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私が研究者になったキッカケのマインドセット RE:CONNECT×Nue inc note企画第1弾

森・里・海のつながりを総合的に研究する「RE:CONNECT(リコネクト)」。日本財団と京都大学が共同で行うプロジェクトです。本プロジェクトのクリエイティブ部門を担当するコンサルティングファーム、Nue incからお題をいただき、研究者が記事を執筆する企画がはじまりました。第1弾は、「私が研究者になったキッカケ」というお題で、RE:CONNECT所属の研究者が自由に語ります。

ということで僕の研究者になったきっかけというかターニングポイントについて書いていこうと思う。僕は現在カエルの研究者をしているが、そのルーツを遡ると物心ついた頃から生き物が好きだったことが挙げられる。小学校の自由研究ではホウネンエビの飼育観察をしたり、近所の公園にいる虫を捕まえて調べてジオラマを作ったり、地区の虫を探して写真撮ってオリジナル図鑑を作ったりと、覚えているだけでも生き物を捕まえたり調べたりするのが好きな子供だった。

そういった意味では明確なキッカケというものはなく、中学高校で生き物から離れてバスケに打ち込んでいた以外は、大学選びであっても生き物の勉強ができるところという目的で京都大学を選んでいた。大学の先の大学院に関しても、理系であればそのまま進学することはそこまで珍しくもない。僕自身も周りの友人知人が普通に進学していたからそのまま進学したというところが大きい。

ここまでは多くの人が通る道だと思う。

その先の「研究者を職業にするのかどうか」について僕自身はとても悩んだ。なぜなら、研究職は稼げないのだ。みなさんは「博士100人の村」という動画をみたことがあるだろうか?博士100人がどのような進路をとっているかをおもしろく描いたものである。見たことがない人はこちらからみてほしい。

博士課程を終えて博士号を取得してもその先数年間はポスドクとして保障のない生活を強いられ、大学のポストにたどり着くのもごくわずか。一部の人は高学歴ワーキングプアとして路頭に迷う・・・

そんな現実を知ったうえで自分の現在地、すなわち研究者としての能力を客観的に評価した際、自分が生き残れる確率はどの程度あるのだろうかと考えるのである。お世辞にも優秀とは言えない自分の能力を考えた時に、このまま研究職を目指すのか?ということは非常に重要な決断だった。僕は学歴だけを見ればいわゆる高学歴だし、普通に企業に勤めたり独立したりしてお金をしっかり稼いで家族とたのしく暮らすというほうが人生として幸せかもなとも思ったのだ。

そのときの決断の結果として、いま研究者をやっている僕がいる。ではそのとき僕はどんなことを考えて決断したのか。1つ目は単純だが「人生一度きりなんだから好きなことをとことんやりたい」というものである。人生、死んだときに満足していればそれでよいと考えれば、自分自身が満足できる人生を選びたいなと。研究に挑戦するのも長い人生において有意義かもと思った。

2つ目は「いろんな研究者がいてもいい」というものだ。別に研究者には優秀な人しかなっちゃいけないという道理もない。回り道したからこそ得られる気づきや発想もある。自分にしかできない研究があるのだから、僕が研究者をやっても科学に貢献できると考えた。

3つ目は「研究者に挑戦できるなんて十分恵まれてないか?」というものだ。研究者をやるために博士課程に進学するわけだが、それには様々なことを犠牲にしなくてはならない。その中でも親の理解と援助がものすごく重要である。ある程度の学力を有していること(そのために親が手助けしてくれたこと)、30手前まで学生という身分であること、学費など仕送りしてもらえる環境、お金にならない夢を追いかける生き方。すべてを僕の親は文句も言わず理解してくれた(むしろ奨励してくれた)。親に理解してもらえないせいで研究者に挑戦したくてもできなかった同僚や後輩をたくさん見てきたので、「挑戦するか悩める今の時点で十分幸せじゃね?」と思ったのだ。そんなことを悩める立場にいれる時点で選ばれた存在なのだから、その利点を選ぶべきではないかと。せっかくこんなに恵まれていた僕がここでやめてしまったら、それはやっぱりもったいないよなと思ったのだ。

以上のことをもとに研究者を目指すことにした僕。もう辞めようかともおもった瞬間は何度となくあったが、幸運にも現在も研究者を続けられている。

そんな僕が今考えているのは「研究者にしがみつきすぎないようにしよう」というものだ。研究者にしがみつき、そこにしか人生がないと考えると不幸になるのは分かっていたので、あくまでやれるところまで研究者でいって、そっから先は他の仕事でもがんばればなんとかなるだろう、というように考えている。最近は特に、研究者はもっと自分で稼ぐという発想してもいいのではというように考えるようになった。大学に勤める、企業に勤めることがゴールでなく、新しい事業をしながら研究者を続けていくのもひとつの選択肢なのかなとも思っている。まだまだたくさん広がっている未来の選択の幅を狭めないように、あのころの挑戦の心を忘れないように、セオリーに縛られすぎないように、そしてなにより楽しく幸せに生きていきたい。

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