多様性を認め合うために必要な能力
法律は社会の秩序を守るために必要なことはわかるのだが、集団のルールってなんだろうと思う。
きっかけは校則、制服の見直しだ。
シャツやブラウスに透けない色の肌着(Tシャツ、タンクトップ等)の着用をすること。だから黒色はダメ。
理由は、将来大人の社会でも肌着が透けていることはマナー違反だから。
半袖ブラウスにベストはダメ。夏用スカートに黒色ストッキングはダメ。
何故なら、暑さ対策でしているのにチグハグだから。
確かに理由はありつつも私はいまいち釈然としない。
でもそのモヤモヤ感がその場ではうまく説明できなかった。
今なら「本当に社会人で通用しないのでしょうか」とか「下着や肌の露出を嫌う子もいるし冷え性対策に有効」といった理由が言えるのだけれど、あの時は自分が常識を知らないだけで、こんなことを言ったら変って思われるのかもと思って言えなかった。
そこで、私はその場において マイノリティ側にいることを実感した。
こんなふうに思う機会が多ければ、自信をもって考えを言えなくなるよね。
誰かの個性や意見を認めることで、誰かが不合理な思いをする。
人間社会はそのバランスで成り立っている。
人数が多ければルールや法律が必要だろう。
でもそのルールや法律も時代と共に変わることもある。
それを変えてきたのはいつだってマイノリティ側の人たちではないだろうか。
どんな意見や価値観だって良い悪いはなく、TPOに沿っているかどうか。その時は少数の意見だとしても、時代や環境が変われば変化がくるかもしれない。
だから多様性を認め合うには、コミュニケーション能力は必須だ。
まずは聞くこと。
相手の話を評価しない聴き方。テーマを深める質問の仕方。相手の話を要約する力。
そして話すこと。
わかりやすく説明するための手立てや順序を考える。自分の意見に(考えがないことにも)責任をもてる。
それらが安心して行える状況も重要だ。
トップダウンのような雰囲気や、会議といった堅苦しい場面では発言しにくい。
時間に限りがあったり議題が多かったりすると、一個人の意見で時間をとらせてしまってよいのかと無駄に空気を読んでしまう。
私は冒頭の制服談義の場面で意見を上手に言えなかったけど、あとでわかってくれそうな人に話をすることで考えがまとまった。
「わかるよ」と言ってくれた人。
「それってどういうこと?」と興味をもって聞いてくれた人。
わからない人がいても、聞いてくれる人がいたから、次の機会は自分の意見を言えると思う。
保健室もエネルギーを充電できるような、そういう場所でありたい。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?