都会がとても似合う彼女

鮎子さんを紹介されたのは暮れも押し迫った冬で、友達の紹介だった。
渋谷の焼肉屋で初対面を果たし、それから数年間、そこそこ仲良くしていたけれど、今となっては自然消滅ってやつだ。

彼女は見た目がとても若く、けして美人というタイプではないけれど、着ているもの、髪のケア、肌質が抜群に美しかった。
肌と髪の毛が綺麗だと若く見えるものだとその時実感した。
タメだと思っていた私はずっとタメ口をきいていて、宴もたけなわになってから彼女が私よりずっと年上だったことを知り、恐縮しきりだったな(笑)。

鮎子さんは日本人気質がないようである人で、自分の中にある陰湿さやネガティブさを誰よりも嫌っている節があった。
「いつも明るく元気でオープンマインドな美人」を常に演じていたと私は思っている。

強気で言いたいことは臆せず言い、周りからの評価を気にしない(ように見せてる)彼女は、合コンでも盛んに異性関係の持論をぶちまけていた。
個人的には、合コンとは恋人候補と出会う場であり、選んだり選ばれたりする場なので、多少の演出は必要だと考えてるんだけど、彼女にとってそんなことは「どうでも良い」こと。
とにかくエピソードがすごいし、それを彩る言葉達がビビッドだった。

鮎子さんのドラマティックなネタはいくつか覚えているけれど、なかでも個人的MVPな話はこれ。


「セックスの場面になってさ、私が男に『もう一度やろうよ』と言うと、そいつは『またやるの(笑)?俺をその気にさせてみろよ』って言うから殴りかかったよね。
『なんだよ、こら、やんのか?あん?』って感じで男がしまいには逃げていったわ(笑)」。


こういう話を初対面である合コンで話すんですよ。私は「また始まったよ」と思いつつ愛想笑いをしていたけれど、男性陣の顔は怖くて見ることができなかった…。
ちなみに、このエピソードに出てくる男性ってのが巷じゃ有名なIT起業家だったんだよね。
どこでそういう人達と出会うのかわからないけれど、まあ、彼女自身もかなりお金持ちな家の娘だった。

鮎子さんには昔、純情を9年近く捧げた恋人がいた。
彼は妻帯者で、付き合う当初から「妻とは別れない。それでもいいか?」と念押しされてそういう関係になった。
この時点で私は男のずるさを感じるのだけど、鮎子さんは「友達に紹介してくれてたし、旅行もたくさん行った」ということがアドバンテージになっており、「いつかは彼と結婚できる」と真剣に考えていたらしい。

鮎子さんが34歳になった時、初めて真剣に「私達どうなるの?」という話し合いを持ったらしいのだけど、彼の意見は変わらなかった。そして鮎子さんはいとも簡単にふられた。
その現実に耐えられなかった彼女は、私と出会った時も、そしてたぶん今でも彼との恋を史上最高として自分の胸にしまっている。

恐らく、彼女の恋人だったその人はすごく魅力的なのかもしれない。
「女の一念岩をも通す」タイプの鮎子さんは彼にのめり込み、彼と飛行機に乗るたびに「このまま彼と死ねるなら幸せ」だと本気で思っていたらしい。
それを聞いた時「不幸一直線なタイプなんだな」と思ったけれど、考えようによっては可愛らしい女性だよね。私にはない感情ですよ。

鮎子さんは職業的に男性と出会う場がとても少なかった。また、件の元カレが素敵すぎたのか、その人と新しく出会う男性を比べてしまい、本来はそこそこモテる人なのにいつもシングルだった。そしてそのことを特に嘆いてもいなかった。
私はそんな彼女を強くて逞しくて美しい人だと感じてる。
ただ、ちょっと残念な気もする。
ま、そんなの彼女にしてみれば余計なお世話なんだろうけど。

40歳を越えても合コンですさまじいピロートークネタを披露する鮎子さんを、私以外の友達は心配していた。
「いつも男がいないみたいだし、若年性更年期もきてるようだし、どう思う?」と電話をいくつか受けたことがある。
確かそれも冬だったなあ。
私は「キャリアがあってお金に困らず、それなりに綺麗な女性になんで男が必要なのよ(笑)」と思ったけれど、「そうだね、心配だね」とだけ返した。

鮎子さんより年下の私達が妙齢になり、1人また1人と結婚をするうちに自然と彼女とは連絡を取らなくなった。むろん、彼女からの連絡もない。
ステージが違えば話は合わなくなる。
既婚者で子持ちの私達にとって関心のあることは義両親との同居の有無や子どもの進学のこと、夫の昇進、幼稚園のママ友との関係だったりする。
対して、独身で毎日華やかな生活を送る鮎子さんからしてみればそんな話は所帯染みててつまらないんだろう。
女性ほど人生のライフステージで友達が変わる生き物もないんじゃないかな。

鮎子さんと連絡を取らなくなって10年近くなる。
彼女は今でも都会が似合う女性なのだろうか?とたまに思い出したりする。

最後に会ったのは夏の夜、渋谷だった。
外国人がよく集まるバーで飲んだ帰り、私達の少し前を颯爽と歩く彼女の長くて艶やかな黒髪を今でも覚えている。


「白髪染めなんて私はしないよ!
それが私らしいから」


その言葉が強がりなのか本音なのかわからないけれど、彼女は時々どうしているかな?って思うんだよね。

もうこんな時間だ。明日も早いし育児に休日はない。寝よう。

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