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なんの役にも立たないのに、捨てたくないものがある。

少し前、ほぼ日の「ドコノコカメら」で、糸井さんが書いてらして、わたしもそうだなと思ったことがある。

ねこのひげが落ちていると、絶対に拾ってしまう。宝物を見つけた!といわんばかりに。拾ったひげは、ねこのひげを集めている箱にしまう。

もう七年も一緒にくらしているから、集めたひげはかなりたくさんある。ひげの根元あたりだけ少し黒く色づいているものもある。ちょっとやわらかくてカーブがかっているものもある。たぶんそれはまゆげの抜け毛で、厳密にいうとひげじゃないのだけれど、箱に一緒にいれている。

白くて、ピンととがったねこのひげ。たくさん集められたその中に、一本だけ、まっくろで短いひげが混ざっている。実家で一緒に暮らしていた「ゆず」と名づけたチワワのひげ。

ゆずくんとの思い出はたくさんあるけれど、新しい思い出を作ることは、もうできない。

三年前の夏、夜中に突然苦しがって、あっという間に動かなくなってしまったらしい。その日の昼まではいつもと何にも変わらずに「おやつちょうだい! 散歩いこう!」と、両親と姉の足もとにまとわりついていたのに。

本当に突然、死んでしまった。

姉から連絡を受けたとき、わたしもすぐには信じられなかった。もうすこししたら実家に帰るし、その時にゆずくんにあげるお土産を買おうと思っていたのに。なんで? なんで? 信じたくなかった。

慌てて実家に帰ると、ゆずくんはいつも座っていた座布団の上に横たわっていた。家族みんながいる部屋で、ゆずくんのお気に入りの場所だった。

ゆずくんのからだを触ると、ひんやりと冷たくて、陶器の置物みたいだった。家族はみんな泣いていたし、わたしもずっと泣いていて、ほとんど会話も成り立たなかった。

みなの生活の中に「ゆずくんの散歩に行ってから夕食の支度をする」とか「おやつを食べるときに、ゆずくんにリンゴをあげる」とか「植木の水やりをするときに、ゆずくんも庭に出る」というように、かならずゆずくんがいた。だから、ゆずくんがいなくなってしまうと、どうしていいか、わからなかった。父がわざと気丈に振る舞っても、どこか空まわりで母と姉を苛立たせていた。

ゆずくんの亡骸を火葬場に連れていく準備が始まった。いままで寝かせていた座布団の上からダンボール箱の中にからだをおさめた。ダンボール箱は大きくて、ゆずくんのからだは本当に小さかった。

ゆずくんを寝かせていた座布団に、ゆずくんのひげが一本だけ落ちていた。わたしはそのひげもダンボールに入れるべきか迷ったけれど、どうしても手元に残しておきたくて、ティッシュにくるんでポケットにそっとしまった。

そのひげが、一本だけ、ねこのひげに混ざって箱にしまっている。ねこのひげに囲まれて、居心地が悪いかもしれない。

けれども、そのひげは、大好きなイヌと、一緒に暮らすねこの一部だったカケラを、わたしはどうしても捨てられない。

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