見出し画像

オレンジと短編

「オレンジで」

そう即答した私は、レジカウンターにある色見本を指さす。え、オレンジ?と、自分の選択を、すこし不思議に思った。

私が昔から通っている本屋は、文庫本のブックカバーを選べる。一般的な雰囲気の、ロゴや店名が入ってるカバーもあるし、無地のシンプルなものもあって、それは10色くらいから好きな色を指定することができるのだ。

色を選べるのも楽しいし、すこしざらっとするマットな紙の質感も好きで、文庫を買うときはこの本屋に向かう。紺色や水色、グレーなどを選ぶことが多いので、オレンジ色はもしかしたら初めてかもしれない。

文春文庫「神様の罠」は、人気作家が短編集を紡ぐ、アンソロジー作品である。米澤穂信、芦沢央、辻村深月などは年代が近いこともあり、よく読んでいる。とくに辻村深月はデビュー当時からファンで、たぶんほとんどの作品を読んでいると思う。

実は、私はあまり短編を読まない。

ミステリーや推理小説ばかり読んでいるので、短編はそこのところもうちょっと掘り下げてくれないかなーと消化不良になりやすい気がして、すこし苦手なのだ。というより、長編のどっしりした読みごたえと読後感が好き、というほうが正しいかもしれない。

もちろん好きなシリーズは短編でもなんでも読むし、私のヒーローであるシャーロック・ホームズだってほとんどが短編だし、要は私の読み手としてのスキル不足なのかもしれない。

「神様の罠」は短編集とはいえ、大好きな作家が連なるアンソロジーだ。これは読むしかない、と本を手にとり、レジに向かった先の「オレンジで」だった。

「神様の罠」のタイトルどおり、この本の主人公たちはみな、罠にかかる。人為的な、あるいは命のように軽々に人間の力がおよばないような、罠にかかる。

結果として不幸になるか幸せになるか、それはネタバレになってしまうので割愛するとして、私はこの本を読みながら、人を赦す、許すとはどういうことか、を頭の片隅でずっと考えていた。

昔から思っているのだが、ミステリー作家ほど人間を見る目が優しい気がする。人をあやめたり、陥れたり、物語のなかではそんなのが当たり前なのに。

彼らはとにかく人間という存在をよく見ていて、人間の愚かさや情けないところ、どうしようもないところをよく知っている。だからこそ、人が人を騙す動機が生まれ、それを隠そうとする人間の心理が描けるのではないかと思う。

そして、そんなどうしようもない人間にも救いがあることを、彼らはわかっているように感じるのだ。人を信じている、といえばいいのか、諦めていない、といえばいいのか、うまく言葉が見つからないのだけれど。

陳腐な言い回しになってしまうが、人をゆるすことは、ゆるさないことの何倍も難しいと思う。

相手を受け入れ、自分を差し出して、妥協して、葛藤して、とかそんなこんなをぜんぶ乗り越えて、ようやくゴクリと飲み込める瞬間があるのだとすれば、ゆるすという行為は燃費が悪すぎる。ゆるさないでいるほうがずっとずっと楽で、コスパがいい。

けれど、そのゴクリの先に得るものがあったとしたら、それが希望とよべるものであったとしたら。ものすごく救われる。

もしかしたら、そんなことまで意識して書いてはいないのかもしれない。けれども、「神様の罠」で私が受けとったのは、人の愚かさや怖さだけではなく、その先にある、救いを感じるメッセージだった。

オレンジ色のカバーに包まれた「神様の罠」を本棚に納めると、薄暗い部屋のなかでそこだけぼんやり光っているように見えた。

初めて選んだオレンジ色のブックカバー。普段は選ばない短編集。予期せぬ出会いが連れてきてくれた、温もりを感じる一冊。

なぜ自分がとっさにオレンジのブックカバーを選んだのか、理由はわからない。けれど、こういう勘みたいなものには素直に従うようにしていて、今回も従ってよかったなあと思った。 

この先に自分が選ぶ色、連れてくる本。

だから読書はやめられない。
















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?