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本人訴訟で未払い残業代を請求する(38)-証拠説明書の書き方7【タイムカード】

タイムカードは未払い残業代を請求するための最強の証拠3点セットの一つです。しかし、それは、会社の総務課などが管理していて、原則的には個々の従業員へ共有されることはないのではないでしょうか。ましてや、退職後にそのタイムカードのコピーがほしいと会社に申し入れても、拒否されるのが現実でしょう。その場合、残業の存在をどのように立証すればよいのか。今回のnoteでは、タイムカードを入手できない場合の対処方法について述べていきたいと思います。

本人訴訟で労働審判や民事訴訟を起こして未払い残業代を請求しようとする時、もしタイムカードを入手できていないなら、会社に要請してそれを開示してもらう必要があります。しかし、労働基準法上は会社にはタイムカードなどの勤怠記録が少なくとも3年間は保存されてなければならない(第36回note参照)のですが、あいにくその開示を会社に義務付けるような法律上の決まりはありません。では、タイムカードを入手するために、どうしたらよいのか?

まず、内容証明郵便を会社に送付して、タイムカードの開示を強く求めるという方法。内容証明郵便を受け取ったら少しはプレッシャーを感じるかもしれませんが、それが功を奏するかどうかは不明です。弁護士が代理人として付かず、請求者本人からの内容証明郵便だと、余計になめられて無視されるのが落ちかもしれません。

それよりも、せっかく本人訴訟を起こす(起こしている)のですから、労働審判手続申立書(または訴状)や準備書面の中で相手方(被告)に対してタイムカードの開示を求めていくという方法があります。特に、労働審判なら、期日の労働審判廷その場で「相手方がタイムカードを開示してくれませんっ!」などと、直接的に労働審判委員会へ訴えかけるのもよいでしょう。それでも開示されないなら、労働審判委員会や裁判所の相手方(被告)に対する心証は悪くなり、審理が申立人(原告)に有利に働く可能性があります。

ところで、上で「タイムカードの開示を会社に義務付けるような法律上の決まりはない」と言いました。しかし、実は「使用者は、労基法の規制を受ける労働契約の付随義務として、信義則上、労働者にタイムカード等の打刻を適正に行わせる義務を負っているだけでなく、労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り開示すべき義務を負うと解すべきである。」とした判例があります(大阪地判平成22年7月15日、大阪地裁 平成21年(ワ)第5554号)。

この判例にはタイムカードを開示しないという会社による意地悪な行為を未然に防ぐ効果もありますが、結局は、雇主はタイムカードを開示する義務を負うということなのです。申立人(原告)は、このことを踏まえて、タイムカードの速やかな開示を求めていくとよいでしょう。

さらに、民事訴訟であれば、原告が「文書提出命令申立て」を裁判所へ申立てることによって、被告(会社)をしてタイムカードを開示させるという方法があります。民事訴訟法第220条に「文書の所持者は、その提出を拒むことができない」と定められたもので、タイムカードは同条3号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき」に該当します。「文書提出命令申立て」は係属中の事件とは別の事件として扱われますので別個に事件番号が付与され、決定までには時間がかかります。ただし、裁判所への申立てなので、それが認められるか否かは裁判所の判断によります。なお、原則3回の期日で終わる労働審判には、この「文書提出命令申立て」はなじまないのではないかと思います。

ちなみに、民事訴訟法第220条4号にはこの文書提出義務に従う必要のないケースが挙げられていますが、それらの解説は機会があればということにさせてください。

繰り返しですが、タイムカードは未払い残業代の請求にとって非常に大切な証拠です。訴訟を起こせば何とかそれを入手することはできそうですが、できれば事を起こす前に入手できていれば尚良いでしょう。労働審判や民事訴訟での書証は必ずしも原本である必要はありません。退職する前であれば、スマホなどでタイムカードの写真を撮っておくのでもかまいません。日頃サービス残業が多いのなら、後々のことを考えて個人的に証拠を保全するような行動をとっておくとよいと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。あと一回だけタイムカードについてです。タイムカードそのものが存在しない場合や自分自身が個人的に手書きやエクセルで勤務時間を管理していた場合、どうするのか。それについて解説する予定です。次回に続く。お楽しみに。

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。

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