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外国人男性の謎の問いかけ –その1-(2013年44歳)

冷たい北風とうららかな日差しがせめぎ合う、3月某日。
駅方面へ行くため、徒歩にて家を出た。

これから辿るは“生活メインルート”。その途中には鬼門がある。
それは「交通量の激しい街道を横断する交差点」。
赤信号がとんでもなく長い上に、青がビックリするほど短命なのである。
故に、勝手知ったる地元民は皆、青に変わる気配を感じたら30m手前から走り出す。老若男女問わず走り出す。荷物が重くたって走り出す。
それほどの待ち時間の長さなのだった。

という訳で、私は家を出た瞬間から青であることを願いながら向かうのだが、この日はあいにくの赤信号。すでに6名ほどがいらっしゃり、あっという間に後方にもひとだまりがつくられていった。
静かに信号に集中する、我々運命共同体。私は心で地団太を踏みながら、鋭い目つきで信号に念を送り続けた。

と、その視界の中で、なにかが引っかかった。
無意識に合う焦点。映ったのは、右手前方の白人男性だった。
パッと見、20代後半くらい。黒いリュックを背負い、白Tシャツにデニムパンツという夏真っ盛りな軽装をされているのだが、なにしろダークトーンの軽アウター集団の中、はためく白が際立って眩しい。

だが、特記すべきはそれではなく、リュックにぶら下がるおびただしい数の「ぬいぐるみ3房」。
ゲームのキャラクターなのだろうか…。1房につき3~5個ほどが、色とりどり、たわわに実っている。
『おお!ものすごい数だな……!』
凝視しながら、咄嗟に心が強く動く。しかしすぐに興味は薄れ、信号に視線を移し直そうとした……その瞬間!その男性がぐるりんとこちらを振り返り、バチコン目が合ったのだ!

『し、しまった……!』
完全に逃げ遅れた我が視線は、たちまち捕らえられ逃げ場を失った。
思わず目の奥がビクッとして、顔面が凍り付く。もう視線を外せない。不本意ながら見つめ合う。
『あ……こりゃ、まずいパターンか!?』
そんな焦りが込み上げるや否や、男性は出し抜けに背後のぬいぐるみ群団を指さし、言葉を発した。

「コレ、カワイイ?(←カタコト日本語)」
「(うえっ!?)う…うん、かわいい……(←小声)」
正直、大量すぎて1個1個認識出来なかったし、キャラクターものにはめっぽう疎いし、ぬいぐるみという存在自体にもあまり興味がなかったが(1個も持っていないヒト)、すぐさまそう頷くと、男性も満足げに大きく頷き、前を向いた。

『……………』
脳に変な汗がにじみ出る。
『えっと、彼は何故突然振り向いた?しかも、こちら側を?』
『振り返った先には他の人もいたのに、何故私だった?同じ匂いがした?』
軽いショックを受けた脳は、謎を考察せずにはいらなかった。

そして、平静を得るため、わずかな時間で導き出したのが、
『私の強い心の波動(驚き)が彼に伝わり、反応させてしまった』
という結論であり、再発防止対策として、
『ならば、今後は自分が興味の無い事には、1ヘルツたりとも心の周波数を合わせないようにしよう!』
が掲げられ、己の感受性に厳重指導が行われた。

こうしてちょっと新しくなった私は、どうしても眼前でチラつくぬいぐるみ群から視線をグイとそらし、前だけをしっかりと見据え、待ち焦がれた青信号を渡ったのであった。