだった。サクラの葉っぱは、破ってはいけないのだ。ばんじゅうを運ぶ人も大変で、あっという間にを腰が痛くなった。ラインは思った以上に早く流れていくので、ついていくのに必死だった。大変なポジションには負担がかかるため、ときどきフォーメーションチェンジの指示が下された。

お月見団子は年に一度しか作成されないので、機械の設定に時間がかかっていた。小さな丸い餅の中にあんこがうまく入らない、とか、餅がうまく出てこないだとか、小さな機械にベテラン勢だと思われる数人の男性が群がって、「いやー、毎年分かんなくなるねぇ」などと、楽しそうにしていた。設定ができない間は、ライン上には何も流れてこないので、バイトたちは待機するしかない。おしゃべりは慎まなくちゃいけないので、おじさんたちが数人で設定してる様子をただ見守るしかなかった。

お月見団子自体、それほど需要はなくて、それほどたくさん作らなかった。ピラミッド状にふんわり乗せなくちゃいけないから、そこが難しいのと、プラスチックケースのフタをぱちんと閉める係の人が難しそうだった。(意外とうまくしまらないのだ)黄色い団子を最後に乗せる係りの人がちょっと羨ましかったが、私は作業中の人の手袋にアルコールをかけてまわる係に任命され、目の前で積み上がっていくお月見団子を見ながら、霧吹きでシュッ、シュッと手のひらを出してもらって、順番にアルコールをかけていた。


三日間のアルバイト期間を終え、腰も痛いし、肩もこっていたしへろへろだった。だけど、私としては充実感に溢れていた。社会復帰の一歩を踏み出せた気がして、嬉しかった。期間限定のバイトは、次はクリスマスの時期に募集するから、良かったら来てくださいねと最終日の終礼時に言われた。その時に、今回買った作業靴も使えるから、無駄にならないよと言われた。確かに3000円もする靴だ。この三日間で終わりにするのはもったいないかもな、とちらりと考えた。結局クリスマスの期間はパン工場でアルバイトすることなく、ほかの短期アルバイトを行うことになった。

おはぎとか、桜餅なんてスーパーでも年中売っている。けれど、お月見団子だけは中秋の名月である今の時期しか売られていない。毎年お月見団子を見かけるたびに、工場でのアルバイトを思い出すのだろう。

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