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ヒューマンスケール/エリアスケール

改めて起爆剤。。。

以前のnote

以前、こちらのnoteで「まちの起爆剤」で自爆してしまうまちがいまだに多いことを指摘しました。

「ハコモノをつくればまちは活性化する」のではなく、きちんとしたビジョンを掲げ、どのようなコンテンツをそこで展開していくのかが大切です。

そのようななかで先日、紫波町・盛岡市を訪れて改めて確信したことが多いので、起爆剤の話を再整理しながら備忘録として書いていきたいと思います。

起爆剤の問題

まちの起爆剤は「まちからスケールアウト」していることがそもそもの問題です。
規模が大きすぎて自分たちの持てる経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)、スキルではコントロールできません。

ハコモノとして巨大すぎるうえに、イニシャルコストでほぼ全ての投下できる財源を支出してしまっていること、莫大な税金投入をしていることから市民や議会にも説明が困難になってしまい、軌道修正していくことが困難です。
更にコンサルに丸投げして事業手法、要求水準書や契約書が(自分たちの理解を超えたところで)勝手に作られてしまっているので、どこをどうすれば良いのかもわかりません。(契約変更しようとすれば議決事項になる場合も多いので、覚悟・決断・行動できないまちには、それすらも難しい状況になってしまっています。)

更に今回の論点で最大の問題が、起爆剤事業は「たぶんこうなるだろう」「こうあったらいいな」のリアリティのないお花畑(まさに総花的)で、エリアの文脈・関連するプレーヤーの顔が見えていないことです。
「まちから乖離」しているので、当然地域にあっていませんし、市民生活ともリンクしていないから「愛されないハコモノ」になってしまっています。

これらの結果として、起爆剤が不発弾としてまちなかに居座り、エリア、そしてまちが衰退していくのです。

紫波町

紫波町は何度も行っていますが、いつもはオガールを中心に日詰商店街をぶらり歩いてはちすずめ菓子店でキッシュを買って、時間があればしわまる号でラフランス温泉でローカルルールのサウナでととのって。。。というルーティン。
今回、旧庁舎跡地を活用した「ひづめゆ」にまだ行ったことがなかったので、仕事というよりサウナーとして訪れてみました。

ひづめゆ

ひづめゆは、旧紫波町役場の跡地活用事業として実施されています。細かい経緯等は割愛しますが、現在は温浴施設、りんごのシードル醸造所、コンビニエンスストアとして活用されています。

ひづめゆ_外観
ひづめゆ_シードル
ひづめゆ_内観
ひづめゆ_内観

写真でみればわかるように、シンプルながらも非常に洗練された心地よい空間が広がっています。温浴施設も高濃度炭酸泉、サウナ、水風呂、外気浴スペースと必要なものを最小限に絞り、サウナ内にはテレビもBGMもありません。スーパー銭湯に見られるようなエンタメ的要素を一切排除し、動線も全く無駄がないストイックかつサウナーの心をくすぐる設えとなっています。
訪れた日は残念ながらレストランが休業でかつ昼前だったため、シードルも飲めなかったのですが、代わりに訪れた日詰商店街。

紫波町ではオガールと日詰商店街のリノベーションまちづくりを両輪として位置付けていますが、その商店街で頑張っていらっしゃる藤屋食堂さんにランチで行ってみました。

藤屋食堂_酒粕を使ったモツ煮定食

こちらのお店は、週末限定で酒粕を使ったフルーツサンドなども販売しており、(当日は残念ながら購入できませんでしたが)かなりの評判らしいです。今回は冬季限定の同じく酒粕を使ったモツ煮定食をいただきましたが、優しい味でお店の雰囲気もよく、看板犬のミミィーちゃんも含めて穏やかな時間が流れていました。

オガール

今回、時間の都合でオガールをゆっくり見ることはできませんでしたが、電車の待ち時間がかなりあったため、時間調整のため4832 The SUGARでクレープをいただきました。

4832_クレープ

こちらでも隣に座っていた高齢の方々のグループがなにやら作戦会議を和気藹々とされていましたし、その隣には女子大生らしきグループが楽しそうに映える写真を撮りながら?談笑していました。

しわまる号

今回も紫波中央駅からひづめゆまで(帰りは歩きながらまちなかを見ましたが)オンデマンド交通のしわまる号を使ってみました。

しわまる号

スマホで予約し、時間どおりに紫波中央駅でピックアップしてもらいあっという間にひづめゆへ到着。高齢のご夫婦と相乗りでしたが、どちらかの病院に行くのでしょうか、こちらも仲睦まじいご様子が伺えましたし、車内の空気感は本当にほのぼのしたものでした。

盛岡市

バスセンター

盛岡バスセンター_外観
2階_フードホール

「人と地域の魅力をつなぐローカルハブ」をビジョンに掲げているとおり、単純に改築するのではなく、福田パンなどの地域のDNAとも呼べるコンテンツ、オガールからは週末限定でThe Bakerが出店したり、2階のフードホールには個性豊かで魅力溢れる飲食店が軒を連ね、クラフトビールも飲むことができます。

更に3階には「まざる、うむ、はじまりのホテル」として、ホテルマザリウムがあります。

マザリウム_ラウンジ

いろんなひと、いろんな価値観、いろんなライフスタイル。
そのいろいろを、この地域の魅力とかけ合わせながら、新たな滞在体験を生み出し、盛岡をさらに元気にしていく。
そんな、「はじまりの場所」をめざして。

マザリウム_コンセプト
サウナ付き客室_テラス

世界的ジャズピアニストの穐吉敏子氏のジャズミュージアム、福祉社会実験ユニットのヘラルボニーによるアートプロデュース、セルフロウリュ可能なサウナがついた大浴場など、洗練された都会的なライフスタイルが展開されています。
34室のうち1室はサウナ付き客室になっており、こちらは一般客室以上に大人気でなかなか予約が取れません。
1、2階のローカライズされたエリアも含めて、まさに様々な価値観が「まじりあう」素敵な空気が流れています。(他にも細かいいろんな工夫があるのですが、ここでは割愛。)

BeBA TERRACE

盛岡中央公園_BeBA Terrace

Park-PFIを活用した事業ですが、悪い意味で画一化した「行政による基盤整備+(安い賃料による)ナショナルチェーンのカフェ」とは一線を画しています。
なんと、この公園内にはカフェ・飲食店や保育所だけでなく「手紡ぎ手織りの学校」に加えフリースクールまで設置されています。
都市公園を単なる「憩いの場」ではなく、オープンスペースを媒介・きっかけとした社会問題解決の場として整備されています。更に、こうした公益性の非常に高い多様なコンテンツは、経済合理性を考えながらプレーヤーも含めてセットアップされていることが大きなポイントです。

公共資産とは

市民生活を支える・豊かに暮らす

地方自治法_公有財産の規定(総務省資料から筆者作成)

行政財産は、地方自治法で「公用又は公共用」に供する財産とされています。
簡単に分類すれば、公用財産とは庁舎・消防施設・処分場などの「市民生活を支える」うえで必要な財産であり、公共用財産とは図書館・体育施設・公民館などの「市民生活を豊かにする」ための財産(≒公の施設)といえます。
つまり、行政財産とは市民生活を支えたり豊かにするためにあるもので、決して負債であるはずがありません。

しかし、こちらのnoteでまとめたように、実際には財政状況が厳しいなかで公共財産は自治体経営・まちづくりにおける負債として短絡的な統廃合の対象として扱われてしまっています。
一方で、今回のnoteで例示した事例はどうでしょうか。
どれも非常に魅力的であるのと同時に、市民生活を支えたり豊かにしていないでしょうか。

そして、これらのプロジェクトに共通するのは「どこかで見た風景」ではなく、地域の文脈に沿ったものであることと、関連するプレーヤーの顔が見えることです。

石川町

このようなことを考えたときにふと思い出したことがあります。
現在、業務で携わっている石川町では2021年度の最終回で、町長・副町長・教育長と関連する全幹部職を対象に「ここまで検討してきたこと・これからやろうとすること」を担当者からプレゼンする機会がありました。
そこで担当の方が発表したタイトルは「生き残る自治体となるために」、そしてその資料の1枚に次のように記されていました。

石川町_プレゼン資料の一部

「生き残る自治体=一人ひとりが豊かに暮らすことができる自治体」、まさに核心をついていると思います。そして、豊かに暮らすことができるための物理的な要素の一つとして公共資産があるはずです。

ヒューマンスケール/エリアスケール

ヒューマンスケール

前述のように、今回例示してきた事例の共通項は「関係者の顔が見えること」です。先日、マザリウムで行われた狂犬ツアーに参加されていたコーミンの入江智子氏のmorinekiプロジェクトも、こちらの本に書かれているように関係者の顔・マインド・生き方が非常に生々しく記されています。

マザリウム_白樺による吸音壁

マザリウムのラウンジ上部に装飾されている白樺をスライスした装飾は、ラウンジで音楽を行う際に反響を抑えるための吸音板となっているようでしたが、当初は設計に盛り込まれていなかったようです。
このプロジェクトも経済合理性を追求したものでしたので、増額変更は難しかったため急遽ワークショップを実施し、市内の都市公園等における倒木などを集め、これを関係者が自ら輪切にしてワークショップ形式で参加費をとりながら飾っていきました(裏面には参加者のサインが記されているそうです)。そして、写真下の帯のところに記されているのが当時のワークショップ参加者とのことです。

ヒューマンスケールとは、そのプロジェクトの「関係者の顔が見える」もので、「そこに携わる・訪れる人たちを支えたり・豊かにできる」ものであって、「自分たちでコントロールが効く範囲」のものといえます。

エリアスケール

盛岡市のバスセンターは、3階建で市内周辺部のホテル・商業施設と比較すると非常に低密度に抑えられています。商業施設も各テナントの床面積はかなり小さいものとなっていたり、マザリウムも客室数は34室とホテルとしては小規模です。
ひづめゆもまちなかの銭湯レベルの大きさで、スーパー銭湯よりも圧倒的に小さな規模で浴槽も高濃度炭酸泉(と水風呂)だけです。

まちからスケールアウトした墓標は論外ですが、大半の公共施設は補助金・交付金を含めて財政的に確保できるイニシャルコストを最大限に活用して、市民ワークショップ等で集めた市民意見を詰め込めるだけ詰め込んで整備していないでしょうか。そして、LCC(建築物の企画から解体に至るまでに要する総コスト)ベースで考えるとイニシャルの3〜4倍かかるといわれるランニングコストは全く考慮していないことがほとんどです。
点としてのハコモノ整備でしかなく、市場規模や周辺エリアの文脈なども考えられていないから、まちから乖離してしまうのです。

エリアスケールとは「自分たちの手の届く範囲」で「地域コンテンツ・地域プレーヤーと連携」しながら「エリアの中に溶け込む」ことと同義と言えるでしょう。

小さなプロジェクトだけ?

このような形で論じていくと、「小さなプロジェクトだけ」のように感じるかもしれませんが、そういうことではありません。
それぞれのまちにおいて、時にはまちの将来をかけるような大きなプロジェクトを行うこともあるでしょう。そのようなときにも同様に、コンサルに丸投げしたり、細部をいい加減にしてしまうのではなく、丁寧に小さなパーツの一つひとつを組み上げていくことが大切です。ロケットはどんな小さな部品ひとつであっても不具合があれば飛びません。

そして、竣工したら終わりでもありません。まちは常に現在進行形です。
それぞれのプロジェクトもまちのなかに存在しています。そこに存在している限り、ずっと手をかけていくことが大切です。
オガールの岡崎正信氏が言われるように「永遠に未完成」なのです。また、このようにも言われていました。「しっかりとしたプロジェクトは、めんどくさいと思うことをめんどくさいとわかりながら愚直にやっていくもの」だと。

ヒューマンスケール/エリアスケールに合致したプロジェクトは、そこで生み出される空気感が非常にハートフルとなるので「愛される場」になるのです。

自分たちで自分たちのまちは創っていく、まちを構成するのは個々のプロジェクト、関連する人たちの営みの総体です。
どんなまちになっているのか、そしてこれからどのようなまちになっていくのかは、それぞれのまちの人にかかっています。

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