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神隠し、約束を舞った、恋探り。~二枚目天狗たちの花嫁争奪戦~ 第三話

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

第3話「説明」


 天狗族は古来より、嫁取りをする際には人里から娘を攫ってくることが多かったそうだ。
 だが、かくりよへと自分勝手に攫って来ることに、悪いという罪悪感が彼らにも芽生え、ある一定のルール、嫁取りに必要な花嫁争奪戦に関する厳格な掟を設けることにした。
 花嫁が最後の決定を下せば絶対で、それは覆ることはない。
 嫁取りを望む天狗の参加者は、一族の中でも位の高い者から順に選ばれる。期間は二か月間で、花嫁本人が望めば期間を延長する事も、争奪戦参加者を変更することも可能。
 決定する区切りの日までは、肉体関係などは禁止。
 無理に身体を繋いで快楽で堕とそうとする者が居たため、その解決法として追加された掟らしい。前に伽羅さんの言った通り、何か事件があってそれを防ぐためにと必要があったからと、追加されていった掟も多そう。
 そして、花嫁自身も結婚したい天狗に対して決断を下す瞬間は、争奪戦終了する時。それまでは、決して自分の気持ちを誰にも言ってはならない。心を決めた、天狗その本人だとしても。
「……何か、質問は?」
 今回の監督を務める大天狗の相模坊さんは、ただっぴろい広間にぽつんと座っている私たち四人を前に淡々と争奪戦の掟についてを語り、最後に私に向かってそう聞いた。きっと彼ら三人は何もかもを承知の上だろうから、私だけに聞くのも当然のことだ。
「あっ……あの、心を決めたとしても、期間が終わる最後の時まで言えないっていうのは、何故ですか? 心を決めた時点で、それは終了でも良くないでしょうか?」
 私は、説明を受けてその事が一番不思議だった。
 だって、私の決断が大事で尊重されると言うのなら、心を決めた瞬間に。三人の争奪戦そのものが終わってしまっても、良さそうなものなのに。
「一定の期間をかけて、全員を良く見て判断して欲しい。というのと……心変わりは、人の常。何か大きな出来事があって心を動かされたとて、冷静になって振り返れば長い期間を過ごす伴侶についての意見が変わってしまうこともある。選ばれたと思ったのに、やっぱり違ったと断られ落胆するという悲劇も起こりうる。それに、本気の思いがあれば二月ほどの時間は黙って居られるはずだ。我らは天狗。神通力を自在に操る妖で、それこそ、この先の時間を飽きるまで一緒に連れ添う相手の事であれば」
 穏やかな口調の相模坊さんに説明されれば、なるほどと理解することが出来た。
 きっと、短期間に、この人にしよう決めたものの、その後に心変わりしてしまった花嫁が過去に居たのだろう。
 それに、もし本気であればそのくらいの期間黙る事の出来るはずだと言われれば、私としても何も返す言葉もない。
 その他には特には疑問はないという事を伝えたくて、私は黙ったままで大きく頷いた。
「……儂としては、子どもの頃から知っている可愛い三人なので、この連中の誰かと上手くいけば良いとは思っておるが……まあ、女心は秋の空とも言う。二か月間、ゆっくりと時間を掛けて考えてくれ。決断のその時に、もっと時間を掛けたいと言われれば掟通り、延長することも可能だ」
 何もかも、それは攫われてきた花嫁のための掟だと思った。
 それが、いきなり現世からかくりよに連れて来られた女の子に対する彼らの贖罪の気持ちなんかも、掟には込められているのかもしれない。

◇◆◇

 これから何もかもを貴女の言う通りにするから、好きにしても良いですよと、誰かに言われて、待ってましたとすぐに色々と行動出来る人は、現代日本人には多分少ないと思う。
 というか、私が意気地なしで何も出来ないだけだった。
 それでは若い人達でと言わんばかりに、相模坊さんが微笑みつつ去ってしまった大広間に取り残された四人。
 私はなんとも言えない沈黙の下りた場所で、これからどうするべきかと悩んでいた。
 何もかもの主導権を握っているらしいので、かぐや姫のように「私が好きなら、これを手に入れなさい」と言われれば、彼らは特に何も言わずそうしてくれるだろう。けど、元々物欲は薄い方で、特に欲しいものが現在ある訳でもない。
「……困ってます?」
 全員が黙っているところの口火を切ったのは、最年長で優しそうな美形の顔を持つ多聞さんだった。
 彼は周囲に対し、とても気を使って生きていそう。なんとなく、昨日からという短期間に付き合っただけの、ただの憶測だけど。
「あの……どうして良いか。私、わからなくて……何か、こうして欲しいとか、言った方が良いですか?」
「こうして、四人で固まって居るのも、なんかおかしいしさ。俺の希望は俺の良さを一対一で知って貰える機会が欲しい。そうしてみない? それぞれ、城から連れ出して外出しての逢引。というか、デートか。どう?」
「デート」
 待ってましたと話し出した伽羅さんから、そういった横文字が出て来るとは思わなかった。
 けど、どうやら天狗の皆さんは人に変化して人に混じり、現世の世界を楽しんでいるようなので、どこかで聞いて覚えた言葉なのかもしれない。
「へー……伽羅にしては、良い意見を出したね。偉い」
 多聞さんは、弟分に当たる伽羅さんを揶揄うように言った。それを聞いた伽羅さんも、特に反発するでもなく、肩を竦めて淡々と言葉を返した。
「どういう、誉め言葉だよ。俺は、いつでも良い意見出すよ」
「……良いんじゃないか。俺は、賛成」
 同意した那由多さんは、そう言うと私の方をチラッと見た。意味ありげな視線を向ける彼が、本気を出すと言った通りに、これまでの彼のような気のない素っ気ない態度とは大違いだった。
 他の二人もそんな那由多さんの違いにその時に気が付いたのか、面白そうな顔つきになっている。
 そして、彼らは昨日見た忍者のような動きやすい服とは違う恰好になっていた。
 というか、彼ら三人共どこか商店大旦那のような立派な羽織りを和装になっていた。それぞれの家紋を縫い付けてあるのか、特徴的な紋も入っている。
 二枚目揃いの彼らは、衣装を変えれば男振りも上がっている。こうして、ただ近くに居るだけだというのに、なんだか圧倒されそうになるくらいに魅力的ではあった。
「どうかな? 今はお互いに知らない事も多いのだから、二人きりになって話が出来るという事は、良い提案だと僕も思うけど」
「私も、大丈夫ですっ」
 多聞さんに優しく問われた私は、それまで三人が無言で待っていてくれたのは私の反応を窺っていたことを理解した。
 結構な間を置いていたので、きっとおかしいなと思っていたはずなのに、そんな気配は微塵も見せない。天狗なのに、紳士。
「そうか。では、三人共にデート案を練ってから、一対一で話す機会を実行する日を決めようか」
 多聞さんがこの場をとりあえず纏めるためか、そう言って彼から率先して立ち上がった。
 実は相模坊さんが時間を掛け丁寧な説明をしてくれた時から、長時間の正座を続けて足が完全に痺れてしまった私は、それに続きたくても続けない。
 座ったままで何食わぬ顔をして、立ち上がれないという切実な問題を一人心に抱えていた。三人はきっと生まれた時から純和風の生活を続けているので、特に正座で足が痺れてしまうこともないのかもしれない。
 こっちは和洋折衷でどちらかというと、洋の方が比率が高い生活を送って来たから、正座なんてする機会も少ない。そして、自分がそうなることのない彼らが、私の足が痺れているかもと思わないのも、無理はなかった。
「はいはい。じゃあ、そういう訳で、この場は解散ね……聖良さん、行かないの?」
「あっ……私、ちょっと……用事があって……後から、行きます!」
「そ? じゃあ、また三人で相談してから、日取りを決めようねー」
 多聞さんと伽羅さんの二人は、何故か立ち上がらない私を見て不思議そうにして首を傾げた。でも、女の子の言葉を深堀りをするような、無作法をしない人たちで助かった。
 彼らはあまり私の事情を深く追及することもなく、大広間から出て行った。
 最後に残った那由多さんは、足音も聞こえなくなって二人が完全にいなくなったと思った時に、突然吹き出した。
「もうっ……なんで、笑うんですか?」
「足が、痺れたんだろう。ほら、つま先を立ててから足にお尻を乗せるように……そうだ。そうすれば、早く治りやすいから……」
 那由多さんは、私に適切な痺れの取れ方を指導してくれて、なんなら嫌がりもせずに足に手を当てて圧迫したりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
「……なんで、わかったんですか」
「随分と前に、今の君と同じような表情で正座をして固まっていた人が居た。もし、こういう事があれば、自分はどう動くべきかを、調べてから決めていたんだ。こうして困っていた君を、助けられて良かった」
 優しい笑顔に私は胸がときめくと共に、過去の彼が「誰」のためにそう思ったかを察して、少しだけ切なくもなった。
 亡くなった人を長い長い間想い続け、今の私と同じように足を痺れた彼女が再度困った時には助けてあげたいと思ったんだろう。
 本当に、優しい。そして、彼女の存在を胸に秘めて生きてきた那由多さんの事を思えば、悲しい。
 そして、相談した通りに多聞さん、伽羅さん、那由多さんという順に三人と私のお互いを知り合うために、それぞれとの逢引といわれるデートはそれから早々に決行されることとなった。
 今回は、いつも通りの年齢順じゃないんですねと聞いたら、そこは機会均等の公平を期すために、じゃんけんで決めたらしい。
 そして、その答えを聞いた私は天狗もじゃんけんをするんですねと心で思ってしまった。彼らはこの日本のかくりよで育っている。じゃんけんがどれほど昔に開発されたものなのかは知らない。それを知っていることも、当たり前のことなのかもしれなかった。
 そして、一番目の多聞さんとデートする初日。
 身支度を済ませた私は、彼の部屋へと向かって急いでいた。どうしてデートなのに男性側である多聞さんが私を迎えに来ないかというと、それも一族の掟で決まっているかららしい。
 争奪戦の参加者の方から、花嫁に会いに行くのはご法度。
 なぜなら、花嫁の部屋に出向き、自分に手に入らないのならと手籠めにしようと思った天狗の、あの事件で……何個か掟が決められたらしい。大昔から、何度何度も開催されているという経緯があれば、そりゃあこれまでに色んなトラブルがあっただろうなとは察するけど。
 相模坊さんの居城で、三人に用意された部屋はそれぞれ位置的に離されてはいるものの、私が迷わないように非常にわかりやすい場所にあった。目指す多聞さんの部屋として決められている部屋は、三階の階段を上がってすぐ。
「……私は、絶対に諦めないからっ……!」
 何か揉め事を思わせる、甲高い声が聞こえた。驚いた私は、曲がり角に姿を隠しつつ恐る恐る少しだけ顔を出した。
「それは、困る。僕は聖良さんと、将来結婚するつもりだし……白蘭には、幼馴染の気持ち以上には、なれないと思う。ごめん」
 そこに居たのは、お似合いの美男美女。もとい、両手をあげて困り顔になっている多聞さんと、彼の胸元に手を置いて縋っている白蘭さんだった。
 まさかの、修羅場だった。かと言っても、白蘭さんが一方的に迫っているだけで、何か誤解されては堪らないと思ってか。多聞さんは、何もないことを表すように両手を上にしていた。
「どうして……私の方が、ずっとずっとあの子よりも条件は良いはずよ。容姿だって……それに、一族の地位を上げるのなら。きっと……」
「白蘭。僕は地位を上げるのなら自分の力が良いし、容姿については人の好みによるとしか言えない。あと、聖良さんはそういう意味でも僕の好みなんだ。それは、僕自身の問題だから。君からどうこう言われる筋合いは、ないことだと思う。ごめん。これから彼女と約束しているんだ。帰ってくれないか」
 きっぱりと言った多聞さんは困っている顔をしているだけで、必死に言い募る白蘭さんを乱暴に押しのけたりもしていない。
 けど、これから先も変わることはないと、断固たる意志で彼女の申し出に断りを入れたことは、私にも感じた。
 きっと、白蘭さんが一番に受け止めているはずだけど。
「私……諦めないから!」
 白蘭さんはそう言い放って、バタバタと音をさせて私が居る方とは別方向に走って行った。短い間に把握できた城の造りからするとあちらに行っても行き止まりじゃないのかなと思って、その後に自分の間抜けさに気が付いた。
 天狗族だから、きっと窓から飛んで翼で移動したんだ。
「聖良さん。すみません。もう大丈夫です」
 唖然としたまま白蘭さんに背中を見ている私は、多聞さんに呼びかけられて、慌てて物陰から出た。
 多聞さんは優しい笑顔のまま、こちらを見ていた。彼にとってみれば、何の後ろ暗い出来事なんだとそれを見てもわかる。
「すみません。いきなりで、驚かせたでしょう。ですが、本当にやましい気持ちなど、何もないと言い切れる程に、僕と彼女との間には何もないので誤解しないでください。白蘭は子どもの頃からの幼馴染で、僕にとってみるといつまでも可愛い妹のようなもので。何か、変な情が湧いてしまって……強くは出れないんですよ。ですが、そういう曖昧な気持ちが、すっぱりと切れない二人の関係をより悪化させているという事実に。僕自身もうんざりしているところです」
「い……いえ。私もやりとりを覗き見してしまって、すみませんでした。ついつい出て行く機会を、逃しちゃって……」
 多聞さん側には全くそういう気持ちがないんだろうなという事は、さっきの二人のやりとりを聞いた人はきっと全員わかってしまうだろう。
 彼に恋する白蘭さんには辛いことなのかもしれないけど、彼の言葉には全く嘘は感じられなかった。
「……中途半端な優しさは、本当の意味での優しさではないとは理解はしているんですが……ダメですね。肉親の妹と思えば、嫌われてしまうのは辛い。白蘭のためには、厳しい言葉で手酷く突き放すべきだとは、理解をしているんですが。あの子に対しては、どうしても、それが出来ないんです」
 これからどうするべきかと私が思いあぐねている内に多聞さんの方から、こちらへと歩み寄ってくれた。
 多聞さんは改めて彼を見れば、第一印象と同じく柔和な空気を纏う、優しそうな美形だ。白蘭さんのような女性が百人居ても、私は驚かないかもしれない。
 私の頭二つ分はゆうに越えているだろうほどに背が高く、二枚目という言葉がこれでもがというほどにピッタリと嵌ってしまう美しい顔。そして、柔らかく優しい雰囲気。
 彼ならば人の娘を無理やりに攫って来なくても、多聞さんと結婚したいから自ら攫われたいと願う人は手を挙げて殺到しそうなものなのに。
 どうして、多聞さんは花嫁争奪戦のような、普通に考えれば時間の無駄にも思えるようなものに参加しているんだろうか。
「……彼女には、嫌われたくないんですね」
 気まずい空気になりたくなくて何を言おうかと迷っている内に、なんとなくするっと口から出てしまった言葉に多聞さんは微笑んだ。
「ええ……幼い頃から、良く知っている妹ですから……出来れば、傷つけたくはない。幸せになって欲しいと、そう願います」
 どこか間違って仕舞えば、彼を責めているようにも聞こえる言葉に間髪入れずに答えた多聞さんは、女心をわかっていると思う。
 誰かと比較して自分の方を彼に最優先して貰うと、いけないと思いつつも嬉しくなってしまうのが人の性だった。
 立ち止まっていた私を促すようにさりげなく背中を押したので、そういえば私たち二人で出掛けるところだったと思い出した。
 さっき白蘭さんが去って行った方向に進むので、移動に階段は使わないらしい。
「あの……多聞さんって、結婚相手には困らないですよね? どうして、争奪戦に名乗りをあげたんですか?」
 本当に心の底から、そう思う。他の二人だって、彼と同じように、魅力的な天狗であることに何の変わりもないけれど。
「……天狗にとっては、人の娘を娶るは至極。人の娘を攫いその花嫁を最優先の争奪戦をするという無数の掟に縛られる前になら、聖良さんをすぐに自分の花嫁にしていたはずです」
「多聞さん。答えに、なってないですよ」
 私の質問には応えずにどこか煙に巻くような彼の返答に、思わずに眉を顰めてから私は言った。
「僕にとっては聖良さんが、それだけ魅力的で手に入れたい存在だったという事です。ところで、怒った顔もとても可愛いですね。僕のお嫁さんになりませんか?」
「……考えておきます」
 完全にはぐらかされたと理解し憮然とした顔になった私にふっと微笑み、多聞さんは廊下の突き当りにある、とても大きな窓を指さした。
「では。あの場所から、外へと出ます。心の準備は良いですか?」
 さっき予想した通り、空飛ぶ天狗たちは移動をするのにあまり歩行をしないらしい。私だって、もし翼があれば、空を飛べれば、迷わずにそうするはず。
「はい。私、貴登さんにかくりよに連れて来て貰った時も全然怖くなくて……高所恐怖症では、なかったみたいです。なんだか、鳥になれたみたいで……嬉しかったです」
「鳥か。そうですね。天狗は巨大な鳥であるとも、言えるかもしれない」
 そして、まるで魔法を使ったかのように、彼は鷹を連想してしまうような下部だけ白い茶色の大きな翼を背中から出した。
 それは、思わず息をのんでしまうくらいに美しくて、彼の持つ何か圧倒される力の強さをも感じさせるものだった。
 初めて翼が出て来たところを目の当たりにしてぽかんとしている私を見た多聞さんは、苦笑して肩を竦めた。
「……すみません。今から翼を出しますって、予告してからの方が良かったですね」
「いえ……なんだか、思っていたよりすごく綺麗で……びっくりしました」
 立派な風切り羽根も沢山ついているけれど背中に近い部分にはふわふわで柔らかそうな羽毛もあり、手触りは良さそうだ。思わず、触りたくなってしまった。
「ありがとうございます……そうか。聖良さんは、まだ那由多と伽羅の翼を見てないんですね」
 思わず、言葉に詰まってしまった。
 昨日、私と那由多さんは会ってはいけない時に会ってしまったらしい。
 けど、結局あの後、また時間を置いて迎えに来てくれた貴登さんに連れ帰って貰って、飛行しなければ辿り着けないこの城にまで帰って来たからだ。
 貴登さんと那由多さんの二人はやはり旧知の仲のようで、勝手知ったる様子で二人で「こういう事にしよう」と、口裏合わせをしていたようだった。
 だから、まだ那由多さんの翼を私は見ていない。
 その通りなんだから、そうですねとサラッと流せば良かったんだけど、昨日那由多さんと会ったことを思い出してしまい、咄嗟に反応出来なかった。
「……見ました?」
「みっ……見てないです!」
「はは。何か、やましいことでも隠してそうですけど……謎のある女性は、より魅力的ですよね」
 多聞さんは、明らかにおかしい様子を見せた私を追及しなかった。
 そして、意味ありげに微笑み、多聞さんは私を体重を感じさせぬ動きで抱き上げてから、窓から舞い上がった。
 多聞さんが私とのデート先に選んだのは、相模坊さんの治めている天狗の里で、朱塗りの和城の城下町と言える大通りだった。
 大きな翼を自由自在に出し入れする事の出来る彼らは、日常は普通の人間と変わらぬ姿で生活しているらしい。服は現代風ではなくて、あっさりとした庶民用の着物などの和風だけど。
 ただ、狼の頭を持つ貴登さんと同じように、獣の顔を持って二本足で歩いている天狗も通りを歩けばチラホラと見掛けた。
 那由多さんが貴登さんは長く生きた獣から姿を転じて天狗になったと言っていたから、彼と同じようなそういった木の葉天狗たちなのだろう。
「……物珍しいですか」
 江戸時代の街並みを残すような天狗の里は、確かに時代は感じさせるものの古びてはいない。街を歩く天狗たちも、活気があっていきいきとしている。今ここで彼らが生活しているという、息遣いが伝わってくるようだった。
「ええ。獣の顔を持つ人たちも、沢山居るんですね」
「ああ……あれは、長く生きた獣が妖力を持った、木の葉天狗たちです。天狗族の中での位は下位にはなりますが、その中には大きな力を持っている者も多い」
 私は多聞さんの言葉に感心して頷きつつ、あることに気が付いた。通りを歩く獣の頭を持つ天狗たちは狼や犬、狸や鳥など、その種類は様々だった。けれど日本昔話では、良く話に出て来るメジャーな獣が見当たらない。
「あの……猫とか狐って、いないんですね」
 狐はともかく、日常良く見る動物である猫は居ないとおかしいと思った。隣を歩く多聞さんを見上げれば、彼はなんとも言えない表情をして肩を竦めた。
「あれらは……猫又と妖狐という、また種類の違ったあやかしになります。これから、貴女を一人にするようなことはないとは思いますが……もし、狐を見たなら、絶対に関わらないでください」
「え……?」
 多聞さんの真面目な眼差しを見て、これは冗談とかそういった類のものではないと私はこくんと息を呑んだ。
「我ら天狗族と妖狐族は、天敵なんです。古くの争いが元らしいんですが、古過ぎてきっかけを覚えているものももう居ない程の大昔から。相模坊様を始め僕の父などを含む、天狗族の首領八人の大天狗たちには、意地の悪い妖狐が今まで天狗に対して仕出かした事に腹を据えかねて居る者も多い。我らにとって大事な花嫁に何かをされるような事があれば、それが全面的に争う出来事にもなりかねない……狐を見れば、逃げてください。大袈裟な話でもありませんから」
 彼の真剣な表情には、鬼気迫ると言えるような危機感も感じた。よほど、過去には二つの一族の中で過去に色々とあったのかもしれない。
「……なんだか、あやかし同士にも争いだったり……色々と、あるんですね」
 私の中では狐と言えば、北国でのキタキツネなどの可愛いらしいイメージしかない。彼らとの生々しい戦いの歴史さえも感じさせる、思わぬ話の展開に驚くしかなかった。
「人も、そうでしょう。仲が良い者も居れば、仲の悪い者も居る。決して万人と上手くやれるような道はない。数が増えれば増える程に、集団とはそういうものです」
 どこか達観した様子で、多聞さんは言った。というか、この人の年齢を思い出せば、それは無理もないかもしれない。童顔にも思える美しい顔は、見た目年齢二十歳くらいだし。
「なんだか、哀しいですね。別に争わなくて良いのなら……それが一番良いのに」
 ぽつりと私が呟いた言葉に、多聞さんは微笑んだ。
「聖良さんには、ずっとそういった考えのままで居て欲しい。僕も、いずれは愛宕山を治める父の後を継ぐことになるので……いつも何処かで必ず争いは産まれ、常に頭を悩ませることになるでしょう。常に平常心で冷静で居られれば良いが、苛々とすれば時に極端な判断を下すかもしれない。だが、そういう時にも可愛い奥方に諫められれば、頭に血が上っていたとしても……落ち着いて考えが、変わるかもしれない」
「そんなものです?」
 一見しても穏やかで柔和な性格が見て取れる多聞さんに、そんな諫める係が必要な場面など、想像もつかないけど。
「そうですね……僕の場合は。だから、僕のお嫁さんになりません? かくりよの平和のためにも」
「それは……重大な役目ですよね。考えておきます」
 冗談めいた二回目の問いに、本日二度目となる澄ました顔の私の答えを聞いて、多聞さんは面白そうに笑った。

◇◆◇

 そして、二人目となる伽羅さんとのデートの日。
 まだ薄暗い早朝を出発時間に設定した彼は、そのヤンチャっぽい外見を裏切ることなく、アクティブなデートを提案してきた。
「……川下り?」
 私は彼の部屋に迎えに行って、挨拶もそこそこに有無を言わさずに連れて来られた山中で、激流とも言える流れの早い川を見下ろしていた。
 とてもじゃないけど、可愛く水遊びして普通に泳げそうな可愛い川ではない。
「そうそう! 俺。そういうの、好きなんだよねー……あ。舟借りて来るから、ちょっと待ってて!」
 私の中にある川下りと言えば、景観の良い川を優雅に下っていく悠々とした楽しみだと思っていた。けど、今目の前にあるのは、ちょっと間違ってしまったら、足を取られてすぐに溺れてしまいそうな川だった。
 ちなみに私はこちらに来てからというもの、踊りで着付けにも慣れていることもあり、天狗族の皆さんが用意してくれた可愛らしい着物を着ていて常に和装だった。つまりは、川下りをするのにはま全く適していない。
 そう。もし、これで川に落ちてしまえば、溺れて死んでしまうのは目に見えていた。
「聖良さーん! 借りて来た! こっち来て!」
 木で出来た年代物っぽい舟を浮かべて伽羅さんが櫂を大きく振って、舟の縁を掴んだまま私を呼んでいる。川下りっていうか、アウトドアスポーツでも激流を下ることを楽しむラフティングのような気がしなくもない。
 けど、伽羅さんの屈託のない満面の笑顔に対し、どう言ってこの場を穏便に断れるものなのか迷った。
「あっ……あの、私。着物着てるし……」
 恐れを抱いて尻込みする私に、伽羅さんは我関せずな様子で、ぐっと強引に手を引いて自分の乗っていた舟へと乗せた。不安定な小さな舟はぐっと傾いで、私は思わず短い悲鳴を上げた。
「だいじょーぶだいじょーぶ。なんとかなるから。乗って乗って!」
 なんとか、ならなそう。だから、怖いんだけど!?
 顔を青くした言葉にならない悲鳴を残して、伽羅さんは手際よく縄を解いて櫂を動かし舟を流れに乗せた。
 滑るように川面を動き出した舟は、すいすいと岩を避けて下流へと進んでいく。
「うわぁっ……」
 遊園地のジェットコースターとは言わないまでも、速度は速いし爽快感がある。楽しい。
 ただ、私の身体に安全を約束するベルトは巻かれていなくて、伽羅さんの操舵に自分の命を握られていることは、変わりないままだけど。
「ね? 思ったより、平気でしょ?」
 余裕そうに微笑む彼の整った顔には、悪意は欠片も見つからない。
 けど「自分はこれを楽しいから、他の人にも楽しさを味わって欲しい」と思うのなら、私が舟に乗る前の説得に時間を掛けるべきだったとは思う。
 こんな激流ではなくて、穏やかな川から始めるとか。
 三人の中ではこの伽羅さんが一番年下だというけど、私の何倍も年齢を経ているはずなのに、やっている事は高校生の男の子のようだった。
 そういう意味では、少しだけ彼の幼さを感じてしまった。けれど多分その理由は、経験が少ないだけだろう。今まで修行に時間を取られて女人と関わることが出来なかったとすれば、それは仕方ないのない話なのかもしれない。
「操舵。上手いですね」
「まーね。山篭りも修験道の修行の一環としてあるんだけど、俺はこういう移動に川を使うのは好きだった。聖良さんも、楽しいかなと思って」
 伽羅さんは真っ直ぐな性格っぽいし、女性をこれを喜ぶだろうと思う思考の方向性は少しだけ間違えていそうだけど、彼が優しいことには変わりなさそう。
「……天狗族の方って、産まれた時から天狗じゃないんですか?」
 そういえば。
 これまでの人生のほとんどを修験道の修行をしていたと、前に彼が言った気がする。天狗の息子は天狗ではないのかと、彼らの生態を知らない私の素朴な疑問に伽羅さんは苦笑して首を横に振って答えた。
「そうだなー。確かに俺たちは産まれた時から、天狗と呼ばれるあやかしではある。だけど、偉大な親の後を継ぐために、天狗族を率いる大天狗の一人となるには生まれ持った能力を出来るだけ伸ばすために幼い頃から修験道の修行をするしかない。死ぬほどキツい幾種類もの修行を、延々と百年間だよ……天狗も、本当に楽じゃないから……」
 長きに渡る修行の辛さを思い出してか、わざとらしいくらいに大きな溜め息をついた伽羅さんに、私は声をあげて笑った。
「あやかしにも、色々とあってさ。俺たちみたいに、人の娘を攫って、花嫁にしたいと望む奴らも居れば、人と見ればすぐに食べてしまう奴も居る。俺ら一族の大事な花嫁となる聖良さんにはまず近付かせないし、危険なそいつらをこの先目にすることはないと思うけど……一応、注意はしといて」
「人を……食べる……?」
 思ってもみなかった血なまぐさい不穏な話の方向に私が息をのむと、彼は舟へと迫り来る無数の岩を、次々と素晴らしい操舵で避けつつ、真顔のままで言葉を続けた。
「代表的なあやかしは人食いの、九頭竜だ。あいつは人が困るように大きな川を敢えて荒らし、大人しくなる条件にと、若い娘を生贄を差し出させ人を食らう。凶悪で、非道な行いを平気でするんだ。かくりよに住む人も少ないし、ここで暮らす以上は勝手は出来ないから。流石に大人しくなったようだけど、以前……かくりよが大荒れに荒れた時に、あいつも……っ……聖良さん! 危ない! 頭を伏せて!」
 語っていた伽羅さんがいきなり話の途中で言葉を切り、私が彼の言う通りに咄嗟に顔を伏せた時、川の中から大量の水が舞い上がった。

第15話「呼吸」
 それは、瞬きをする間に様々なことが起きた、あっというまの出来事だった。
 伽羅さんが咄嗟に船首近くに座っていた私を庇うようにして、前に出たのを皮切りに、彼の背中越しに見えたのは宙を舞う何匹かの獣のような、大きな黒い影。
 彼がそれに気を取られている間に、何故かぐらりと不安定な小さな舟が揺れて傾いだ。私は縁を必死で掴んで身体を支えようとしたものの、気が付いた時にはもう水中へと吸い込まれるようにして落ちていた。
 
◇◆◇

「っ……がほっ……ゴホゴホ……」
 大きな咳と一緒に水を吐いた私は、顔を横にして水中に居る時に飲み込んでいたらしい大量の水を吐いていた。窒息しかけていたせいか、肺の辺りがひりひりと灼けつくように痛い。
 結構な量の水は咳と共に吐いて、ようやく収まった。
「大丈夫だ。ゆっくりと息をして。吐いて……吸って」
 背中を優しく撫でてくれる人の声を聞いた時に、驚いた。私が予想した人の声では、なかったから。水中に落ちて意識を失ってしまう直前までに、一緒に居た伽羅さんの声じゃなくて、それは……。
「……那由多さん? どうして……ここに?」
 声を出したせいか、また小さく咳をした私を心配そうに見つめる目は、優しい。彼の美しい黒髪は水に濡れて、より色を濃くしているように見える。まさに、鴉の濡れ羽色。
「伽羅は、さっきまで居た。捕縛した妖狐を連れて、相模坊さまの元へ。相模坊さまが治めている天狗族の土地に敵対する一族が現れたので、急ぎ報告に行った。俺は……偶然。ちょうど近くに居て、君を救助出来た」
「ちょうど……近くに居た……」
「そう」
 とても苦しい説明のような、気がする。この山中って、伽羅さんが調子良く話してくれた中には、修行の場であること以外あまり使用されないって言ってたし。
 頷いて素っ気なく答えた那由多さんは、私の上半身を起こすのを手伝ってくれて自分が着ていた黒い羽織りを脱いでいる。
 那由多さんが着用している着物に使われている生地などは、かなり質の高いものだとは思うんだけど、べったりと水を吸って彼の身体に纏わり付いていて、まるで引き?がすように服を脱いでいた。
 この山中へは、実は伽羅さんは結構な時間を掛けて飛んで来た。とてもじゃないけど街中で会って、あれ偶然だねと言って笑えるような距離の範疇ではない。
 もしかしたら、私たち二人を気になって後から追い掛けてくれたのかなとは思う。
 けど、那由多さんに対してその事を指摘して良いものか、暫し迷ってしまった。
 だって、私は彼の二人は出会ったばかり。名前を知ってから数日しか経っていない。
 こうした時に彼への対応をどうするのかという判断をまだまだし難いくらいに、付き合いが少な過ぎるからだ。
 ここでちょっとした冗談めいたことを言って良いのか、悪いのか。
 そこで気が付いたんだけど、現在の私は那由多さんからほんの少しでも悪印象を持たれたくないと考えている。嫌われたくないから、言葉ひとつを選ぶのも慎重になっていた。
 彼に奇跡的に好意を持って貰えているのなら、どうかそのままで居て欲しいと願っている。
 もしかして……そう、つまり。これは、人が言う恋と呼ばれるものなのではないだろうか。
「すまない。水を飲んでて苦しそうだったから、聖良さんの帯は切って解いた。そのまま立ち上がるのは、あまり良くない。濡れてはいるが、これを羽織って貰えないか」
 和装だった私は、帯もある程度締め付けていた。布が水に濡れれば、より締め付けがきつくなるのは仕方がない。
 水を多く飲んでいたので、那由多さんの選んだ処置は間違っていないと思う。これで彼を責めてしまっては、恩知らずと言えるくらいには。
「……あ」
 パッと胸元を確認して、慌ててそのままはだけてしまいそうだった濡れた着物を、両手で寄せた。
「あと……こういう事は、後から聞かされると嫌だと思うと思うので、言っておくが。人事不省になっていた君に対して人工呼吸をした。これは救命行為だったので、許してくれ」
 那由多さんの済まなそうな言葉が、心の許容量をオーバーしてしまったのは、仕方のないことだ。
 彼氏が産まれてから現在までに居たことがないってことは、そういう事をしたことがないという同じ意味である。
 もしかしたら、世の中には彼氏ではない人と、何かの弾みでそういう事をした人も中には居るかもしれない。けど、私はそうではなかっただけ。
 彼の告白を聞き顔は自然と熱くなるし、なんなら那由多さんの居る方向を直視することも恥ずかしい。
「……すまなかった」
 彼が何を思ったのかはわからないけど、那由多さんは恥ずかしくなって無言になった私の反応を、マイナスの方向へと取ってしまったのかもしれない。
「あ。ごめんなさい……嫌な訳じゃないです。こうして危ないところだったのに、命を助けてくれたのに。すぐにお礼を言えなくて、ごめんなさい」
「いや。当然のことだ。すまない」
 座ったままだった私にさっき脱いだばかりの大きな黒の羽織りを肩掛けてくれた那由多さんは、緩く首を横に振った。
 とにかく、こんな誰もいない場所で、彼と一緒に二人で濡れ鼠のままで居る訳にはいかない。
 自分の身が冷たい水に冷やされてしまっていたことを感じて、私が心配だったのは自分のことより那由多さんが風邪を引いてしまわないかということだった。不調を起こさぬように、出来るだけ温めてあげたい。
 ついさっき、自覚した彼には嫌われたくないという思いと、自分よりも彼の身を心配してしまった気持ち。
 そうだ。これは、間違いないと思う。
 私の気持ちは、もう決まった。こんな、彼と会って数日しか経っていないというのに。もしかしたら、経験豊富な誰かが、こういうことはもっと時間を掛けるべきだと忠告してくれるかもしれない。
 けど、何があったとしても、どうしても。私は、那由多さんが良いと思ってしまうだろう。
 きっと、これが恋という、誰かを恋しく思う言葉の意味だった。

◇◆◇

 川に落ちてびしょ濡れだった私たちは城へと辿り着き、早々にお風呂に入ってから着替えることにした。
 身体も温まり乾いた楽な着物へと着替えて、私はほっと息をついた。
 伽羅さんとのデートは、台無しにはなってしまった。川下り自体はあんなアクシデントがなければ、楽しんで帰れたのに。
 私の方から伽羅さんに仕切り直しをしようと、そう提案した方が良いのかもしれない。彼ら三人は、花嫁となる私の意志を一番に尊重するように言われているはず。
 そう考えながら、脱衣所の扉を開ければ真正面に、伽羅さんが居た。
「っえ!?」
「あ。ごめんごめん。驚かせた?」
 明るい笑顔で、手を振って伽羅さんは顔を近付けて来た。
「えっ……な、何ですかっ……」
「いや……はは。俺には本当に脈なしというか、対象外なんだということを確認していた。聖良さんは人の娘で可愛い。けど、俺の好きな女の子も、そういう目で好きなやつを見てた。だからわかるんだ。聖良さんは、あいつの事を好きになり始めてるんだろ?」
「……伽羅さん?」
 彼の持つ明るい軽い様子は鳴りを潜め、今の眼差しはとても真剣だ。
「……俺ね。勝てない勝負は、しない主義だったんだ。だって、そうしたらさ。絶対に負けることはない訳だろ? けど、負けてもそれでも良いと思えるくらいの、良い恋をいつかしたい」
 彼はいつも見せる明るい表情とは真逆で、やるせなさそうに最後呟いた。
「伽羅さんは、誰か……好きな人が、居るんですね」
 私がそう言ったのは、なんとなくの勘だった。彼は具体的な訳は言わなかった。けど、多分それで合っていたんだと思う。はっと顔を上げて、とても驚いた顔をしていたから。
「そう……俺は。この前の、歓迎の時の宴でも居ただろう。あの白蘭のことが、幼い頃からずっと好きなんだ」
「白蘭さんを……えっ……けど」
 言ってはいけない事を言ってしまいそうになった私は、思わず口に手を当てた。
 白蘭さんが多聞さんの事を人目も気にせずに追い掛けて、彼にまったく相手にされていないのは、短い付き合いしかない私でも知るところだったからだ。
 意外な間近に、恋の三角関係が存在した。
 そういえば、白蘭さんは多聞さんにとっては、妹のような存在だと言っていた。彼らは、親の立場が近く年齢も近い。全員が幼馴染のような存在なのかもしれない。
 伽羅さんは白蘭さんのことを好きだけど、その事実を長い間彼女には言えないような状況が、ずっと続いていたのではないだろうか。
「あー。うん。聖良さんが、何を言いたいかってことはわかってる。あいつは、本当に長い間、多聞のことだけしか見ていない。聖良さんも、魅力的で可愛いけど。やっぱり……白蘭を、諦め切れない。それに、俺じゃない男を好きな人を、また好きになってしまえば辛い……そういう想いは、もう何回も繰り返したくないから」
 私に白蘭さんのことを好きだということを、こうして打ち明けるのは、彼なりの誠意なのだと思った。
 まだ、彼の前で那由多さんと二人になったことは、ないはずだけど。
 もしかしたら私が那由多さんのことを、既に三人の中から選んでしまっていることを察しているのかもしれない。明るく軽く何も考えていない風に見せ掛けつつ、彼は繊細な人のような気がしていた。
 こうして花嫁争奪戦に参加をしてみても、相手との相性の問題もある。
 それに、伽羅さんはもし私と恋に落ちることが出来れば、ずっと報われずに続いていた辛い恋を忘れることが出来ると思っていたのかもしれない。
 けれど、きっと今日の那由多さんが見せた様子から、それはないと判断したのだ。だから、何回も辛い想いを繰り返したくないと、そう言った。私との万が一の可能性も考えて、自ら切ったのだ。
「うん。ずっと好きな人が、居るのなら。頑張って欲しい。私は、応援するよ」
「ありがとう。聖良さんも、那由多とお幸せに」
 片目を閉じた伽羅さんは、そう言って私に右手を差し出した。私も彼の大きくてあったかい手を握り返して、握手をする。

◇◆◇

 伽羅さんは花嫁争奪戦というものから一人抜けた訳だけど、やっぱりその決断も二か月後の私の選択までは、待つことになるらしい。
 途中まで送ってくれた伽羅さんと別れて部屋に戻り、窓を開ければ丸くて大きな月が見えた。
 かくりよから見えている月は、私が居た人間界、現世と同じ月らしい。
 顔見知りになって来た木の葉天狗に聞けば、やっぱり何度説明されてもわからないけど、二重になっている世界が同時に存在しているようなもので、月は月ということだった。
 両親のことが心配ではないかと言われれば、それは心配ではあった。私はいきなり神隠しでいなくなってしまっている訳だし、きっと方々に連絡を取って行方を探してくれているのかもしれない。
 薄情者なのかもしれないけど、それでもこの年齢まで育ててくれた家族の居る現世に帰りたいとは思わなかった。説明しづらい。この場所に居ることが、まるで自然なことのように思えるのだ。
 それに、那由多さんとの結婚が決まれば、両親も喜んでくれるかもしれない。
 彼はいずれ大天狗になる人物で、天狗族のエリートなのだ。きっと一生、食うに困ることはないだろう。一生とは言っても、私が何歳まで生きられるのかはわからないけど。

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