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原点としての「丸刈り」闘争(番外編)親の視点

(2011年1月14日「松ちゃんの教室」ブログ記事再掲)

 小学校ではもっぱら先生の言うことをよく聞く、優等生タイプの「いい子」だった。それが、中学を卒業するころには学校にも教師にも大きく失望し、それが行く行くは大学で教育学部に入り、自ら教員を目指す原動力にもなった。いま思えば、「丸刈り」校則に象徴された学校システムや、オトナ社会との「闘い」は、一教員を経てジャーナリズムに携わることとなる私の歩みの原点でもあった。実家で発掘した中学当時の文章も交えながら、この場を借りて改めて振り返っておきたい。

 発掘した資料の中から、当時、私の父が頼まれて寄稿したという手記も
出てきたので、それを引用しつつ、保護者の目にどう映っていたかを検証したい。

 生徒の知らないところでは、こんなやり取りもあった。PTA総会でのこんな一幕。

 「この際に先生方に是非お願いします。このような問題を考える時、顔をどこに向けるのかということです。マスコミがどう言ったとか、教委(教育委員会)の顔を伺うのではなくて、生徒達の質問、疑問、行動に真正面から向き合っていただきたい。憲法、教育基本法、子どもの権利条約を踏まえた教育の場にふさわしい対応を是非お願いします」
 期せずして(五人程でしょうか)会場から拍手がおこりました。その拍手を背に着席したというわけですが、当然おもしろくない人々もいたことでしょう。
 総会を終えて会場を出ようとした時、お二人の方に声をかけられました。お一人は、この四月に東京から転勤されてきたというお母さんでした。
 「(中略)今どきこんな世界(中学生男子全員が丸坊主にされる)があるなんて、とても考えられませんでした。この四月に福島に来て以来、ずーっと悩み続けていたのです。……」
 もうお一人は、学年主任の先生でした。私の双子の息子のうちの一人が、髪を伸ばしたまま登校していたからです。廊下を歩きながら、そして玄関先で話し合いました。
 「いろいろあるでしょうが、三年生のアルバム撮影がありますので、よろしくご協力をお願いします」
 「協力を惜しむつもりはありませんが、先ほど校長先生だって、丸刈りの教育的意義について知らないと言っていたではないですか。これこれの意味があるのでご協力下さいと言われ、なるほどと納得がいくのでしたら、喜んで協力させていただきますが……」
 「ですからこそ、ともかくご協力をお願いしたいのです。学校というところは一朝一夕には変わらないということを、あなたもご存知でしょう。それに、こうしたやり方(学校の規則を破って一方的に伸ばしてしまうこと)では、かえって問題が大きくなるのでは!?」
 「私だって、息子には無理して無駄なエネルギーを使う必要がないのじゃないか。どうせ、他の中学校が頭髪の自由化に踏み切れば、雪崩現象になるし、それも時間の問題だよ、と言っているのですが、納得しないのですね。外側にいる評論家と違って、当人たちにとっては真剣な問題なんだと思いますよ。それに、くどいようですが、丸刈りに意味があるのであれば協力を惜しまないと言っているのです。それなのに、問題が大きくなりますよ、だって? 教育的意義のひとつも説明できないものを押しつけようとされるなら、そんなものどんどん大きな問題になってほしいと思いますよ」
 これに対し、結局「とにかく、ご協力下さい」ということで、生徒玄関口でのお別れとなりました。

 世が世なら、間違いなくモンスターペアレントのレッテルを貼られていたはず……。この親にしてこの子あり(笑)。

 しかし、高校教員の目からすれば、「入試で不利になる」とか「高校の先生に目をつけられる」などと言って生徒を脅し、従わせるやり方は、さぞ滑稽に映ったことだろう。

 兄は結局、長髪のまま卒業アルバムに載り、頭髪規制も父の指摘どおり、なし崩し的に解除された。

 今となっては、父に声をかけてきた母親が言うように「こんな世界があるなんて……」というレベルの笑い話にしかならないが、鹿児島県を中心に、いまだ「丸刈り」を続けている学校が数十校も存在する。

 しかし、問題は「丸刈り」ばかりではない。「非行の防止」「伝統の維持」などという美名のもとに、信じられない人権侵害が平気でまかり通っている。

 そして何よりも怖いのは、それが当たり前の世界では、当事者である生徒や教師が、何の疑問も抱かず(抱けず)に隷従してしまうということである。かつて、上官には絶対服従を強いられ、国のために死ぬことが当たり前だったように……。


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