ヴィシー留学記 3日目前編(2017.02.20)
長い夜が明けた。それでもフランスの朝はなかなか明るくならない。
初日は8時に集合だったので、7時半には家を出た。町に鮮やかな朝日が差し込んでいた。
日本ならば通勤ラッシュの時間だが、この町で起きている人はほとんどいない。静かで、冷たい朝の空気が心地良かった。パン屋だけが朝から活動していた。
学校に着いてしばらくすると、今日からスタートの学生が集まってきた。驚いたことに、そのほとんどは日本の大学生だった。
その中に、どこかで見たことのある日本のマダムがいた。彼女は学校のスタッフと握手やハグをして、流暢なフランス語で話していた。
しばらくして、そのマダムが学生の同伴の先生だと気が付くと、その人が誰かを思い出すことができた。なんと、その先生は北星大学のフランス語の教授である高野先生だった。
1か月前に僕は仏検のコミュニケーションテストを受けたのだが、その試験官をしてくださったのが高野先生だった。僕はしばらくして、先生に話しかけた。先生も僕のことを覚えていてくださった。「北大の学生です」というと、高野先生も北大の先生を良くご存知で、僕らは共通の知人の話ですぐに仲良くなった。北星大学では短期留学で単位を取得できるプログラムがあり、その引率で来られたとおっしゃっていた。
学校ではまず全体の説明がなされ、クラス分けをするためのテストが行われた。テストは最初は簡単だったが、半分を過ぎると極端に難しくなり、まったくついていけなくなった。
僕が配属されたクラスには幸い日本人は一人もいなかった。一番多いのは韓国人で、あとはアラブ系(国籍はまだわからない)、ドイツ人、コロンビア人、中国人がいた。そして、驚くべきことにそこにはフランス人が数人いた。どうやら、近くにある大学と提携しており、そこの教育学部の学生が授業に研修に来ているらしい。
教室にはテーブルが4つあり、それぞれに3~4人ずつ座った。僕のテーブルには金髪でツーブロックのHanという中国人と髪と目が青いOrgaという韓国人が座った。Hanはスポーツと漫画が大好きな、ずっと笑ってばかりいる、猪八戒のような男だった。Hanのフランス語はなまりがきつく、簡単なことでもなかなか理解できなかったし、僕のフランス語もHanには聞き取りづらそうだった。Orgaは長身で髪の長い女の子で、その容姿はX-Menに出てきそうな感じだった。Orgaは本名ではないらしいが、「Orgaと呼んで」と言って笑っていた。彼女のフランス語はHanよりもわかりやすかったが、やはりKorean特有のなまりがあった。Orgaにコスメティックの会社で働いているというと、「Waaaao!! C'est magnifique!!!!(It is Wonderful)」と興奮していた。
クラスでは他の学生もとても積極的で、かなりのスピードでフランス語が話されていた。話の最中にもつっこみを入れて盛り上がるので、自分は言語の竜巻の中に放り込まれたようだった。なんとか飛ばされないように、マストにしがみつき、僕は授業についていった。
授業が終わると、クラスで中心的な存在に見えたCamiloというコロンビア人が僕に合図して「Sandwitch?」と言った。僕は「ウィ!メルシィ!」と言って、戸惑いながらも彼に連れられて学校の隣にあるパン屋に行った。
ランチには一緒にCamiloの友人であるイタリア人とスイス人、それにHanも加わった。僕はCamiloに「おススメは?」と聞いたら、「チキンサンドウィッチ」と教えてくれたが、見ると一つしか残っていない。「チキンは俺のだから、別のを選べ」と言われ、僕はハムサンドウィッチを選んだ。
Camiloたちはみな20歳前後の若者で、彼らは若者が万国共通にするバカ騒ぎをしながら、パンくずをぼろぼろと落とし、サンドウィッチをほうばっていた。彼らはコーラを飲んでいたが、僕はエスプレッソを飲んでいた。僕が32歳だと言うと、驚いていた。
彼らのフランス語はとても流暢だったが、よく聞いてみると文法的には滅茶苦茶だった。動詞の活用も、冠詞も、代名詞もおそまつなものだった。しかし、それでもコミュニケーションは成り立っていた。
僕は彼らとうまくやっていこうと思った。
(後編に続く)