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ナマケモノの生存戦略

ナマケモノという動物がいます。

その名の通り、とにかく動きません。

一日の大半を木の上で寝て過ごし、一日に葉っぱ8g程度の食事しかとりません。

敵に見つかってさえ、逃げるどころかむしろ体の力を抜いてできるだけ痛く死なないようにするとか。

このような姿は、弱肉強食のこの世界においてあまりにも「弱く」みえます。

しかしナマケモノは絶滅していません。

それはなぜなのでしょうか。

動かないことの強さはどこにあるのでしょうか。


まず、全く動かないということは敵に見つかりにくいというメリットがあるといわれています。

森の中、安全な木の上で音も立てず動かなければ、
風景と同化してしまうからです。

ナマケモノは敵に見つかったら最後、逃げることができませんが、
そもそも敵から見つかりません。

生存戦略の発想の根本がほかの多くの動物と異なります。


また、動かないということはほとんどエネルギーを消費しません。

ほとんどの哺乳類は恒温動物、すなわち体温が一定であるのに対し、
ナマケモノは珍しく変温動物です。

例えば恒温動物である私たち人間は、
外が暑かろうが寒かろうが変わらず36度~37度程度の体温を維持するために常にエネルギーを消費しつづけています。

一方、変温動物であるナマケモノはこの体温維持にエネルギーを使いません。

新陳代謝を極端に下げることで食物を探しまわるために動きまわらなくて良くなり、
更にエネルギーを節約できる、というわけです。


このように、ほとんど動かないナマケモノの背中にはやがて苔が生え、
微生物や蛾など何万ものいきものがそこに棲みつくといいます。

この苔によってナマケモノは、更に森の風景と同化し、
お腹が空いたときには食料として食べることもあるそうです。

たくさんの生物と共に森の中に棲むナマケモノは、
自身もまた背中に苔を背負い
たくさんの生物の棲む「森」となるのです。

昆虫学者の西田賢司氏は、このようなナマケモノ姿をこう表現しています。

「森にたたずむ小さな宇宙」
と(注)。



以前、人それぞれ異なる「体内時計」を持っているのではないか、という記事を書きました。

体内時計が早く、物事を要領よく進める人がいる一方で、
体内時計が遅く、じっくり丁寧に取り組む人がいる。

多くの「いじめ」の原因の一つには、そもそもこの体内時計の違いがあるのでは、
と私は考えています。


スポーツでは、ゴールまでの速さや得点の多さを競います。

仕事でも、早くたくさんタスクをこなせばこなすほど評価されます。

わたしたちは基本的に、
動けば動くほど、生産すれば生産するほど良い
という世界に生きています。


しかし、実は「動かない」こともまた、
「誰よりも動く」ことと同じか
それ以上に難しいことだと思うのです。


そして動かないナマケモノの背中には自然と「苔の森」ができるように、
動かないことによってこそ豊かな世界が生産されることもあるのです。



まったく、「ナマケモノ」とは失礼な名前をつけられたものです。

怠けているという評価は、動くことを良しとする価値観でしか効力をもちません。

むしろ、動かないことの豊かさを知る彼らから見れば、
まさに今消費社会の限界によって苦しめられている我々人間の方が

遥かに滑稽であり
遥かに「怠ケモノ」
なのかもしれません。


(注)
ナショナルジオグラフィック日本版(2016.6.5)より
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO02416750X10C16A5000000/


(参考文献・URL)
・TED「なぜナマケモノは動きが遅いのか?―ケニー・クーガン」https://www.ted.com/talks/kenny_coogan_why_are_sloths_so_slow

・麻生羽呂・篠原かをり(2016)『LIFE<ライフ> 人間が知らない生き方』文響社.

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