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「あの曲」

さっきまで 頭の中で鳴り響いていたピアノ
西部の埃っぽいサルーンの中で鳴り響く
乾いて陽気な ラグタイム・ピアノ
男が歌うのは 何だろう
景色はそうかもしれないが
19世紀末の西部とは違う
男の歌声は 耳になじんだ現代の声
といっても21世紀ではなく
20世紀末
耳になじんだ 1960-70年代のクラシック・ロック
ピアノを弾きながら歌うのは
レオン・ラッセルか
だみ声のトム・ウェイツか
それとも もうちょっとクリアな歌声
メロディアスな小男のソング・ライター
ポール・ウィリアムズか―
さっきまで 鮮やかに頭の中で
その音が響いていたのに 歌い手は誰 歌は何
ずっと ずっと思いを巡らせていた その歌
夕方には歌声も旋律も
頭の中に流れなくなった
周りはいつもの通勤電車 終点まであと2駅
がらんとした車内
向かいの座席 メガネをかけた50がらみの女が だらしなく舟を漕ぐ
あの旋律は きっとこの女の中で 奏でられているのかもしれん


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