幸福論のその先。 #第2夜
初めましてのみなさまも、おなじみのあなたもこんにちは、MAKIです。
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好きとか嫌いとかの次元じゃない世界が分からずに、自分以外の誰かの気持ちを100パーセント受け入れることはやっぱり出来なくて、ひとり落ち込む今日この頃です。
子どものころ、
「ふしぎなポケット」というタイトルの童謡が好きでした。みなさまご存じ、たたけばたたくほど中にあるビスケットが増えていくあの歌です。
わたしもポケットのなかに入ることができれば、誰かに求められることでたくさんのわたしになれるのに。
そんなことを考えていた幼少期。いま思い返しても正気の沙汰ではありません。
興味の向くまま、
いま、欲している感情に素直に生きていると、
例えば「家庭を顧みない」とか「破天荒」とか「無鉄砲」とかいわれる始末ですが
人生にはもっと楽しい何かが待っていて
いまもしあわせだけれど、もっともっとしあわせになりたいと思うのは強欲なのでしょうか。
それとも誰かが決めた「当たり前」を生きていない世界線にいるわたしが何もかも間違っているのでしょうか。
幸福論。
わたしがわたしでいても受け入れられる世界で、
愛を求めて、あなたに出逢えて、
しあわせを感じることができたのであれば、
もう命が絶えてもいいとさえ思うのです。
このしあわせは永遠ではないとどこかで知ってしまっていて、
続かないのなら刹那的に終わりにしたいと願うのはわたしが臆病だからなのか、
それとも悲劇のヒロイン気取りだからなのでしょうか。
つづく。(のかしら)
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