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小説|赤いバトン[改訂版]|第1話 卒業の日(語り:ユカリ)

わたしが通っていた三重県のある中学校では、卒業証書を入れる丸筒まるつつの色が赤でした。一般的には黒ワニがらの筒なので、たぶん珍しいと思います。でも、市内の中学校すべてが赤い筒だったので、てっきり全国の中学校も同じように赤い筒だと思っていました。
卒業証書を入れる、この赤い筒。実は、もう一つ、特徴があります。この特徴も、地元のわたしたちにとっては、当たり前のことだと思っていました。卒業式当日、その特徴というか、特別な意味について、担任の先生から説明されます。

体育館での式典しきてんが終わって教室に戻ると、担任の先生から赤い筒が配られました。クラスみんなを前にして、先生がこうおっしゃいました。
「今、あなたたちに渡した筒には、[祝卒業]ではなく[ありがとう]という言葉が印刷されています。これはわたしたち教職員全員からの感謝の気持ちです。あなたたちが卒業を迎えた今日が、とても嬉しい。とてもほこらしい。何よりあなたたちとの日常は、わたしたち教職員にとっても、かけがえのない思い出になりました。みなさん、本当に卒業おめでとう。そしてみなさん、三年間、本当にありがとう。それから、家に帰ったら、必ず保護者の方に、その筒ごと渡してあげてください」

午後七時ちょっと前、家に帰ったら、玄関で母にしかられた。
「ユカリ! あんたこんな時間までどこほっついとったん!」
卒業式が終わっても、みんなと学校で遊んでいて、先生に「早く帰りなさい」とうながされて、学校出て、そのあと友達んで……と、言い訳つづけても、母はプンプンだったので、
「……ごめん」と言いながら、卒業証書の入った赤い筒を差し出した。
筒に印刷された[ありがとう]を目にすると、一瞬にして母は黙った。
わたしはキヲツケして頭を下げた。
「お母さん、三年間、本当にありがとうございました!」
すると母は突然泣き出してしまった。
……で、その日の夕食は、すき焼きだった。しかも[屋]で買ってきたマッサカ肉。
家族四人で食事中も、母はニヤニヤ卒業証書をながめていたので、
わたしは「汁が飛ぶやん!」と注意した。
わたしの家は、父と母とわたし、二つ下の妹の四人家族。ウチでは、おめでたい日は、市内にある高級精肉店[屋]の、マッサカ肉のすき焼きと決まっている。その日も、母と妹が昼過ぎに買い出しに行ったようで、母は中一の妹から「おねえ、まだ学校におると思う」と聞いてはいたものの、わたしが午後六時を過ぎても全然帰ってこない。ウチの夕食は、父が帰ってきたあとの、いつも午後七時半頃。父の帰宅時間前に帰ればいいやと思っていたわたしは、結局、母をイライラさせて、ワンワン泣かせて、ニヤニヤさせてしまったのである。
……という訳で、わたしの地元では、卒業証書を入れる赤い筒のことを、先生から卒業生に渡され、卒業生からその保護者に渡ることから、[ありがとうの赤いバトン]と呼ばれている。

今日、三十二歳を迎えたわたしが、旦那に十七年前の、卒業式当日のエピソードを話していたら、
「そのバトンって、今どこにあるの?」とたずねてきた。
「実家。わたしたち姉妹の二本、どっかにしもたると思う」と答えると、
「でもさぁ。ありがとうのバトンって、マジでいい文化だよね」と旦那。
「うん。そう思う。いつから始まったか、ちゃんとは知らんけど」とわたし。
……で、わたしの誕生日。今日の夕食は、すき焼きだった。
なんと妹のリカコが、[屋]のマッサカ肉を通販購入&配送してくれたのである。
夕食後にお礼もかねてリカコに電話をすると、
「おねえ、三十二歳、おめでとー!」とお祝いの言葉。
「さすが、リカコ。ほんと、ありがと。やっぱ屋はモノが違う」
「知っとる。おねえへのプレゼントはマッサカ肉、一択いったく!」
わたしは、かれてもいないのに、
「旦那からは、リクエストしとったスチーマーだったんやに」とプチ自慢。
「そうなん? よかったやん!」とリカコ。
「そんでなー」しばらくいろいろ話したあと、
「でさ、リカコ」
「赤いバトンっていつから始まったか、あんた知っとる?」とたずねてみた。

~ 第2話 折り紙(語り:リカコ)に、つづく ~


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