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チョコのお賽銭 ~お題2つでショートショート その2~ 『神社』『チョコレート』

 「はぁ……やっと学校が終わった」
 家に帰るときはいつもある場所に寄ることにしている。
 帰り道の途中にある駄菓子屋だ。
 いつもそこでチョコレートを買うのである。
 チョコレートといっても板チョコのようなものではなく、小さくて一口で食べられるものだ。
 
 駄菓子屋につくと、俺はチョコを二個手に取って店員のおばちゃんに差し出した。
 「今日はそれにするのかい?楽しめるとおもうよ」
 「ありがとう」
 俺はお代を払ってお礼を言いその場をあとにした。
 
 チョコを手に持ち外に出ると、俺は近くにあった神社のベンチに座って二個買ったうちの一個を口の中へ放り込んだ。
 
 ――その時だった。
 
 「うっ……」
 頭にズキンと痛みが走った。
 ――視界が歪み、意識がかすんでくる。
 そしてベンチからバタリと地面に倒れこみ、俺は気を失った。

 「――――おい――おい、おい!大丈夫か!」
 かすかに聞こえていた声が徐々に大きくなり、俺の意識は再編成されてゆく。
 夢から覚めたように前を見ると、一人、男の人が立っていた。
 「おい、大丈夫か?」
 「……あ、はい……大丈夫です」
 「そうか、地面に倒れていたから心配したぞ。じゃあな」
 どうやら倒れた俺を心配して、声をかけてくれたらしい。

 気づくと頭痛もなくなっていて、視界もはっきりしていた。
 「さて、俺も行くか」

 俺はゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。
 境内に子連れの夫婦が参拝に来ている。
 ――あぁ、そうか。ここは神社だったな。

 父親は財布を取り出した。
 俺は当然、賽銭箱に入れる小銭を取り出しているのかと思っていたが、その人が取り出したものを見て衝撃を受けた。

 ――え? チョコ? 

 その人はチョコを子供と母親に渡し、みんなで神社の賽銭箱に入れている。
 ――おいおい、本当に何してるんだ? バチが当たるぞ? 
 ――そもそも、なんであの人は財布に中にチョコを入れているんだ?

 俺はどうしても気になって、思わずその父親に声をかけてしまった。
 「すみません、先程チョコレートを賽銭箱に入れていましたよね?」
 父親はこう答えた。
 「えぇ、そうですが……何か問題でも?」
 ――いや問題しかないでしょ! 
 そうツッコミたい気持ちをなんとか抑え、俺は続けた。
 「賽銭箱はお金を入れるものじゃ……? チョコなんて入れたらバチが当たりませんかね?」
 今度は母親の方が不思議そうな顔で言った。
 「あなたこそ何を言っているんですか?」
 横で退屈そうにしていた子供が母親の服を少し引っ張って言った。
 「ねぇ、もう行こうよ」
 「そうね。行きましょうか」
 その家族は変な奴を見るかのような目で俺を一瞥し、去っていった。
 ――なんだ?あの家族
 ところが、その後次々と現れる他の参拝客を見て俺は驚いた。

 どの参拝客も皆、賽銭箱にチョコを入れているのだ。
 
 ――え? どういうことだ?

 俺は混乱しながらも冷静に今の状況を考えてみた。
 この神社の神様はチョコレート好きなのか? 
 いやそんなはずはない。今までに何度もここに来ているが、一度も賽銭箱にチョコを入れている人なんて見たことがない。
 
 
 俺は首をかしげながら神社から出た。
 通りにある精肉店でカウンター越しに買い物をしている人がいた。
 「はい、お客さん。豚のこま切れ400gね」
 客は商品と引き換えになんと……チョコレートで支払をしていた。
 ――え? 
 さらに周囲を見渡す。
 向こうの青果店でも、八百屋でも、さらにはコンビニでも、支払は全てチョコレートで行っていた。
 まさか……『この世界』ではチョコがお金として使われているのか?
 

 ――なるほどそう来たか。『今回』もなかなか面白い。
 
 …………そろそろ帰るか。本当はチョコを使って買い物できるか試したいところだが、あいにく俺はもうさっき買った二つのチョコのうち一つを食べてしまった。もう一つしか残っていないし、これを使ったら取返しのつかないことになる。

 俺は神社のベンチに戻ると、『帰還用』であるもう一つのチョコを口に入れた。

 再び頭痛が俺を襲う。視界が歪み、意識が遠ざかる。

 「うっ……」
 ――意識が戻ると、俺はベンチから立ち上がった。
 俺はすぐにあの駄菓子屋へ向かう。

 「あんたかい。もう帰ってきたのかい?」
 店の中に入ると、店員のおばちゃんが話しかけてきた。
 「おばちゃんの言う通りだった。楽しめたよ」
 「そうかい。楽しめたのなら良かったよ。でもいいのかい? こんなに早く帰ってきてしまって。いつもはもっと戻ってくるのが遅いじゃないか」
 「チョコがお金として使われているんだぞ? あれっぽっちのチョコじゃ無一文のようなもんだ。そんな世界でなにかやることがあると思うか?」
 「ハハハ、無一文か。確かにそうだね」
 おばちゃんは笑って言った。
 「で、明日はどのチョコにするんだい?」
 「明日ここに来てから決めることにするよ」
 「そうかい。じゃあまた明日ね」
 そうして俺は駄菓子屋をあとにした。

 さて、明日俺が行く世界はどんなところだろうか。……楽しみだ。

<了>


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