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「横丁」今昔


〈企業主導アーバニズム〉対〈創発的アーバニズム〉

最近読んだ慶應義塾大学理工学部准教授のホルヘ・アルマザン氏の『東京の創発的アーバニズム』という本が面白かった。

アルマザン氏は、2002年の都市再生特別措置法の制定を契機として加速した「東京を超高層ビルで覆い尽くす一連のプロセス」を「企業主導アーバニズム」と呼ぶ。「それらは基本的に高級コンドミニアムやオフィスの超高層タワーが、低層部のショッピングモールのような商業施設の上に載るという建築タイプで構成される。」が、それらの再開発プロジェクトは「小綺麗だが無機質」で「そこには偶発性や独自性のかけらもない」と氏は指摘する。

企業主導型アーバニズムでは、住宅、オフィス、ショッピング、エンターテインメントなどを組み合わせた建物を提供しているが、その多様性は表面的なものにすぎない。それらの施設は定評がある収益性の高いテナントしか受け入れないため、同じような高級ブランドや大手フランチャイズの店が多く、創造的な都市に必要な経済的多様性に欠けている。これらの再開発では、同じような富裕層だけをターゲットにし、歴史を通じて東京の特徴を形成してきた幅広い社会階層は排除されている。

前掲書p.212

こうした「企業主導アーバニズム」への「アンチテーゼ」としてアルマザン氏が注目するのが「創発的アーバニズム」だ。

東京の素晴らしさは、インクルーシブで適応力に富む多様な都市空間にある。それは、大小さまざまな形で、市民の日常のごく小さな活動の集積によって形成され、その独特なパターンやエコシステムは、行政主導のマスタープランや企業の利潤優先の開発の限界を超えて、独自の発展を遂げてきた。この発展を「創発的アーバニズム」と名付けた。
本書では、東京の魅力を形成する最も特徴的な5つの「創発的」都市パターンとして、横丁、雑居ビル、高架下建築、暗渠ストリート、低層密集地域を考察した。これらのパターンは、市民によってボトムアップに構築され、親密さ、レジリエンス、ダイナミズムを備えた東京の核を形成している。

三田評論ONLINE  執筆ノート

「企業主導アーバニズム」と「創発的アーバニズム」のそれぞれの特性についてはアルマザン氏が作成した比較表がわかりやすいので転載しておく。

東京のパラダイムの比較 前掲書p.215より転載

氏は東京の魅力を形成する最も特徴的な都市パターンとして、
・横丁
・雑居ビル
・高架下建築
・暗渠ストリート
・低層密集地域
の5つを挙げている。これらのパターンはいずれも、細分化された土地や建物に関わる地権者や店子、住人といった多数の関係者(その多くは個人や中小企業)間の相互作用によってボトムアップ的に形成されてきており、親密さ、レジリエンス、ダイナミズムを備えた東京の核を形成しているとする。そして氏は「そうした集団の相互作用が生み出す地域の特質やアイデンティティは自然に発生するもので、企業のブランディング戦略ではけっして生み出すことはできない。」とする。

横丁とは

さて、そのアルマザン氏が「創発的アーバニズム」の5つの類型の筆頭に挙げているのが「横丁」だ。「横丁」とは狭い路地や裏通りに小規模な飲食店がぎっしりと軒を連ねている場所であり、吉祥寺の「ハモニカ横丁」、新宿の「ゴールデン街」「思い出横丁」、渋谷の「のんべい横丁」などが有名である。横丁は終戦直後に各地に自然発生的にできた「闇市」を起源とする。

早稲田大学の橋本健二教授によれば、闇市は以下の3つの類型に分類されるそうだ。
・当寺の未位置がそのまま残っているもの…新宿「思い出横丁」、吉祥寺「ハモニカ横丁」など
・戦後の早い時期に移転させられて、変わりの場所が提供されたもの…新宿「ゴールデン街」など
・闇市の場所で建て替えられて飲食店街になったもの…新橋「第一ビル」など

さて、アルマザン氏によれば、横丁の特徴は小規模な飲食店の集合体であるということだ。店舗が小さいということは一人あるいは少人数で店の切り盛りができ、低家賃のため運営がしやすく店ごとの個性も出しやすい。そのため独立を志す若い飲食店経営者が出店しやすく、いわばイノベーションのインキュベーター的な役割を果たしている。そして、そうした小規模な店舗が多数集まることで競争と協調が生まれると同時に多様性が育まれる「創発的なコミュニティ」となり、そこには「集積の経済」が発揮されることになるという。

ネオ横丁

かつては都内に多数散在していた横丁だが、近年は老朽化の進行や再開発の波に追われて徐々にその姿を消しつつある。最近では立石の「呑んべ横丁」が再開発により取り壊されることとなった。

しかし一方で、横丁は「昭和レトロ」的なノスタルジーを感じさせるエリアとして人気が高まり、一種の「横丁ブーム」が起きているという。横丁は増加するインバウンド観光客にも人気だという。
そんな中、最近注目を集めているのがいわゆる「ネオ横丁」だ。ネオ横丁とは、ざっくり言うと「横丁」のイメージでつくられたフードコートのようなものだ。

このDIMEの記事によると、昔ながらの横丁が自然発生的にできたのに対し、ネオ横丁はデべロッパーによる「開発型」であること、また、昔ながらの横丁は古びた小さな個人店が連なる“おじさんのたまり場”というイメージが強いが、ネオ横丁はオシャレな空間と最先端のフードで若者が集うスタイルという違いがあるそうだ。ネオ横丁は高価格帯の名店がカジュアル業態で営業していたり、地方の名店が東京に進出するためのアンテナショップだったりと、価格帯は低めなのにクオリティが高くお得感が強いのも特徴なのだそうだ。

そんな「ネオ横丁」の中でも、特に再開発超高層ビル(まさに企業主導アーバニズムの権化!)に組み込まれた「ネオ横丁」を回ってきたので、その写真をご紹介。

歌舞伎横丁(東急歌舞伎町タワー)
渋谷横丁(MIYASHITA PARK)
虎ノ門横丁(虎ノ門ヒルズ)
よいまち(大手町パークビル)
ヤエスパブリック(東京ミッドタウン八重洲)

横丁というとなんとなく「狭い、汚い、危険」といったイメージが想起されがちだが(いやあくまで一般的なイメージですよ)、これらの写真で見るようにネオ横丁は真逆だ。照明は明るく、空調完備で清掃も行き届いており、もちろんトイレもきれい。多分会計も明朗だろうし、酔客が喧嘩したりすれば警備員が飛んでくるのだろう。まあ実態は商業施設のフードコートなんだから当然といえば当然だが、そこには従来型の横丁が醸し出していた「いかがわしさ」とか「ディープ」な雰囲気は完全に払拭されている。

昔ながらの横丁を愛する昭和世代のおじさん達からすれば「こんなのは横丁っていわねーんだよ」となるだろう。しかし、ノスタルジーに浸るのはおじさんの勝手だが、問題はいまの若い人たち・昔ながらの横丁になんの思い入れもない人たちの多くは、「ネオ横丁でべつにいいんじゃね?」と思っているであろうということだ。

テーマパーク化される「横丁」

企業主導アーバニズムは老朽化した横丁(や雑居ビルといった「創発的アーバニズム」的なもろもろ)を駆逐して近代的な(でも均質で無機質な)建物に置き換えていく。しかしその過程で、自分たちが駆逐した横丁の「イミテーション」をそれらの建物の内部に「再生産」しているのだ。これはなかなか興味深い。社会学の分野で言われる「テーマパーク化」とか「ディズニーランド化」とか「記号論的都市空間」とか呼ばれている現象の一種なのかもしれない(よう知らんけど)。

もちろん、再生されたネオ横丁には、昔ながらの横丁が持っていたような多様性はないし、創発性のカケラもない。でも、たぶん多くの人たちは、そんなことにはお構い無しで、企業に管理された「安全・安心・清潔・快適」な、イミテーションとしての横丁を喜んで「消費」するのだろう。そのこと自体をとやかく言うつもりはない。デベロッパーとしてはビル内商業施設の集客力向上のために、そうした顧客ニーズに対応して「ネオ横丁」という「フォーマット」を考案し、それを建物内に実装しているだけのことだからだ。

企業主導アーバニズムと創発的アーバニズム。アルマザン氏は「今のところ、東京ではこのふたつの相反するアーバニズムがなんとか共存している」としているが、「(管理された)安全・安心・清潔・快適」という利便性を提供する企業主導アーバニズムの前では、この勢力争いは明らかに創発的アーバニズムのほうが分が悪そうだ。

テーマパークはたしかに嘘に満ちている。しかし、そこにも、人々がテーマパークという嘘を欲しているという現実はある。

東浩紀(2019)『テーマパーク化する地球』p.33

【参考文献】

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