見出し画像

小説|赤いバトン[改訂版]|第2話 折り紙(語り:リカコ)

姉のユカリは、昨年結婚して、名前が[小荒こあらユカリ]になった。
旦那さんの苗字の小荒(こあら)は激レア苗字みょうじで、わたしも初めて聞いた。
交際中から結婚まで「コアラの好物はユーカリ」だの「奇跡のダジャレ」だの、周囲からさんざんいじられたが、最近はあまり言われなくなったようだ。でもわたしは、スマホの姉の登録名を[ユカリ(えびせんべ)]から[東山動植物園(えびせんべ)]に更新後、ずっとそのまま変えていない。おもろすぎて変えるつもりもない。
さっき、その東山動植物園(えびせんべ)から電話があった。
わたしがおくったマッサカ肉、小荒こあらさんからプレゼントされたスチーマー、わたしの最近の愚痴ぐちとかを話していると、唐突とうとつに、
「赤いバトンっていつから始まったか、あんた知っとる?」とたずねてきた。
「なんなん? おねえ、いきなり」
「あんなー、ウチらはさー、普通のことやんかー、けどなー」
わたしは「聞いた覚えがあるけど、昭和の、確か……」と言いかけて、
「あ、けど、わたし、別の赤いバトンの話も知っとる」
ふと思い出した。

わたしが知っている[赤いバトン]の話は、二つある。
一つは、卒業証書を入れる赤い筒の話。
この[赤いバトン]は、地元のことなので当然知っている。現物げんぶつも持っている。わたしと姉の二本、実家に保管してある。
もう一つは、姉と電話をしている時に思い出した。
十年ほど前、当時わたしは教育学部の学生で、実習もかねたボランティアで、一週間、児童館のお手伝いに行った。ちょうど母の日を迎える直前の週だったので、「お母さんにお手紙を書こう」という行事に立ち会った。十人ほどの子どもたちが、児童館の職員さんから配られた、可愛らしいキャラクターのレターに向き合っているなか、一人だけ折り紙のウラにメッセージを書いている子がいた。
新一年生になったばかりの、コウスケくん。
有名な競泳選手と同じ名前だったので、わたしの記憶[コウスケ]に間違いない。
コウスケくんがメッセージを書き終わるまで待って、
「折り紙のウラでいいの?」とわたしは確認した。
するとコウスケくんは「おねえちゃん、おしえてあげる」と言って、
くるくると折り紙を筒状つつじょうに丸めて、わたしに差し出してきた。
「はい。ありがとうのあかいバトン」とコウスケくん。

姉にここまで話すと、
「それ、たまたまのヤツやん」とツッコまれた。
わたしは「いいから最後まで聞いてて」と姉を制止せいしして、つづきを話した。

コウスケくんは「ウチにね。おかあさんのあかいバトンがあって……」と話し始めた。
「そのバトンは、サンキューせんせいからもらったバトン」
「サンキュー先生から?」
「うん。おかあさんが、ちゅうがくせいのときにもらったバトンで……」

わたしは姉にまず、サンキュー先生について説明した。
女性教諭の出産休業から育児休暇きゅうか中に、その職務しょくむ代行だいこうする臨時りんじ任用にんよう教員(産休育休代替だいたい教員)のことで、任用にんよう期間は、赴任ふにん先の学校や自治体によって異なるが、多くは一年程度。サンキュー先生というのは通称つうしょうで、昔はそう呼ばれることもあったが、今ではほとんど使われていない言葉。
「そうなんやー、さすが教育学部卒やんな」と姉。
「ま、先生にはならんかったけどな」と一般企業で働くわたし。

で、コウスケくんの話。
わたしが記憶していることは、コウスケくんのお母さんがサンキュー先生からもらった赤いバトンには、ありがとうの手紙がついていて、番号もついていたようだ。何番だったか聞いたような気もするが、今ではすっかり忘れてしまった。

~ 第3話 親友(語り:コトノ)に、つづく ~


~ 全20話、一気に読みたい方は、AmazonにてKindle版 販売中 ~
Kindle Unlimited会員の方は、無料(いつでも読み放題)です


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?