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小説|赤いバトン[改訂版]|第6話 校長先生(語り:リカコ)

東山動植物園(えびせんべ)=姉から電話が掛かってきた。
「お疲れさまー。リカコ、今ええ?」
「ええよ。わたしも電話しよう思っとったし」
「そうなん? なに、なに?」
「おねえから先でええに」
姉の話は、地方のラジオ局とはいえ、脚本家デビューという特報。
「おったまげーの、もうぶっとびー!」
で、ペンネームを考え中とのことらしく、候補こうほをいくつかげてきた。
「リカコはネーミングセンスあるやん。どう思う?」と姉。
「ぜーんぶ、ボツ!」わたしは率直そっちょくに答えた。
「わたしはプロやないけど、おねえらしない」
「せやもんで、ぜーんぶ、ボツ!」
「そうやんなー」と納得した姉。
「カタカナで、コアラユカリはダメなん?」とわたし。
「それ、めっちゃ悩んだんさー」
「……もっぺん考えるわ。……で、リカコの話は?」
「こないだ話しとった赤いバトンな」とわたしが切り出すと、
「それ分かったで、いつから始まったか」と姉、即答そくとう
「中学校のホームページに普通にっとった」と返してきた。
わたしが「一九八五年、昭和六十年からやろ」とかぶせると、
「リカコも調べたん?」と姉。

実はわたしもすでに母校のホームページを確認していた。
当初は[祝卒業]から[ありがとう]への変更予定のみだったが、せっかくならということで、あわせて筒の色も、おめでたい赤にしたと記載きさいされていた。
この地元の赤いバトンの話は、一応いちおう解決していた。
……一応いちおう
わたしが「じゃなくて、コウスケくんの方な」と言うと、
「それ、めっちゃ気になる。なに、なに?」と姉。
「あんなー、おねえも知っとるノリコがさー、小学校の先生やんかー」
「赤ミソじるの、ノリコちゃんな」
味噌汁みそしるとはちゃう。言いにくいかもやけど、赤ミソジーズな」

名駅めいえきでの定例み会の数日後、ノリコから電話があった。
わたしはいつもの「おったまげー!」のふざけたリアクションも忘れて、
「そうなん? マジで? ……そんな偶然ってあるん?」とただただ驚いた。
ノリコは、勤務先の小学校で、ある男の先生に、ありがとうの手紙がついている赤いバトンのことをたずねたと言っていた。
その先生というのが、来年、定年退職される予定の校長先生で、
あっさり「はい。その話なら、詳しく知っていますよ」とおっしゃったそうだ。
「市内の中学校での出来事ですが、……赤いバトンですか?」と校長先生。
「はい。赤です」とノリコが答えると、
校長先生は首をかしげて、
「半分、青いですよ」とおっしゃったそうだ。

姉からはあんじょう「去年の朝ドラかよ!」とツッコミが入った。
さすが血縁けつえん。実はわたしも姉同様、電話をくれたノリコに対して「故郷こきょうは岐阜かよ!」とツッコんでいた。

「その校長先生、コウサクっていう名前らしいんやけど」とわたし。
「その情報、るん?」
らんけど、コウサク先生、元々、中学校の美術教師なんよ」
「美術の先生で、コウサクな。……ほーら、ダジャレ情報やん」と姉。
「はよ、つづき、つづき。ん? ちょっと待って」と姉。
「中学校から小学校への異動いどうって、あるん?」
「全然あるに。その説明はめんどいんで、はしょるわ」とわたし。
コウサク先生の話によると、ノリコの勤務先の小学校と同じ市内にある中学校。昭和五十八年の二学期終業日。クラスは二年D組。そこでの出来事らしい。
「そんな昔のこと、そんな詳しく?」と姉。
「まさか、コウサク先生がサンキュー先生?」
「じゃなくて、コウサク先生の奥さんがサンキュー先生なんよ」とわたし。
姉は「そうなん? それマジでスゴない?」と言って、
「偶然、偶然、偶然、偶然、大行列しとるやん」と表現した。

姉の表現は正しい。ノリコにとっては、まさしく偶然の大行列で、奇跡の連鎖れんさ。学生時代にたまたまボランティアで訪問した児童館で、たまたま出会ったのがコウスケくん。そしてコウスケくんのお母さんの中学時代の恩師おんし、しかも臨時りんじ代替だいたい教員(サンキュー先生)だったのが、クミコ先生。そしてそのクミコ先生の旦那さんが、コウサク先生。現在、ノリコはそのコウサク先生が校長をつとめている小学校に在任ざいにん。しかし来年、コウサク先生は定年退職をされる予定。時や場所がちょっとでもズレていたら、つながらないストーリー。ノリコが赤いバトンのことをたずねていなかったら、つながっていないストーリー。
ノリコから奥さんの名前もしっかり聞いたので、わたしはちゃんと[クミコ先生]と言いたい。もちろん姉も賛同さんどうしてくれた。サンキュー先生とするのは、なんだか失礼な気がした。

「それはそうと、半分青いは、どういうことなん?」と姉。
「うん。それな……」わたしは説明した。
「男子は青いバトン、女子には赤いバトンが渡されたん」
「で、バトンにつけられていた番号は、それぞれの出席番号だったらしい」
わたしがそう回答すると、姉は納得した。
「クラスの半分、男子が青な。だから、半分青い、なんやな」

コウサク先生の話によると、昭和五十八年の二学期終業日。その日は、クミコ先生の中学校勤務最終日。さらに教職最後の日だったらしい。だから、担任をしていた二年D組四十人全員に、ありがとうの手紙つきのバトンを渡した。男子には青色を。女子には赤色を。そして年が明けて昭和五十九年三月に、クミコ先生はコウサク先生と結婚して専業主婦になられたそうだ。だからコウサク先生は、とてもよくおぼえていたらしい。
そしてわたしは、姉にもう一つの事実を伝えた。
「ウチらの地元の中学校も、このエピソードを参考にしたみたいやに」

~ 第7話 尾張が始まり(語り:ユカリ)に、つづく ~


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