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通勤費は払ってもらって当然?

前回のnoteでは、立替払いの精算を拒否された場合の対策について述べました。今回は、通勤手当移動交通費について解説したいと思います。

まず、通勤手当から。通勤手当とは、その字の通り、自宅・職場間の通勤にかかる金額が手当として会社から支給されるものです。都市部のケースで恐縮ですが、スイカやパスモでの定期乗車券の購入といった、鉄道・バスなど公共交通機関を利用した場合の自宅と職場間の最短経路の金額に対する手当です。手当ですから、給与の一部です。事前に支給される場合、そしてタイミングの関係で従業員が購入にかかる金額をいったん立替払いして、直近の給与支給といっしょに立替金額と同額の通勤手当が支給される場合の2パターンがあります。

ただし、通勤手当は、給与と言っても、残業代の算出に関係してくる給与の基礎額には含まれません(第20回note第44回note参照)。一方で、通勤手当は、厚生年金と健康保険の月々の支払額に関係してくる社会保険の標準報酬の対象となる報酬には含まれます(第44回note参照)。公共交通機関の通勤用定期乗車券の購入であれば、1ヶ月15万円までの通勤手当なら非課税となっています(国税庁HP参照)。

ここで、しっかりと認識する必要があるのは、通勤手当の支給は会社にとって法律上の義務ではないということです。会社の決まりに基づいて、通勤にかかる金額を全額支給するケース、新幹線通勤まで全額負担するケース、一部金額のみ支給するケース、支給金額の上限が決められているケース、一切支給されないケースなど会社によって様々です。通勤手当の支給の法的義務はないので、もし支給されるなら、その取り決めは雇用契約書、就業規則、給与規程などで定められることになります。

もし雇用契約書などで通勤手当の支給が定められているにもかかわらず支給がされない、いったん立替えた定期乗車券の金額を払い戻してもらえないとなれば、最終手段としては民事訴訟や労働審判も視野に入れざるを得ないでしょう。

次に、移動交通費について。例えば、取引先のオフィスを訪問するために職場から電車などを利用するのにかかる金額です。経理上、旅費として計上されます。通勤手当とは異なり給与としては扱われませんし、いったん立替えた移動交通費を払い戻してもらう際、もちろんその金額には課税はされません。

通常、1回につき、数百円から高くても2~3千円程度ではないでしょうか。他県や外国への出張で新幹線や航空機を利用する場合などは、事前の稟議を通してチケットなどが前もって手渡されているでしょうから、その移動交通費を従業員が立替えるということはないのではないでしょうか(私の知るある会社では、外国出張のフライトチケットをまずは従業員が自腹で立て替えるとされていましたが、すべてにおいて相当ブラックな会社でした)。

移動交通費の立替えに関する考え方は、前回のnoteで解説した立替経費と同じです。もし会社から払い戻しを拒否されるような場合、最終手段として民事訴訟や労働審判も視野に入れざるを得ないでしょう。その際、① 会社からいったん移動交通費を立替払いをするように依頼された事実、② 実際に立替払いをした事実、③ 立替金額、④ 立替払いをした日時、⑤ 立替払いをした区間と目途を立証する必要があります。

ところで、「通勤のために払った金額」と「業務上の移動のために払った金額」の精算については、他の立替払いに比べて少し注意が必要です。それは、民法第484条と第485条に定められた持参債務の原則があるからです。

持参債務とは、債務者が債権者の住所または営業所で履行しなければならない債務のことです。民法第484条には「弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。」、同法第485条には「弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。(以下略)」と規定されています。つまり、原則として持参債務であること、債権者のところに行く費用は原則として債務者が負担することが定められているのです。

これを従業員と会社に置き換えると、雇用契約書において、労務(=債務)を提供する立場の従業員が債務者労務(=債務)を提供される立場の会社が債権者となります。債務者たる従業員は、みずからの費用で労務(=債務)を職場まで持参して、職場でその労務(=債務)を債権者たる会社に提供するということです。つまり、職場や仕事場所に行くのにかかる費用は従業員が負担しなければならない。それが民法上の原則なのです。

従業員が「通勤のために払った金額」について、雇用契約書や会社規程に通勤手当支給の定めがあれば明確で、いざ民事訴訟にでもなればその定めが請求の根拠となるでしょう。しかし、もし何らの規定もないのであれば、従業員としてはいったん立替えたと思っていた「通勤のために払った金額」の払い戻しを会社が拒否する、さらには民事訴訟でその金額を会社に請求しても、会社が持参債務を主張して訴えの棄却を求めてくることも十分考えられます。

同様に、「業務上の移動のために払った金額」についても、旅費に関する決まりがしっかりと定められていたり、上記の①から⑤をちゃんと立証できるならよいですが、もしそうでないなら会社は持参債務の原則を主張して、結局従業員の負担となる可能性があります。

やっかいなのは、例えば、雇用契約書と就業規則には通勤手当の記載なし、経理規程は存在しない、総務課が作成した業務マニュアルには通勤にかかった金額は所定手続きをふめば払い戻すと読める記述、しかし運用上は月上限1万5000円までしか支給していない、といったようなケースです。これは法的に捉えるとどのような意味を持つのか慎重に判断する必要あるでしょうし、民事訴訟や労働審判になった際しろうとがこの法的意味合いを正確に理解・答弁できるか、はなはだ疑問でもあります。

従業員がトラブルを避けるための最低限の予防策として、「通勤のために払った金額」が通勤手当として支給されるのか、「業務上の移動のために払った金額」は払い戻してもらえるのか、雇用契約書や会社規程などの公式な書面にて前もってしっかりと確認しておくことがとにかく大切でしょう。

今回もここまでお読みいただきありがとうございました。次回をお楽しみに。

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。

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