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病気になりたい

そんなことを言う生徒や先生が時折保健室を来室する。

頑張って、疲れているのに休めないんだな。
自分の時間がなかなか取りにくいのかな。
……そんなふうに解釈しつつも、健康推進している身としては切ない言葉だ。

病気になっても、楽になるわけではないのになぁ。


休みやすい社会にしたい

感染症が流行して私が思うメリットとしては、休みやすい環境になったことだ。
・風邪をひいたら休む。
・家族が体調悪ければ休む。
至極当然のことがやりにくかった今までの社会が病んでいたと思う。
いや、社会というよりは学校。もしかしたら教員が病んでいるのかもしれない。


休まない先生

教員は病気や家族の用事といった理由以外でなかなか休まない。考えられる理由は次の4つである。

①自分が休むことで誰かに負担をかけることに申し訳なさがある。
②休むための準備をする時間がとれない
③自分がいないことで子どもたちに影響を与えることを心配している。
④休んだ分の仕事が溜まるので休みの意味がわからない。


もしかしたら自治体によって異なるかもしれないが、私が年間付与される有給休暇は20日ある。それとは別に夏季休暇が5日ある。
残った有給は最大20日分、次年度に繰り越されるため年に最大40日(夏季休暇含めて45日)の有給がある。
さらにそれとは別に修学旅行等の引率で時間外労働したら時間調整がある。

しかしながら私はほとんど有給休暇を年に20日も消費できていない。下手すると時間調整すらできず余る。
これは私だけではなく、多くの教員にもいえることだ。中には消化している教員もいるが、取得しても出勤している人も割といる。


そういう状況だったので休まないことを良しとしていたわけだが、感染症流行により価値観がアップデートされた。

頑張りたくて頑張っていたのか、周りが頑張っているから仕方なく頑張っていたのか。
無限に増え続ける仕事に対して、余りにも律儀に対応していたのではないか。
「教育公務員だから」を理由に、必要以上にやりがい搾取をされていたのではないか。

私たちが頑張るところは子どもの教育であるのに、それ以外の仕事やグレーな仕事が多すぎるのではないか。


元気に休もう

冒頭の会話に戻る。
「病気になりたい」
「ワクチン打てば副反応で休めるかな」

そんな言葉に私は「私なら体が元気なときに休みたいけどな」と返す。相手はニヤリと笑って「それができたらなぁ」という。

そういう社会にならないかな。
リフレッシュ目的に休めることが当たり前で、
仕事や学校に仕方なく行くではなくて「行きたい」「行ってもいいかな」になるような。

有給とることに勇気が要る私には、まだ理想郷だけれども。




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