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小説|赤いバトン[改訂版]|第12話 Q&A(語り:クミコ)

そういえば、あのあとのお話がまだでした。
コウサク先生に代わって、わたしがお話しします。

夏休みを間近まぢかひかえた七月のある朝、2‐D全員が校長室に押しかけて騒動そうどうを起こした。
しかし、生徒たちの勘違かんちがいだったことと、
「お騒がせして申し訳ありませんでした!」と校長室で。
「お騒がせして申し訳ありませんでした!」と職員室で。
二度の謝罪で、2‐Dは無罪放免むざいほうめんになった。

「すいませんとか、申し訳ありませんで、その場が一件落着するなら、何度でも頭を下げればいいんです」
コウサク先生のこの言葉は正しかった。
だから騒動そうどうの直後、2‐D全員と教室に戻ってからの、朝のホームルーム。彼ら彼女らに、コウサク先生の言葉そのままを言った。するとあんじょう、その場しのぎを指摘してきされた。
「なんの問題もありません」とわたし。
「誰かのための謝罪なら、その場しのぎ、まったく問題ありません」
「あなたたちの、さっきの謝罪は、自分以外のクラスメイトのため」
「ひとり一人が自分以外のクラスメイトのためにした謝罪です」
「きっと、誰一人、処分されないでしょう」
「その場しのぎの謝罪のおかげで、人助けができたのです」
「男子も女子も、ここにいる全員、よくやった! ほこりに思いなさい!」
拍手がパチパチ起こって、やがて2‐D全員による大拍手になった。
拍手が落ち着くやいなや、矢継やつばやに質問がきた。
「なんで昨日、しかられとったの?」
「つーか、先生。ちゃんと二学期いるんだよね?」
「来年結婚って、誰とするの?」
わたしは「ストップ!」と言って、腕時計をチラ見した。
「もうすぐ一時間目が始まるんで、このつづきは四時間目」
「わたしの国語ん時、順番に答えます!」

2‐Dの教室を出ると、陸上の競歩きょうほ選手のごとく校長室に向かった。
「先ほどは大変申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げた。
校長先生は「気になさらないで」と言ってくださった。
わたしが「つまりは……」
様子をうかがうと「おとがめなし」と校長先生。
ホッと安心していると、
校長先生が「来年ご結婚されるのですか?」と。
「はい、その予定です」とわたしは答えた。
そして婚約者がコウサク先生であることを伝えた。
すると校長先生「アジャパー」と言って、手のひらでご自分の額をたたいた。
すぐさまコウサク先生もその場に呼ばれ、
「そうした慶弔けいちょうに関しての話はですね。決まり次第、まず報告するのが……」
二人そろってお小言こごとを言われた。
小言こごとの終了を待って、わたしはコウサク先生に目配めくばせした。
するとコウサク先生は、
「校長先生に結婚式の仲人なこうどをお願いしたいのですが」と。
わたしは間髪入かんぱついれず「よろしくお願いします!」と申し出た。
するとまた校長先生「アジャパー」と言って、手のひらでご自分の額をたたいた。

四時間目の国語は、五十分すべてがQ&Aになった。
Q:なんで昨日、しかられとったの?
「わたしはいつもしかられています。職員室では恒例こうれいの行事です。2‐Dがうるさすぎて授業にならないので、どうにかならないのか? といつもめられています。案をくださる先生方もいますが、どうもしっくりきません。自分でいくら考えても、良い案が出てきません。大学時代の先生にも相談しました。まずはひとり一人の個性を見極みきわめて、とか。中心人物にターゲットをしぼって、とか。おえらい人の本に書いてありそうなことを長々と聞かされました。そして先生が最後におっしゃったのは、自分を信じていろいろチャレンジすればいい、ということでした」
「先生に相談しておいて申し訳ないですが、専業主婦の母がいつも言ってくれている、あなたが思うようにすればいい、とほとんど同じ気がします。むしろ母の言葉の方が、勇気をもらえます。結局、解決策なんてないのかもしれません。正直つらいです。苦しいです。泣きたくなります。でもわたしは泣きません。あなたたちの前では決して泣きません」
「あなたたち、来年は受験生です。最初の人生の岐路きろです。勉強以外にも、部活とか、友人関係とか、なかには家庭のこととか、いろいろ抱えながら、あなたたち、来年は受験生です。泣きたくなることが多いのは、わたしではなく、あなたたちの方です。実際、泣いている子もいるでしょう。来年、泣く子もいるでしょう。だからわたしは決めたんです。今のままでいい。今のまま一年間過ごさせてあげよう。せめて学校にいる時間くらいは、好きに楽しく過ごさせてあげよう。わたしが先生方に頭を下げることで、とりあえずその場が一件落着して、今のまま一年間過ごさせてあげられるのなら、わたしはそうしよう。わたしは決めたんです。わたしは、わたしが思うようにしよう。そう決めたんです。でも、わたしのその決断が正しいのかどうか、分かりません。正直、今でも不安になることがあります」
「……ちょっとちょっと、おい、おい」
「あなたたち大人しすぎて、いつもの感じは、どうした? なんか気持ち悪いんだけど……」
「……えーと、次の質問ね」

Q:つーか、先生。ちゃんと二学期いるんだよね?
「います。でも二学期でめます。今年いっぱいがわたしの任用にんよう期間です。延長もないので、夏休み期間を足して、あと五ヶ月です」

Q:来年結婚って、誰とするの?
「わたしは来年結婚します。日取りはまだ決まっていません」
「相手は、みなさんもご存知ぞんじの……」

さっきまでの静けさから一転。
コウサク先生の名前を出すやいなや、大騒ぎになった。
「お前たち、うるさい!」と隣の教室から先生が怒鳴どなり込んできた。
「すいません。すいません」と謝ると、
「隣は普通に授業をしているんですから邪魔をしないでください!」
「すいません。すいません。ほんとにすいません」と言い続けると、
「ほんとにもう!」と教室から出ていかれた。
これにて一件落着。

わたしは、二人のめを話した。
ちなみにクミコの方[第十話  め]で、コウサク先生の方[第十一話  もうひとつのめ]ではない。もちろん、秘密の喫煙場所のくだりは割愛かつあいした。

キン、コーン ♪ カン、コーン ♪
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。
「はい、おしまい。……さ、給食、給食」と言うと、
校長室で最初にキレたリーダー格の男子生徒が立ち上がった。
「クミコ先生。オレたちは先生の味方だからな」
わたしは戸惑とまどった。戸惑とまどいながら彼を見つめた。
つづいて彼は「みんな、それでいいよな?」と同意を求めた。
2‐Dの四十人全員が、わたしを見つめ、強く深くうなずいた。
わたしは、ひとり一人の顔を確認すると、泣き出しそうになるのをこらえた。
気を取り直して笑顔をつくった。
「……とても頼もしい、四十人の味方だね」
「いーい? みんな。もちろんわたしも、あなたたちの味方だからね」
わたしはキヲツケして、頭を下げた。
「みなさん、ありがとうございます!」
「そしてこれからもよろしくお願いします!」

~ 第13話 夏休み(語り:クミコ)に、つづく ~


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