マーダーミステリーにおける情報のゲームデザイン

この記事について

 この記事は「Board Game Design Advent Calendar 2022」(https://adventar.org/calendars/7986)の8日目の記事として製作されました。

「マーダーミステリー」というアナログゲームジャンルにおける、「情報」のゲームデザインについて、ゲームデザイナー向けに書かれたものです。特定の作品のネタバレには触れないようにしていますので安心してお読みください。

 2020年の「Board Game Design Advent Calendar 2020」では、「マーダーミステリーのゲームデザイン」(https://note.com/macogame/n/n6f80c0de75cb)と題し、「マーダーミステリーとは何か」「ゲームデザインとは何か」といった基礎的な内容を説明しています。未読の方はまずそちらの記事から読むことをおすすめします。

 私、中村誠は、1990年くらいから活動しているゲームデザイナーです。約30年にわたって、家庭用ゲーム機、トレーディングカードゲーム、ボードゲームなど、様々な商業ゲームのゲームデザインをしており、2年前よりマーダーミステリーを作っています。
 今年(2022年)は「キミと談りたい」と「京都異世界ツアー」(マーダーミステリーミニ版)の2作品を発表しました。2作ともゲーム中にプレイヤーに与えられる「情報」が量的に多く、前者は大量の情報をどう配置するか、後者は情報の調整でどうゲームバランスを取るかで苦心しました。その中で感じた、「情報をどうゲームデザインするか」について語りたいと思います。

マーダーミステリーの「情報」とは

 この記事での「情報」とは、マーダーミステリーのゲーム中にプレイヤーにあたえられる情報を指します。みなさんが一番ピンとくるのは、ゲーム中にコストを支払って入手する、「手がかりカード」や「証拠カード」などと呼ばれるカードでしょう。ですが、情報はカードの形だけではありません。

・オープニング
・キャラクターシート(設定書、ハンドアウト)
・追加のキャラクターシート
・進行にあわせて起きるイベント
・カード(手がかりカード、証拠カード)
・条件を満たすと得られるカード
・特殊なルール
・プレイヤーの行動
・リアル知識

このように様々な形で情報はあたえられます。

●オープニング
 
ゲームの開始時のオープニングストーリーや、全員のキャラクターシートに共通して書かれている基礎となる情報です。オープニングストーリーは雰囲気作りとしても大事ですが、実は情報共有としても有効です。なぜなら、多くの場合、ゲームマスターや進行役が音読し、プレイヤー全員がそれを聞くからです。外してはならない重要な情報、全員が共有すべき情報はオープニングに入れるとよいでしょう。トリックを解くための重大な伏線がオープニングにさりげなく入ってたりするとシビれますね。

●キャラクターシート
 キャラクターシートに書かれた情報は、プレイヤーがゲーム中に一番多く参照するゲームの要です。また、プレイヤーが一番最初に時間をかけて読むのはキャラクターシートですので、ゲームの開始点でもあります。さらに、「キャラクターシートの内容を他のプレイヤーに直接見せてはならない」というルールがあるため、一番秘匿性が高い「入れ物」と言えます。
 一方、ゲームを左右する肝心な情報は後でわかるよう、キャラクターシートの情報は控えめにする傾向もあります。キャラクターシートの情報と、後入手する情報のバランスをどうとるかがゲームデザインの大きな肝になります。

●追加のキャラクターシート
 
ゲームの途中で、追加のキャラクターシートが配られるマーダーミステリーも珍しくなくなってきました。ゲーム内でキャラクターたちが置かれている状況が大きく変わり、そこで追加のキャラクターシートが配られ、新しい情報が手に入るのは刺激的で、おもしろいものです。
 ゲームデザイン的には、追加のキャラクターシートが配られる前と後では情報のパラダイムシフトが置きます。逆に言えば、配布前と配布後で明確なコンセプトの違いを持てないなら、パラダイムシフトは起こらず、せっかくの追加のキャラクターシートというギミックも不発になってしまいます。より高度なゲームデザインが要求されるでしょう。

●進行にあわせて起きるイベント
 
あらかじめ決められたタイミング(たとえば第1議論と第2議論の間など)で発生するイベントです。たとえば、検死の結果が報告されるとか、行方不明の容疑者が死体で発見されたのようなイベントが発生します。これはオープニングストーリーと同様に、ゲームマスターや進行役が読み上げますので、プレイヤー全員に確実に共有されます。追加のキャラクターシートと組み合わせて使うのもよいでしょう。

●カード(手がかりカード、証拠カード)
 
おまちかね、みんなが大好きなカードです。ただし、マーダーミステリーのカードはおもしろさと不確実性の諸刃の剣。様々な悲喜こもごもが起きるのがゲーム的とも言えますが、「悲」が「喜」を大きく上回っては満足度が下がってしまいます。そこをうまくコントロールするのがゲームデザインと言えます。

●条件を満たすと得られるカード
 
通常のカードがコストを払って入手できるのに対し、条件を満たせば入手できるカードです。2つのカードを組み合わせたり、カードとキャラクターの特殊能力などを組み合わせるなどの条件が必要です。

●特殊なルール
 
決められたタイミングで特殊なルールに則って得られる情報です。
 たとえば、

・一斉に投票して、票が1票でも入った人は情報公開をする
・自分の秘密を1つ公開することで特別な情報を1つ得る
・全員で相談して非公開のカード1枚を公開させる

のようなもので、専用のフェイズが用意されていることが多いです。特殊なルールは、そのマーダーミステリーのシステムを特徴づけるギミックになります。

●プレイヤーの行動
 
プレイヤーの行動は、他のプレイヤーにとっては重要な情報になります。
 たとえば、

・あるプレイヤーがどのカードを取ったのか
・どのプレイヤーとどのプレイヤーが密談していたのか
・推理発表で誰があやしいと主張したか
・キャラクターシートを読んでどんな表情をしたのか

などの行動は、推理の材料になる可能性があります。
 このような(キャラクター視点ではなく)「プレイヤー視点」の情報は、メタ情報として嫌われる場合もありますが、情報として扱われるのは否定できません。製作者としては、このような情報を考慮してゲームデザインする、あるいはメタ情報が発生するのが嫌なら発生しないようにゲームデザインする必要があるでしょう。

●リアル知識
 
プレイヤー自身の知識をゲーム中のキャラクターの知識として利用してよいかの問題はマーダーミステリーではしばしば発生するやっかいな問題です。たとえば、「この人物は注射薬『エピペン』を持っているからなにかのアレルギーを持っているだろう」という推理は、プレイヤー自身が「『エピペン』がアナフィラキシーショックを緩和する治療薬である」という知識を持っていなければできません。
 このようなリアル知識に基づく情報を「常識だから当然知っている」「プレイヤー自身の知識だから使えない」と議論するのは不毛です。プレイヤー自身の知識を使っても大丈夫なように、プレイヤーが知らない場合に備えて補足情報を用意できるように作ることが大切です。


 このように、マーダーミステリーには様々な情報が用意されています。ボードゲームで様々なカードや資源カウンターを扱うように、マーダーミステリーでは多くの種類の情報を扱っていきます。

情報とゲームデザイン

 マーダーミステリーにおける情報をどう用意し、どう配置し、どう運用するかは重要なゲームデザインです。しかし、ピンとこない人も多いでしょう。ほとんどの情報には数値も具体的なゲーム効果もなく、「ゲームデザイン」から連想される「ゲームゲームした感じ」はありません。
 ここでよい例があります。しばしばマーダーミステリーの引き合いに出される「ハグル」(*1)です。

*1 ハグル
ボードゲームの有名ゲームデザイナー、シド・サクソンが考案したパーティゲームです。箱に入ったボードゲームの形で売られているわけではなく、著書「A Gamut of Games」(1969年)にルールが記されています。

https://en.wikipedia.org/wiki/Haggle_(game)

 ハグルの得点のルールは、ゲーム開始時には全員に明かされません。

「赤いカードは1枚2点」
「赤いカードを6枚以上持っていれば、ー10点」
「青いカードを1枚以上持っていれば、赤いカードの枚数を2倍に数える」

のように得点ルールは細切れの情報カードにされ、プレイヤーに配られます。ルールの全体を知るにはこの情報カードを他のプレイヤーと交換して、ルールの全体をつかみ、自分の得点が高くなるようにカードを集めなければなりません。
 どうです? 「事件」という大きな真相が細切れの情報になり、プレイヤーにばらまかれるマーダーミステリーによく似ていませんか? ハグルではこの情報が固定で決まっているわけではありません。ゲーム会の主催者などが情報カードを自作し、プレイヤーに配ります。ある1枚のカードの情報を知っているかどうかで点数は大きく変わりますし、ゲームとしてのおもしろさも変わります。
 ハグルでは、もともとの得点ルール全体のおもしろさも大事ですが、

1.ルール全体をどう分割するか
2.分割したルールをどうプレイヤーに配分するか

がおもしろさを左右します。さらに言えば、ルールが分割されるということは、個々のプレイヤー視点では「知っているルール」と「知らないルール」が存在することになり、「知っているからこそ有利になるルール」「知らないと不利になるルール」がおもしろさを作ります。

3.おもしろい情報格差をどう作るか

も大事でしょう。この3つがおもしろさを作ること、すなわちゲームデザインになるのです。
 ハグルにおける情報のゲームデザインは、マーダーミステリーでも同様に機能します(特に、得点のルールがある作品では)。マーダーミステリーにはゲームデザインすべき部分がいくつもありますが、情報のとりあつかいはその中でも大きな部分を占めると言えるでしょう。

情報の取り扱いスタイル

 事件の真相を作り、真相につながるヒントを漫然と列挙してカードにし、それを各プレイヤーにランダムに配る、このような方法でもマーダーミステリーは作れます。真相によっては十分おもしろいものができるでしょう。
 しかし、情報をどう作り、どう分割し、どう分配するか、情報のスタイルを意識して作れば、より「ゲーム」を意識したマーダーミステリーが作れる可能性があります(それが楽かどうかはわかりませんが)。
 私の場合、最初にどのような情報の取り扱いスタイルにするかある程度決めて作り始めます。

●難易度
 まずは「難易度」をあげましたが、難易度は様々な要因で決定されます。

・全体の情報量が多い
・真相がわかるための導線、ヒントが少ない
・真相(トリックや人間関係)が難解
・事件の真相につながる手がかり以外へのノイズが多い
・情報を入手するために何段階かの手順が必要
・正確な情報が少ない(全員がウソをつきまくっている)
・情報共有がうまくいかない
・そもそも作品としてのロジックが破綻している

このような要素が難易度を左右します。ゲームデザインの際には漠然と「難しい」「易しい」を意識するのもよいですが、もう1歩進んで「どうやって難しくするのか」「どうすれば簡単になるのか」を考えるとよいでしょう。

●全体の情報量
 情報の全体量で、キャラクターシートなら文字数が多いほど、カードなら枚数が多いほど情報量が多くなります。
 情報量はマーダーミステリーの難易度とプレイ時間を左右します。議論には制限時間がありますが、情報量が多いとプレイヤー同士の情報共有に時間がかかり、情報をつきあわせて推理するのも一苦労です。逆に情報量が少ないと事件は単純になりがちで、簡単に真相がわかってしまいます。
 どのくらいの情報量がよいかに明確な答えはありませんが、想定するプレイ感やターゲット層に適した情報量にする必要があります。テストプレイで調整するのが一番よいと思いますが、情報量を増やすよりは、減らしてシェイプアップするほうが質の向上につながりやすいです。

●ヒントの量
 手がかりとヒントは明確に区別すべきです。端的に言えば、

 手がかり 真実にたどりつくために元となる情報
 ヒント  手がかりから真実にたどりつく手法

ということです。もっとわかりやすく言えば、手がかりはそれがなければ答えを得られないもの、ヒントはそれがなくてもプレイヤーの頭脳でなんとかなるものです。

●解像度
 
情報の描写の細かさです。たとえば、あるキャラクターが「手紙」を持っていたとして、

・手紙
・手紙。差し出し人は書かれていない。
・手紙。差し出し人は書かれていないが、熱い恋心が書かれている。
・手紙。(実際に熱い恋心が書かれた文面)

では下にいくほど解像度が高くなります(大抵の場合は情報量も多くなります)。抽象的か具体的かと言い換えてもよいでしょう。
 解像度が低いと一見わかりにくく感じるかもしれませんが、情報量が少ない分、把握しやすくなります。解像度が高いと情報に漏れがなく、没入感も上がりますが、ノイズとなる情報も多くなり、大切な情報を見落とす可能性も上がります。
 解像度が低い情報と高い情報の両方を入れ、メリハリをつけるのもよい方法でしょう。

●直接的か間接的か
 解像度とかなり重なりますが、情報が直接的か間接的かも重要です。
 たとえば、「ハサミ」のカードの説明で、

A.犯人は左利きのようだ
B.凶器のハサミは刃のあわせが逆の特別なものだ

の2つだと、Aは直接的で、BはAに比べ間接的です。Bから1段階プレイヤーが推理をはさむことでAの情報になります。Aのほうがよりわかりやすいですが、Bのように1段階推理を挟むほうがおもしろい場合もあるでしょう。

●分割度
 分割度が高いと1つの事象がより多くの情報に分割されます。つまり、分割度が高いと複数の情報を組み合わせなければ元の事象にたどりつきません。バラバラになったパズルのピースをつなぎあわせて事件の真相をみつけるのは楽しい作業ではありますが、情報がそろわない(だれかが隠匿してしまう可能性もあるのです)ことや、うまくつなぎあわせられないこともあります。誰もがパズルピースを組み合わせる作業を好むわけではないので、想定するターゲットにあわせた調整が必要です。

●ランダム性
 情報を得るのにどのくらい運の要素が入るかです。
 たとえばランダム性が高い場合、カードの裏面はすべて共通で、神経衰弱のようにどれか1枚を取ることになります。それよりもランダム性が低いなら「死体の様子」「容疑者Aの部屋」「容疑者Bの部屋」「容疑者Cの部屋」などと複数の山札にわかれます。その山札のカードの順番が決まっていて上から取っていくのならランダム性はさらに1段階低くなります。もっと極端にランダム性を排除し、キャラクターごとに得られるカードを決めてしまうこともできます。
 ランダム性が高いと思わぬ面白い状況が起きたり悲喜こもごものドラマが起きることがあります。ランダム性が低いと(ランダム性を排除すると)、より製作者が想定する筋書きに持っていくことが可能です。
 マーダーミステリーは「ゲーム」ですのでランダム性も大切にしたいところですが、おもしろくなる可能性があるということは、つまらない可能性もあるということです(重要な証拠品のカードを、「たまたま」犯人役のプレイヤーがすべて引いてしまうなど)。通常のボードゲームやカードゲームならそういう事故も笑って流してもう一度プレイすればよいのですが、マーダーミステリーは再度プレイするわけにもいけません。ランダム性よりより確実な展開のほうが適切な場合もあるでしょう。

●ノイズの多さ
 現実社会で言えば、情報はすべて真実とはかぎりません。よしんば真実だとしても、実は関係ない情報だったり役に立たない情報だったりします。ボードゲーム「Qシャーロック」シリーズ(*2)では、事件に関係のある情報と関係のない情報が混在しており、それを取捨選択するのが特徴的なゲームになっています。
 ノイズとなる情報が多ければ、それだけ真実に近づくのが難しくなります。時間制限がありますので、確実な情報だけで密度の濃い議論をしたいという人も多いでしょう。しかし、すべての情報が事件に確実に関係しているとなると、犯人役のプレイヤーはかなり不利になりますし、犯人役以外の人が疑われた場合も言い訳や弁解が難しくなります。
 私個人の考えとしては、事件とまったく関係のない情報は無駄な議論になることもあり納得感の面でマイナスなのと、せっかく入手したカードに「ハズレ感」があるとテンションがさがりますので、何らかの意味を持たせたいところです。事件とは関係ない情報でも、「これはミスディレクション(*3)のため」「これはレッドヘリング(*4)」など、なんらかのゲームデザイン的な意味を意図的に持たせたいところです。

*2 Qシャーロックシリーズ
スペインのメーカーGDMゲームズから発売された協力型推理ゲームで、2019年ドイツ年間ゲーム大賞推薦作。事件の手がかりとなるカードを山札から引き、事件には関係していると思われるカードは全員に公開し、関係ないと思われるカードは捨て札にしていきます。推理の前に情報の取捨選択です。日本語版はグループSNEより発売。

http://www.groupsne.co.jp/products/bg/Qsherlock/index.html

*3 ミスディレクション
プレイヤーを真実とは異なる推理に誘導すること。マーダーミステリーの場合、犯人役のプレイヤーのためにミスディレクションとなる「まちがった真実」もあるとよいでしょう。本来なら犯人役のプレイヤーが自分で考えるべきかもしれませんが、ゲームデザイナーも犯人役がのっかれる「まちがった真実」を用意しておくとよいと思います。まあ、そんなことをしなくても推理が間違った方向に展開するのもよくあることですが。

*4 レッドヘリング
ミスディレクションの一種ですが、私は無実のキャラクターを犯人であるかのように見せかける手法を特に「レッドヘリング」と読んでいます。いかにも犯人っぽい人が「オレはやってない! 犯人にハメられた!」と叫ぶアレです。もっとも、ハメたのは犯人ではなくゲームデザイナーなのですが。

●ゲーム進行に合わせた情報
 すべてのカードがシャッフルして山札に置かれ、どの情報もゲームの序盤に出る可能性があれば、ゲーム進行と情報は関係ないと言えます。
 しかし、多くの推理小説や推理ドラマでは序盤で出てくる手がかりは重要ではないミスリードやレッドヘリングであることが多く、中盤、終盤にになるにつれ、事件の真相にせまる情報が出てきます(だからこそ、序盤に出てきた一見事件に関係なさそうな情報が、終盤で重要な意味を持つという展開はシビれるのですが)。
 このように、ゲームの序盤、中盤、終盤で出す情報を調整するかどうかはゲームデザインする上で大きな選択になります。方法はわりと簡単で、フェイズによって調査できるカードの山札を変えたり(第1調査フェイズの山、第2調査フェイズの山、など)、山札のカードの順番を固定にしたり、決められたタイミングで追加のキャラクターシートやカードを出します。
 ゲームの進行にあわせて情報を出せば、よりゲームデザイナーの想定する展開が実現し、ドラマチックな展開になるでしょう。ただ、そんな予定調和の展開より、ランダムのほうがよりドラマチックだと考えるゲームデザイナーもいるでしょう。

●共有/個別
 ある情報がすべてのプレイヤーにあたえられるか、限られたプレイヤーだけに与えられるかはマーダーミステリーの根本となる要素です。ある情報が共有情報なのか、個別情報なのかは明確に区別してゲームデザインされるべきです。極端な例を出すと「死体の頭部には殴打された跡がある」という情報があるとして、

 A.共有情報「死体には殴打した跡がある」
 B.個別情報「死体には殴打した跡がある」を全キャラクターが持つ

とは明確に異なります。Aは「全員がその情報を持っている」という情報を全員が知っていますが、Bは「全員がその情報を持っている」という情報は情報を公開して突き合わせなければわかりません。
 これを利用すれば「一見共有情報だけど、実は個別情報」というゲームデザインも可能です。たとえば、キャラクターシートに屋敷の間取り図が載っていれば当然共有情報だと思うでしょう。しかし、特定のキャラクターの間取り図にだけ、秘密の隠し部屋が描かれていたら? しかも「キャラクターシートを直接他のプレイヤーに見せることはできない」というルールでその秘密は守られるのです。アンフェア? 「共有情報」と書かなければよいのです。
 共有情報に対して、個別情報はキャラクターが守るべき秘密だったり、逆に犯人が誰かを暴くための武器だったり、他のキャラクターとの交渉材料になったりします。ボードゲームで言えば「資源」とも言えます。ただの情報にしておくのはもったいないです。

●公開/非公開
 上の「共有/個別」とも大きく関わります。得た情報が非公開のうちは個別情報ですが、それを共有情報にするのが「公開」というムーブと言えるでしょう。
 かつて、獲得したカードを公開するかどうかはプレイスタイルの部分が大きかったように思います。うそかまことか、東ではカードを公開するのが基本で(公開しないと怪しまれる理由になる)、西ではカードを公開しない(プレイヤーの自由)のが基本という噂もありました。
 現在ではカードの公開/非公開をルールで規定しているものが多くなったような気がします。たとえば

・カードの内容を直接見せてはならない。読み上げることはできる
・手持ちのカードのうち必ず1枚は非公開にしなければならない
・取得した2枚のうち1枚は公開し、1枚は非公開にする

のような感じです。基本的にはカードをまったく公開しないプレイができないように、それと同時にカードを公開しないプレイヤーを無駄な攻撃から守るように、バランスを取っているものと思われます。公開/非公開は重要なムーブなだけに、うまくゲームデザインに取り込んでいきたいところです。
 ちなみに、私がよく使うのは、1枚のカードの中に。

・読み上げて公開する情報
・自分だけが黙読する情報

の両方を書くという手法です。この手法だと、公開すべき情報は共有しやすく、隠すべき情報は隠せ(ウソもつける)、自由度が高いと思っています。

●情報の再生方法/記録方法
 多くの場合、情報は文字情報としてカードやキャラクターシートにかかれています。これをどのように再生するか、記録するかは実はゲームデザイン上重要で、気にかけるべきことです。

読み上げる:全員で正確に共有すべき公開情報です。
黙読する:情報の持ち主のみが得られる非公開情報です。
・直接見せてもよい:情報共有の相手を限定できます。見せた相手は記憶のみになるので若干不正確な情報になります。
・直接見せてはならない:「自分の言葉で説明する」ことになりますが、これは「ウソを捏造して説明する」と区別できなくする意味があります。
スマホで撮ってもよい:情報共有の相手を限定できます。見せた相手も正確な記録を参照できます。撮った画像を第三者に見せてよいかどうかも決めなければなりませんが、第三者にも見せてもよいとなると新たなゲーム性が作れそうです。
カードを取得する:これは情報の所有者が誰かわかりやすくする目的が大きいです。
カードを場にもどす:これは複数のプレイヤーに情報を得やすくする意図が大きいです。犯人特定への重要な手がかりなど、隠匿されると困るような情報に使うとよいでしょう。

●主観/主観
 情報がキャラクター視点なのか(主観)、それともどのキャラクターの立場でも大丈夫なように客観的視点なのかの区別です。これは単に一人称か三人称かの表現手法の問題にとどまりません。マーダーミステリーはキャラクターの視点によって見えている世界が異なります。情報が主観的なものなのか、客観的なものなのかは明確に区別する必要があります。
 キャラクターシートの個別情報は基本的にはそのキャラクターの主観的視点で書くとよいでしょう。あくまで主観的視点ですので、思い込みやまちがいがあっても許されます。なにより主観的に書くことで感情移入もしやすくなります。
 カードの記述は、多くの場合そのカードをどのキャラクターが取得するかわからないので、客観的な記述になりがちです。特定のキャラクターが取得したときに不自然な記述にならないように気をつけなければなりません。逆に、そのカードを取得できるキャラクターを固定にして、主観的な内容にするのも手法の1つです。

●密談あり/なし
 ゲームの議論中に密談(*5)があるかどうかで、情報のゲームデザインは大きく変わってきます。たとえば、ある情報を1人が手に入れたとき、密談がなければ自分だけで秘密をかかえるか、全体に公開して全員で共有するかのどちらかですが、密談があれば、任意のキャラクターのみで共有することができます。
 密談がある場合は、情報ごとに、

・その情報が誰が持っているかがエンディングで重要
・その情報に感じるキャラクター/無価値のキャラクター
・秘密は全員に知られてはならないが、特定の人には知ってほしい

などのゲームデザインを施すことができます。これはマーダーミステリーにゲームとしてのおもしろさを付与するのに大いに有効でしょう。
 ですが、密談がなくても別のおもしろさが出てきます。たとえば、他の人には知られないよう、あるキャラクターに自分が味方であることを伝えたい場合、密談ありなら簡単にそれを伝えられますが、密談なしなら全員の議論の中でこっそりそれを伝えなければなりません。
 密談ありとなしで、特性にあわせたゲームデザインが必要です。

*5 密談
 多くのマーダーミステリーでは、全体の議論中に他のプレイヤーをさそって2人だけで内緒話をすることができます(人数は3人以上でできるものもあります)。これが密談です。密談することで、他のプレイヤーには聞かれないように情報共有したり、カードの交換をしたりすることができます。逆に密談なく、全体議論しかないマーダーミステリーも少なくありません。

●カードあり/なし
 カードがあるかないかについては、ゲームデザインの問題というより、プレイ環境や製造面の問題が大きいです。カードがあるほうが多数派で様々な可能性を持っていますが、カードがなければ手軽に遊べますし(オンラインでも通話アプリのみで遊べます)、カードがない分製造コストを大幅に下げることができます。
 様々な事情でカードを使えない場合でも、そう悲観することはありません。カードのランダム性は魅力でもありますが弊害もあります。キャラクターシートに各フェイズごとに他のプレイヤーに公開すべき情報を順番書いておけば、情報をゲームデザイナーの意図通りにコントロールすることもできます。

ウソあり/なし
 かつては「犯人以外はウソをついてはならない」というマーダーミステリーも少なくありませんでしたが、現在ではほとんど見かけません。犯人以外はウソをつけないと様々な齟齬やバグが発生するのも問題ですが、何よりウソをつくのはおもしろいので、それを犯人だけの権利にするのはもったいないためでしょう。
 犯人をふくめプレイヤー全員がウソをつけるのが標準になった今、ウソを積極的にゲームデザインに取り入れるのもアリでしょう。犯人以外でもウソをつく必然性をつけたり、ウソを見破る/隠すことがおもしろいように情報を作ったり、ウソが本当になったり、ウソの可能性はまだまだあると思います。

情報のゲームデザイン

 情報のスタイルを意識することはゲームとしてのグランドデザインにあたりますが、個別の情報(特にカードなどの情報)を具体的にどのようにゲームデザインしていくのかを説明していきます。

 すでに説明したとおり、まずは大きな真実(誰が犯人でどうやって殺したかなど)があり、それを分割してわかりにくくしたものが個々の情報です。プレイヤーはそれを再度組み立て、真実を再構成するのが目的となります。どのように真実を分割するのか、分割しておもしろくなる真実をどう作るのかがゲームデザインとなります。

●情報の分割
 とにかく基本は情報の分割です。ジグゾーパズルのようにもともとの真実を分割してパズルピースにして配ります。
 一番わかりやすいのは、1つの出来事を5W1H、 いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、何を(What)、なぜ(Why)、どのように(How)に分割することです。
 また、事件の真相を文章にして、それを分割してみるのもおすすめです。分割したときに元の内容がわからないように、それでも単体の情報で見たときにインパクトが強くなるように分割するのがコツです。

●時系列の分割
 情報の分割の中でももっともマーダーミステリーと相性がよいのが時系列の分割です。よくプレイ中に「タイムライン(タイムスケジュール)を洗おう」と提案されるアレです。事件の前後で起きた出来事をバラバラに分割し、それぞれを情報にします。プレイ中はこれらの情報を集めて再構築し、もともとの事件の流れを解明することになります。
 それぞれの情報にタイムスタンプ(そのイベントが起きた時刻)が明確に示されていれば再構築は容易ですが、それがなければ様々な手がかりをもとに時間の前後を判断しなければなりません。このパズルに若干食傷気味のプレイヤーもいるかもしれませんが、有効な手法です。
 特に、殺人がいつ行われたかは重要な謎になることが多く、トリックを暴く重要な手がかりになることも少なくありません。最重要の情報として力を入れてゲームデザインすべきでしょう。

●「誰が」を伏せる
 情報の分割の中でもっとも手軽に謎が作れ、マーダーミステリー向けといえるのが、「誰が」を伏せて謎にすることです。マーダーミステリー向きというのは、その出来事を行ったのが「誰か」は、やった本人はキャラクターシートの個別情報などで知っているためです。誰かが解答を持っている状態で情報を配ることは、情報交換のゲームではとても有効です。それが誰なのか、簡単には名乗り出ることができない秘密の事情を加えると、さらにおもしろくなるでしょう。

●情報の組み合わせによるアハ体験
 単に情報を分割し、その情報を元にもどすだけでもおもしろいのですが、さらにおもしろくなる方法があります。それは、複数の情報を組み合わせることでまったく別の情報に気がつくことです。いわゆる「アハ体験(*6)」です。

*6 アハ体験
 かつてアルキメデスがお風呂でアルキメデスの原理を発見したとき「エウレカ!」と叫んだように、ある状況を突然ひらめきで認識し「わかったぞ!」となるのがアハ体験です。謎解きゲームや脱出ゲームで問題が解ける瞬間の気持ちよさをあわらすときによく使われます。

 マーダーミステリーで、情報を組み合わせて新たな真実にいきつくのは、とても価値のあるアハ体験です。それは「凶器はハサミだ」「ハサミは左利き用」の情報から「犯人は左利きだ」となるような単純な情報の分割では得られません。もっと関連しなさそうな情報どうしを組み合わせ、普通ではひらめかないような推理で導かなければなりません。
 残念ながら、著者の能力ではアハ体験を理屈で作る方法を説明できません。思いついたらそのアイデアを大事に育ててください。

●情報のリレー
 アハ体験よりもっと簡単に、理屈で作れるのが情報のリレーです。これは、Aという情報を手に入れたらBという情報が手に入り、Bという情報が手に入ればCという情報が手に入るというように、情報をリレー方式で段階的に入手し、真実に近づくという手法です。
 これは特に条件づけをせずにそういう情報構造に、するだけでも構いませんし、もっとシステマチックに、

 1.情報Aを入手するとフラグBが立つ
 2.フラグBがあると、山札Bからカードが引ける
 3.山札Bの中には情報Bがある
 4.情報Bを入手するとフラグCが立つ
 2.フラグCがあると、山札Cからカードが引ける
 3.山札Cの中には情報Cがある

のようにリレーさせる手法もあります。

●視点による齟齬
 マーダーミステリーは群集劇でかつ主観的なおもしろさです。これを活かすのが視点による情報の齟齬です。ある1つの真実もキャラクターの視点を変えれば別の事実として認識され、齟齬が起きる可能性があります。キャラクター視点による情報の食い違いは「ん?」となる魅力的なフックになりますし、議論もすすむでしょう。

●キャラクターの誤解
 上の「視点による齟齬」に似ていますが、キャラクター視点による誤解、錯誤も情報をおもしろくします。情報はあくまでキャラクター視点ですので、誤解や錯誤があってもおかしくありません。それが誤解であるという情報が別にあればよいのです。

●クロに近づく情報
 情報のうち、特に扱いを慎重にすべきなのが、ある特定の人物が犯人だと証拠付ける情報です。そのような情報は、誰が犯人かを推理する上で直接的は判断材料にはなりますが、それだけで犯人と特定できてしまうとおもしろくなくなってしまいます。あくまで「疑惑を深める」情報であり、「犯人と特定する」情報にならないようにしなければなりません。「疑惑を深める」情報がたとえ10個出てきたとしても、限りなくクロに近づくだけでクロ確定ではないのです。
 同じ理屈で、真犯人以外のキャラクターの「疑惑を深める」情報は積極的に入れるべきです。ある一人のキャラクターのみ疑惑が深まってもおもしろくありません。すべての登場人物があやしくなるのが理想だとする人も多いでしょう。

●シロの証明
 「疑惑を深める」情報の逆の存在が、シロの証明、つまり犯人ではありえないことの証明です。特にアリバイ証明などはそれにあたります。こちらも「クロに近づく」情報と同様に、シロ確定にならないように注意するにこしたことはありません。特にキャラクターの人数が少ないときには、あまりシロ確定を出して容疑者を絞らないようにしたほうがよいです。最低でも、最終的に2人は容疑者として残るのが理想です。

●他の手がかりの否定
 情報の中で重要なものが、他の証拠、他の手がかりを否定する情報です。たとえば、犯行時間が0時だと思っていたら別の時間だったとか、犯行現場が死体がある現場とは別の場所だ、のようなものです。
 このような情報は推理をいちどリセットしなければならず、おもしろさにつながることがあります。そのためには、一度まちがった推理をさせなければならないので、ゲームの中盤や終盤に情報を出せねばなりません。情報を出すタイミングをゲーム進行にあわせることができるのならおもしろいでしょう。

●選択肢の提示
 たとえば、「血痕のあるナイフ」という証拠カードがあれば凶器はナイフであると多くの人が思うでしょう。でも「血痕のあるナイフ」だけでなく、「血が滲みたロープ」や「血痕がついた灰皿」のカードもあったとしたら?
 これらは調査を混乱させる目的があるかもしれませんが、実は選択肢を列挙する目的もあります。どれが真実かはわかりませんが、凶器は「ナイフ」か「ロープ」か「灰皿」の3つのうちどれかで、その3つのうちのどれが正解なのか当てることが、真相にせまることになるのでしょう。
 このように、情報として、真実への選択肢を列挙して提示することは、ゲームをわかりやすくします。

●特殊設定の法則
 マーダーミステリーによっては、背景設定として特別なルールが存在することがあります。たとえば、

・ある一定の法則で人が死ぬデスゲーム
・ある一定のアルゴリズムで動くロボットによる殺人
・ある一定の条件で発動する特殊能力
・ファンタジー世界における魔法

これらの特別な設定下でおこなわれた事件は、推理小説だと「特殊設定ミステリ」などと呼ばれます。重要なのは、魔法など特殊設定があったとしても「なんでもアリ」ではなく、それ独自のオリジナルの法則が働いており、その法則を理解すればロジカルに推理ができるということです。
 このような特殊設定下で推理を成立させるには、そのオリジナルの法則をプレイヤーに伝えなけれななりません。初期情報として共有するもよし、徐々に情報を出して法則が次第にわかっていくのもよしですが、最終的には法則の全容がわかるようにしないと納得感が得られなくなってしまいます。

●動機
 マーダーミステリーでは、しばしば「動機は証拠にならない」と言われます。確かに動機で犯人を特定するのは難しく「確かに殺したいとは思ったが殺してはいない」と言われてしまえばおしまいです。
 ですが、確たる動機がなければ真相がわかったときの納得感はさがってしまいます。「ただ殺してみたかっただけ」のようなサイコキラーがマーダーミステリーには向いていないのはそのためです。推理には直接使えなくても、伏線として動機に関する情報は入れたほうがよいでしょう。

●ヒント
 ヒントは難易度の調整として使うとよいでしょう。もともとの難易度が高くても、ヒントとなる情報が多ければ難易度は下がります。ヒントが多すぎても興ざめになることがあるので(自称名探偵「ヒントなんてなくてもわかったのに!」)、うまく調整する必要があります。テストプレイの結果で調整するとよいでしょう。

●チェーホフの銃
 カードの中に「銃」があるけども、実はこの銃は誰の持ち物でもないし、事件にも関係ていないし、エンディングでも使われていない。このような「意味のない」情報を入れるべきかどうか。
 この問題は、チェーホフの銃(*7)として知られています。

*7 チェーホフの銃
 ロシアの劇作家アントン・チェーホフの言葉「発砲しようとする者がいないならば、弾が入った銃ライフルを舞台上に置いてはならない」に由来する作劇上のルールです。逆に言えば、物語上に出すものすべては何らかの意味を持って出さなければならない、ということですね。

 これについては、「無関係の情報を入れてはいけない」とは言いませんが、その情報を入れる余裕はあるでしょうか? カードの形を取るなら1枚10円くらいの印刷コストがかかります。議論時間が限られている中、無関係無意味の情報について何分も話すことになります。プレイヤー1人がゲーム中に得られるカードが3枚のとき、その中の1枚がそんなハズレのカードだったら満足度が下がらないでしょうか。何より、製作者側のゲームデザイナーはもっとたくさんのアイデアを入れたいはずです。
 ミスディレクションやレッドヘリングには、議論を混乱させたり、別の容疑者をしたてあげるというゲームデザイン的な意図がありますが、チェーコフの銃はそこにゲームデザイン的な意図は希薄です。チェーコフの銃はミスディレクションやレッドヘリングとは明確に区別すべきでしょう。

おわりに

 マーダーミステリーにおけるさまざまな情報の分類や、情報を出す上でのゲームデザインについて説明してきました。正直な話、これらの視点を持たなくてもおもしろいマーダーミステリーは作れます。また、ゲーム的な要素を意識せず、無意識に情報をうまく用意してしまうシナリオライターもいるでしょう。
 ただ、マーダーミステリーが「ゲーム」であることに真摯になろうとするのなら用意する情報がゲーム的にどんな位置づけなのか、どんな意味を持つのかを1つ1つ吟味することは無駄ではありません。特にテストプレイで「自分が思っていたのと違う」となったときには、各情報やその出し方について精査するのは有効です。情報の出し方1つで、あなたはその世界を操作できるのですから。

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