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喫茶店の定期券 ~お題2つでショートショート その10~『定期券』『日曜日』

 カーテンの隙間からこぼれるやわらかい光に誘われ、僕は目を覚ます。布団に吸い付いていうことを聞こうとしない体をなんとか動かして起き上がった。窓を開けると、鳥のさえずりが聞こえてくる。

 今日は日曜日、高校は休みである。学校の時間割に縛られずに、気の赴くまま生きられる数少ない日。何も考えずに家でゴロゴロするのも悪くないが、僕は日曜日にはある場所に行くと決めている。そのため、僕は鞄を肩にかけていつも通り駅へと向かった。


 駅に着くと、僕は鞄から定期券を取り出して自動改札機にかざし、ホームへと向かう。

 この定期券はいつも学校に行くときに使っているものだ。これから向かう場所は学校のある駅にあるので、定期券を使うことができるのである。

 僕だけかもしれないが、日曜日に通学定期券を使うのは妙な優越感がある。他の生徒で日曜日に定期券を使う人は少ないだろうし、ホームにいる他の客の中で定期券を使っているのもほんの一握りだろう。他の人とは違うというような、そういった特別感があるのだ。だから、僕は日曜日にこうやって出かけるのは嫌いではない。日曜日になると決まってその場所に行くのも、これが理由の一つだったりする。

 そんな優越感に浸りながら、僕はやってきた電車に乗る。


 電車に揺られて五十分、目的の駅に着いた。昨日も学校に行くときにこの駅には来たはずなのだが、何故だろう。なんだか久しぶりに来た気がする。やはり学校にいくのとは少し感覚が違うからだろうか。僕は改札を出て、少し悪いことをしている気分で、いつもの通学路とは少し違う道を歩いてゆく。数分歩くと、昔ながらのカフェが見えてきた。まさに老舗という雰囲気で、高校生なのになぜか懐かしい感じがする。僕はその店に入り、いつもの場所に腰掛けた。

「おや、今日も来てくれたのかい」

 そう声をかけてきたのは店長のおじいさんである。

「注文は、いつものでいいかな?」

「はい」

僕がそう答えると、おじいさんは水の入ったコップを僕の目の前に置きながら「いつもありがとうね」と言ってにこりと笑った。

「いえいえ、この店には僕が好きで来ているんですし、むしろ感謝をしなくちゃいけないのはこちらのほうですよ」

「じゃが、家はここから遠いんじゃろ? 時間もかかるだろうし、毎週来ているんじゃから電車代も結構かかるんじゃないのかい?」

 おじいさんは注文したコーヒーを淹れながらそう聞いてきた。

「通学定期券を使っているので、電車代はかかっていないみたいなもんです。でも、確かに定期券が無ければ結構な額になるので毎週来るのは難しかったかもしれないですね」

「それで坊主が毎週来てくれるんだから、定期券には感謝しなくちゃじゃな」

 おじいさんはそう言って笑う。

「それに、かかる時間は一時間ほどで少し長いですが、この店にはそれくらい時間をかけても来る価値があると思っているので」

 僕がそう言うと、おじいさんは少し苦笑いをする。

「ありがとうね。そういってもらえるとわしも嬉しい。じゃが、今日も坊主が初めての客なんじゃ。昔はこの店も繁盛してたんじゃがなぁ……」

 おじいさんは閑散とした店内をゆっくりと見渡し、少し笑みを浮かべた。昔の店内の風景を懐かしんでいるのかもしれない。

「昔は、日曜日になると沢山の人がこの店にやってきていた。仕事が休みの会社員も学校が休みの学生も……。それはもう賑やかじゃった。わしもお客さんが来てくれるのをいつも楽しみにしていた。この店はわしも含め、まさにみんなの憩いの場だったんじゃ」

「……そうだったんですね」

 僕がそう言うと、おじいさんははっとしたような顔をして申し訳なさそうに言った。

「おっと、すまんすまん。こんな話をしてもつまらないじゃろ。日曜日にいつもやってくる坊主を見るとなんだか昔を思い出してしまうんじゃ」

「いえいえ、僕もこの店の雰囲気は気に入っていますし、日曜日になるとこの店に沢山の人がやってきていたのも納得できます。今はお客さんが少ないようですが、僕は好きですよ。この店」

 僕はおじいさんに笑顔を向ける。すると、おじいさんも笑顔になる。

「ありがとうね。坊主みたいなお客さんがいると、わしもまだこの店を続けようと思える。実を言うと、ここ最近赤字が続いていてのう。店を続けようか悩んでいたところなんじゃ。わしももう年じゃしな」

「そうなんですか!?」

 僕は驚いてそう言った。僕はこの店のことが大好きなので、なくなるのだとしたら本当に悲しい。だが、店を続けるかどうかを決めるのはおじいさんだ。一人の客である僕がとやかく言う筋合いはない。

おじいさんは続ける。

「じゃが、この店を好きでいてくれるお客さんがいる以上、店は当分の間続けようと思っておる。少なくとも、坊主が来てくれる間はな」

「……そのことなんですが」

 言うかどうか迷ったが、言わなくてはならないと思い、僕は少し心苦しい気持ちで次の言葉を発した。

「――実は僕、来週引っ越すんです。親の転勤の影響で。かなり遠い場所へ引っ越すので、しばらくこの店には来れないかもしれない……です。」

 そう言い終えると、しばしの沈黙が訪れた。しかし、しばらくしておじいさんが口を開く。

「……そうか。ご両親の転勤なら仕方ない。これに関してはどうしようもないからのう。……引っ越し先でも元気でな、坊主」

 おじいさんは笑顔でそう言い、淹れたてのコーヒーを僕のテーブルに置いて奥の部屋へと去って行ってしまった。僕はそんなおじいさんのその背中をずっと見つめていた。気のせいかもしれないが、その時のおじいさんの笑顔は、なんだかいつもの笑顔とは何だか違うような気がした。

 コーヒーを飲んでしばらくゆっくりした後、僕は奥にいるおじいさんを呼んで会計のお願いをした。

 会計をしている間、僕とおじいさんは一言も発さなかった。お互いにどう声をかければよいのか分からなかったのかもしれない。

 会計を終え、僕は出入口のドアノブに手を掛ける。しかし、僕はドアノブをひねらずに数秒間かたまった。そして、僕はゆっくりとドアノブから手を放し、おじいさんの方に向き直る。

「あの、僕絶対、大学はこっちの大学に進学するので、その時はまたよろしくお願いします!」

 僕はそう言って礼をすると、おじいさんはいつもの笑顔で少し冗談っぽく言った。

「あぁ、この駅がまた定期券内になったら、また毎週来ておくれ。それまで元気でな、坊主」

「はい!」

 僕は元気にそう答え、定期券を握りしめて店を去った。


<了>

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