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コスモス◆たびことば


 何度も奈良へ出掛けたけれど、思い出すのは一人で自転車を走らせた日のことだ。
 日暮れ前の秋桜、秋風の香り、翌日の動けないほどの筋肉痛。

 
 宝塚市から奈良県の斑鳩へ、秋桜を見に行った。
 晴天の下、鮮やかな花弁の濃淡が風に波打っていた。
 
 時代の移ろいと人間の生、様々な色節、数多の悲喜を見守って来た土地。
 悠久の時を経た都は、汗だくで自転車を漕ぐ私をのんびりと待っていた。
 

 昔と変わらない景色に心惹かれるのは、なぜだろう。
 野原を彩る秋桜と、あの日見た里の風景を思い出す。
 畑仕事を一休み、畦道に腰掛けていた人影。
 家屋の軒先に繋がれた中型犬の、不思議に凛とした眼差し。
 お寺を巡りヘトヘトになって、情緒なくかき込んだおばんざい定食の美味しさ。
 明日の筋肉痛のことなど少しも考えず、私は全力で自転車を漕いだ。
 煩わしい現実から逃げようとして、実は何にも囚われていなかった、秋の一日のこと。




 

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