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食と韓国語・翻訳ノート18:떡(トク)

トク=もち?

韓国のコンビニでいつからか見かけるようになった、「もちロールケーキ(모찌롤케이크)。日本のローソンの「もち食感ロール」の韓国版で、日本への旅行者が増えるなか、日本のコンビニスイーツのなかで評判のいいものが、大企業のマーケティングを通して、こうして入ってくるらしい。

それはそうと、日本のもちをあらわす「モッチ(모찌)」という言葉は、すでに韓国語といっていい。モッチって何ですかと問えば、「日本のトク(떡)」だと答える。あるいは、「日本のもち米のもち(일본 찹쌀떡)」。「もちごめのもち」とは日本では言わない。アワとかキビとかあるけどそれは例外で、もちといえば、お雑煮や大福のアレがデフォルトだから。

日本でも、トク、またはトックという言葉は、「韓国のもち」としてけっこう知られているらしい。トッポッキ(トッポギ)に入ってる細長いアレ、といえばわかるものらしい。でも、トッポッキのアレって、ほんとうにもちなんだろうか。トッポッキのトク(カレットク 가래떡)は、食べたらわかると思うけど、もち米ではなく、ごはんと同じうるち米でできている。それも、もちのように米を炊いてから搗くのではなく、うるち米を粉にして、水でこねて固めたものだ。もち米のもちもちしたトッポッキもある。その場合はもち米トッポッキ(찹쌀떡볶이)。あくまで粳米がデフォルトだ。

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辞書で引いても、語学の教科書を見ても、トクはもちだという。でも、こういうのを「もちです」と言われたら、どうか。写真は「ペクソルギ 백설기」で、うるち米を粉にして水にとき、砂糖を加えて蒸したトク。このようにせいろなどで蒸したトクを「シルトク 시루떡」という。ペクソルギは、子どもの百日祝い(백일)などのときに用意される。見ればわかるとおり、これはもちというより、ケーキに近い。

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でもこのペクソルギの感じ、見覚えがあると思って記憶をたどると、九州のこのお菓子を思い出した。「かるかん(軽羹)」の材料となる「かるかん粉」は、ウィキによれば「米粉の一種で、うるち米を水洗いして、ひびを作り、粗く挽いた粉」。それを蒸す。かるかんは山芋を足してふわふわ感を増しているけど、これまさにシルトクにあらずや。

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薩摩といえば、秀吉の時代にずいぶん朝鮮人を連れて帰った国でもある。「島津斉彬が江戸から招聘した明石出身の菓子職人八島六兵衛によって安政元年(1854年)に軽羹が考案された」という説は、「正徳5年の藩主用の献立には、羊羹などとともに軽羹の記載」があることから否定されている(ウィキ)。正徳5年は1715年。ちょっとその可能性も考えてみる価値はあるかもしれない。朝鮮から連れ帰った陶工が藩主に「シルトツク」を献上したという文言があったのは、たしか鍋島藩の文書だったか、思い出せない。とにかく、トクはもちではない。少なくともイコールではない。でもモッチ(모찌)はトクに含まれる。では、トクとは結局何なんだろう?

ポイントは「粉」の生地

トク(떡)の辞書的な定義は、「穀物の粉をせいろで蒸したり、ゆでたり、あるいは油で焼いてつくった食べ物の総称(곡식 가루를 시루에 안쳐 찌거나 물에 삶아 만들고, 혹은 기름에 지져서 만든 음식의 총칭)」である(韓国民俗大百科事典)。もうここから「もち」とは違うことはわかる。糯米を炊いてから搗く日本のいわゆる「もち」には挽いて粉にする過程がない。どちらかといえば、米粉、つまり上新粉や白玉粉のほうが、トクのイメージには近い。かしわもちや白玉だんごはまちがいなくトクだ。

ただ、韓国にも、もち米を炊いてから搗くトク(つまり、もち)もある。大きく分節化すると、穀物の粒を粒のまま加熱して食べればパプ(밥/めし)、水分が多めの半流動体で、さじで食べるものはチュク(죽/かゆ)、粒を粉にしてこねたり、搗いてペースト状にしたりして固形化したものがトク(떡/トク)。いちおうこういうふうに言えそうだ。分節の要点はつまり、保存のきく炭水化物である穀物(そのままでは固くて消化吸収できない)を、どういうかたちで水分を加えて加熱し、食べやすくするか、というところにある。

ピンデトクという「トク」

ピンデトク(빈대떡)という食べ物がある。『食卓の上の韓国史』第四部の4章に登場するが、いまでもソウルの広蔵市場などに行けばあちこちで焼いている、ストリートフードの代表格といえる。

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ピンデトクの語源にもいろいろあるが、そのなかのひとつが「貧者のトク(빈자떡)」だと、『食卓…』にも紹介されている。貧乏人のトク。これを当初、「貧乏人のもち」と訳していたが、どう見てもこれはもちには見えない。それが、この「トクはもちか?」という疑問のきっかけになった。韓国人の友人に、「ピンデトク」のどこがもちなのかと聞いてみると、かれは考えこんでしまった。でも、さっきの定義に立ち返ってみれば、答えは簡単である。トクは「穀物の粉を……油で焼いてつくった食べ物」だからだ。ピンデトクの場合は、穀物でなく緑豆の粉でつくる。豆類でもイモ類でもけっこうオッケーなのが、トクだ。「油で焼いて」の部分、韓国語は「기름에 지져서」。「チヂダ(지지다)」という動詞は日本語にはないから「焼く」としか言えない。でも言葉がなくても、チヂミのことだといえばわかる。チヂミは油にひたして揚げ焼きにすることだが、それが粉の生地なら、やっぱりトクになる。お好み焼きはトクというには具材が多いが、一銭洋食は完全にトクの仲間に入れてもらえそうだ。

ホットク(호떡)という食べ物もある。中国のトク、くらいの意味だが、とくに最近のホットクは、ほぼドーナツに近い。あれ? ドーナツも、パンケーキも、カステラも、広い意味のトクなのではないか。

トク=パン?

こうも考えてみる。材料が穀物の粉で、それを加熱した食べ物がトク、というなら、その穀物が小麦粉ならパンではないか、と。これはけっこう難しい問題だ。まず、朝鮮半島はそれほど小麦が豊富な地域ではなかった、ということを知っておかなければならない。だから基本的に、小麦粉でつくるものは、麺(蕎麦でつくる冷麺は別)にしろ饅頭(マンドゥ)つまり、ぎょうざにしろ、中国の食べ物というのが古い認識としてある。そのうえで、朝鮮戦争後にアメリカから大量にもたらされた援助物資の小麦粉が、現代人の食生活に深く根をおろすなか、その小麦粉の消費のしかたとして、パンやチャヂャン麺やインスタントラーメンが浸透していった。この点は、日本の場合も大差ないかもしれない。つまり、穀物のグローバリゼーションが、わたしたちにパンやラーメンをもたらした、という意味で。

ただ、洋食店や給食でパンを主食とすることに慣れ、食パンのトーストが朝の食卓に浸透することで、日本ではパンが「ごはんに代わるもの」になったとするなら、韓国ではそうはならなかった。

対馬で済州島のシャーマンが儀礼をおこなうのに同行したことがあるが、そのとき、供え物のトクが手に入らないというので、地元のスーパーでかれらが買ってきたのは、長崎カステラだった。つまり、トクは、ケーキやパンと互換性があるのだ。韓国では、パンは「ごはんに代わるもの」ではなく、「トクに代わるもの」である可能性について、ちょっと考えてみるべきかもしれない。

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