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「聖なるズー」

最近読んだ本で、一番衝撃を受けた「聖なるズー」。2019年 第17回 開高健ノンフィクション賞を受賞した、動物性愛者「ズー」について書かれたノンフィクションで、主にドイツの動物性愛者の団体に属する人たちへの取材で構成されている。筆者自身の性暴力の経験から、人間にとってセックスとは何なのかという問いを、多くの人にとってアブノーマルに見える動物性愛という指向の持ち主から分析していく本。言葉の通じない、知能も違う存在である動物と人間がセックスをするにあたり同意を得られるわけがない、対等でいられるわけがない、と多くの人は思い、動物虐待者とされることも多いズーだが、筆者は偏見を持たず、とても冷静な目で彼らの主張を積み重ねていく。

動物性愛者について書かれた本を読むなんて、変態なの?と言われかねないけれど、これは…すごい本だ。語彙力を失ってるな。さらさら読むのは難しいが一気に読みたくなる。あまりに性のことを赤裸々に語られるから強い衝撃を得るのだけど、この本はそもそも特異な存在のことだけを書いた本ではなくて、人間においてセックスとは、性的指向とは、という本質的な問いに真剣に向き合う内容だ。どんな対象を好きになるかにかかわらず、性とは無関係ではない人にとっては、決して人ごとではない。ただの、センセーショナルで異端なものが書いてあるだろうという下卑た興味を持って読むには重い内容だ。

性的指向というのは先天的なもので、選ぶことはできないと考えるのが一般的だが、ことズーにおいては、考え、選び取ってそうなったという人がいるのが面白かった。また、動物性愛者=獣姦をする人でもないということも。愛の形も性的な関わり方もそれぞれである。

ところで、私は自分のことをバイセクシャルだと思っているのだけど、同性との交際経験はライトなものしかない。若い頃のことで女子校だったこともあり「それは思春期の一時的なもので、"卒業"するやつでしょ」と言われたり「それはバイとは言えないのでは?」と笑われたりする。じゃあ、ストレートだと自認するも異性との性的経験がない人にも「それではストレートだとは言えない」なんて問い質すんですか?と聞きたい。必ずしも人を好きになっている証明にセックスが必要ではないと思うし、性的欲求を感じてもセックスまで至らないことなんて男女だってままあるでしょうに。

話を本の内容に戻すと、私も愛犬家であり動物全般が大好きだが、性的な目で見たことはない。作者と同じく、動物は人間が守るべき弱き生き物であって、こどものような存在であるから、彼らは性的な欲求を持つ存在ではないと思い込んでいたと思う。動物愛護的観点からは、飼い主にとって去勢・避妊手術をすることは、予期せぬ繁殖を抑え、動物の病気リスクを減らすために勧められるべきことだと思っていた。しかしそれは愛玩動物としての面であって、ズーからすれば、愛するパートナーにも性的な欲求はあると捉え、それを排除するほうが動物のことを考えていないという価値観だ。よく考えたら人の足に飛びついて腰を振る犬を見たことは何度もあるし、雌の犬の生理を見たこともあるのに。こどものように扱うけれど、彼らは立派な成熟した個体であるのだから、性的欲求もきっとあるはずだ。ただ、それを感じ取って人間である自分が種を超えて受け入れようとは思えないし、やはり虐待になりかねないと思うけれど…。

この本の中では「ペニスの持つ暴力性」について考える部分もあって、とても興味深かった。上記の、私が自身をバイセクシャルだと思うという話をしたときに指摘されたことがあるが、そもそも女性同士のセックスでは挿入を伴わないこともあるから、何をもってセックスをした・していないとするかは人によって違う。レズビアンの人にとっては道具などを使って挿入をする人もいるし、挿入は男性にペニスで支配されるという暴力性を感じて嫌悪する人もいる。
動物とのセックスにおいても、動物虐待と見なされるかどうかは、人間のペニスを挿入するかどうかが大きい。でも、人間同士の性虐待や性暴力でも、必ずしも男性から女性に対するものだけではないし、ペニスの挿入がなければ暴力に当たらないとも言えない。

「男性、厳密にはペニスを悪者に仕立て上げたところで、解決策を生むどころか、強者と弱者、加害者と被害者のわかりやすい二項対立を生み続けるだけだ。性暴力の本質はもっと別のところにあり、それは性別や正規の形状とは根本的に無関係なはずだ」

この記述が素晴らしいと思った。まさに、動物性愛者から人間そのもののセックスとの関係性を分析しているところだと思う。


センセーショナルなテーマを取り上げたこの本は、動物愛護団体が出版停止のために動いたり、やはりゲテモノ扱いをされたりしたようだ。もちろん登場するズーたちの言うことの中には理解できることもできないこともあり、理解はしても同調はしないことも大いにある。でも、動物に対して、人間に対して、性について、たくさんの視点から考えることができた。

いやー、すごい本があるもんだ。

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