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小説|夏日影に消ゆる君 #1
海の見える町に引っ越してきた阪本詩音は、家主が教えてくれた秘密の場所で不思議な男に出会う。男は毎日同じ時間、同じ場所で海を眺めていた。
男は初めて会った詩音を愛おしそうに見つめている。
ある日、詩音は家主の孫・湊から夏休みの自由研究を見てほしいと頼まれ、引き受けることになった。しかし、湊と自由研究のテーマを決めていく中、あることに気付いてしまい……。
一話|次話
一、
チリーンチリーン。
軒に吊るされた南部風鈴が、夏の風を受けて澄んだ音色を響かせていた。
「おやおや、前の住人が置いていかれたかな? 邪魔なら外して処分してやってくださいな」
縁側に面した障子をすべて開け放つと、心地の良い南風が家の中を吹き抜ける。
「夏にぴったりのえい音色やないですか。このまま置いちょきます」
「そうですか。それより阪本くん、随分と荷物が少ないんだねぇ」
居間に運ばれたダンボールはたったの五箱。ワンルームからの引っ越しとはいえ、物で溢れた都会からたったこれだけの荷物でやってくる若者はあまり見たことがない。
「だいぶ処分してきましたき。必要なもんはこっちで揃えていけばえいち思うて」
荷解きをしながら家主の男にそう答えると、阪本と呼ばれた青年は人好きのする笑顔を見せた。
「急ぎで何か必要になったら遠慮せず言ってください。うちは物が多くてねぇ」
家主の親切な申し出に礼を言うと、青年はダンボールの中からノートパソコンとタブレットを取り出した。
「普段はそれで仕事を?」
「ええ。ライティング──あぁ、文章を書くのは全部こっちで、こっちのタブレットは資料を集めたりするのに使うちょります」
青年の名は阪本詩音。少し前まで都内で会社員をしながらフリーライターをしていたのだが、副業であるライターの仕事が忙しくなり、会社を辞めてライターを本業として活動を始めたのを機に、この町へと引っ越してきた。
「いかにも現代っ子という感じですねぇ。しかし、どうしてまたこんな田舎に」
「こん仕事は基本在宅ながですけんど、都内のこんまい部屋で篭りゆうがは息が詰まってかなわんがです。海の見える町でゆっくり仕事に専念したいち思いよったときに、知り合いから大家さんの話を聞いて」
庭付きの一軒家、海まで徒歩五十秒の物件を所有している知人がいると聞き、家賃も聞かずに飛びついた。
「ここ、いいでしょう? 前の住人もたいそう気に入ってくれてねぇ。海も近いし、山も近い。そうだ、これは前に住んでた彼が見つけた秘密の場所なんだけど、彼が、次の住人が良い人なら是非教えてあげてほしいと言っていたんだ」
家主は家のすぐ裏手にある山の小さな入り口を指さした。
「あすこに小さな道が見えるでしょう? あすこを登っていくと、海と港が一望できる場所に出るんです。あの道はこの家からしか見えんので、滅多に人も来ない。山道なんでちとキツイが、阪本くんなら若いし問題ないでしょう。見てみるかい?」
「はい! 是非!」
詩音の嬉しそうな顔を見た家主は、うんうんと頷きながらゆっくりと歩き出した。細い道の左右は背の高い雑草が生い茂っていて、家主は「ここは近いうち簡単にですが手入れをするつもりです」と、飛び出した葉を手で避けながら奥へと進んだ。緩やかな山道は徐々に急勾配となってゆく。木の幹に手をかけ、木の根に足をかけ、何とか上り詰めると、やがて道は再びなだらかなものに変わり、今度は緩い下りの坂が続いた。
「こっちです」
家主はそう言うと、ススキの群れの中にできた抜け道のような細い道に消えていった。軽く上がった息を整えながら詩音は家主の背中を見失わぬようにと歩みを速めたが、ススキの道は思ったより長くはなく、あっという間に通り抜けた。
「おお! おおお!」
眼前に大きく広がった景色に、詩音は思わず感嘆の声を上げた。
どこまでも蒼い、青い、空と海。西の遠く離れた岬の麓には小さな港町が見える。東側には湾を挟んで岩の岬が突き出ていた。
「どうです、最高の眺めでしょう?」
「言葉にならん……綺麗じゃ……」
感動のあまり言葉を失っている詩音に、家主は満更でもなさそうな笑みを浮かべる。
「大家さん、ありがとうございます! こがあにえい場所教えてもろうて……。俺、こん町が大好きになりました!」
ジジッ、と、近くの木に止まっていた蝉が飛び立った。それを合図に周辺の木々で休んでいた蝉たちが一斉に鳴き始める。どこまでも蒼く澄み渡る空の下、そよぐ風が懐かしさを連れて吹き抜けた。
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夏日影に消ゆる君 #2
夏日影に消ゆる君 #3
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