見出し画像

日本でマルチモーダルアプリが流行らないのはなぜか?

こんにちは。MaaSHack編集部の中村です。

皆さんは「マルチモーダルアプリ」と聞いて、ピンとくるでしょうか。
あまり聞き覚えがないという方も多いのではないかと思います。
海外ではTransitアプリとも言われているこのサービスですが、まさにMaaSのパイオニアであるフィンランド発のサービス”Whim”も、分類としてはマルチモーダルアプリなのです。

今回は、そのマルチモーダルアプリについて
「そもそもマルチモーダルアプリって何なのか?」
そして「日本であまり流行っていないように感じるのはなぜなのか?」
逆に「どうすれば事業としてチャンスがありそうなのか?」
についてまとめてみました。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。

1.そもそもマルチモーダルアプリとは?

 マルチモーダルアプリとは「移動の際に目的地までのルートを検索・提示し、その移動の際に発生する決済を一括で対応できるアプリ」の事を指します。
つまり「様々な手段を加味したルート検索機能」および「ワンストップ決済」の2つがマルチモーダルアプリの構成要素となります。

具体的な事例としては、世界初のMaaSアプリであるフィンランドのWhimが最も有名なものかと思います。
フィンランドではカーボンニュートラル実現への取り組みに積極的で、国を挙げて活動を推進しております。
その取り組みの一環として、マイカー利用を減らしCO2を削減するための手段として、Whimのサービスが開始されました。
特徴的なのは、マルチモーダル機能に加えて公共交通機関の利用料金がサブスクリプションモデルであるという点です。
また、福祉国家観が強いフィンランドでは産官学連携のコンソーシアムがWhimの取り組みを後押ししており、法制やデータ基盤の整備がスムーズに進み、交通機関との連携もかなりうまく行っている印象があります。
このため、Whimは移動全般について定額で利用できる包括的な移動ソリューションサービスを提供しているのです。

画像1

前述のWhimは産官学の強い連携もあって実現したモデルでしたが、展開国はさほど多くはありません。


ここではもう一つ、サブスクリプションモデルではないマルチモーダルアプリをご紹介いたします。
それは、ドイツのダイムラー社が開発しているmoovelというアプリです。
現在は、REACH NOWというサービス名称に変更しておりますが、日本国内においてはmoovelという名で現在も認知されています。
また、東急電鉄が主導しているMaaSアプリ「Izuko」へのシステム提供もしており、日本市場へも参入しております。


moovelの特徴はいくつか存在しますが、ユーザーから評価されているのはやはり、公共交通機関の運行情報の正確性です。
この運行情報の正確性を担保するために、各社様々な工夫をしておりますが、大別すると2つに分類されるのではないかと考えています。


*運行情報のフィードバック
アプリのユーザーまたは独自の現地コミュニティを形成して、運行情報がなるべくリアルタイムにフィードバックされる仕組みを構築している企業が多く存在しています。
この場合は、フィードバッカーのインセンティブ設計が非常に重要になってきます。


*データに基づく予測
 もう一つの工夫としては、大量のデータに基づいて正確な予測を実施するというものです。
様々な国で展開しておりユーザーが多いサービスにおいては、大量のデータに基づいて公共交通機関の運行時間を精度高く予測することができます。


情報の正確性はサービスの提供価値の根幹をなしているために、各社ともに様々な取り組みを実施しております。
このように、moovelのようなサブスク型ではない、経路検索機能+一括決済機能を強みとしたマルチモーダルアプリの方が世界的に見ると一般的です。

画像2

2.マルチモーダルアプリはなぜ海外で流行ったのか?

ここまで読んでいただいた方々は「え?Whimならともかくmoovelのようなアプリってそんなに流行るの?」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。


ここで、海外における交通課題について触れていきたいと思います。
海外と言っても様々ですが、例えばルーマニアの首都ブカレストを例にとってみましょう。
日本と比較すると、ブカレストは車社会で渋滞問題が多く発生しております。
実際、オランダの大手カーナビ会社トムトム(TomTom)が2017年に発表した調査では、ブカレストは世界第5位の渋滞都市と言われています。
そのため、渋滞緩和のためにも公共交通を利用したい層が一定数いるのですが、時間通りに運行しないのが常です。
つまり、「正確な運行情報をリアルタイムで加味したうえで公共交通を利用して目的地まで到達する」というのがとても難しいという課題が存在しているのです。
こういった課題を解決するためにmoovelをはじめとしたマルチモーダルアプリはとても重宝します。
運行情報を正確に捉え、それを加味した経路提案をしてくれるからです。
これによって、元来使いづらかった公共交通が各段に利用しやすくなります。

また、非常に地域色が出て興味深いのはイギリス発祥のマルチモーダルアプリ、Citymapperです。
展開国数は31か国、ユーザーは世界で5,000万人と少々ローカルなアプリですが、イギリスの地下鉄で発生しやすいストライキの情報もリアルタイムで正確に把握し、運行情報を発信して公共交通を利用しやすくしております。
加えて、イギリスの地下鉄では電波がつながりづらいため、オフラインでもサービスが十分利用できるような工夫も施されており、ユーザーからは評価されております。
また、地下鉄の治安が悪い地域においては、アプリ内で交通費を一括決済できるというのも魅力の一つなのかもしれません。

画像3

3.日本でマルチモーダルアプリはなぜ流行らないのか?

ここまで読んだ皆様はお気づきかと思いますが、日本でマルチモーダルアプリが流行らない理由は、日本ではありがたいことに公共交通機関の運行時間が正確で、かつ運行情報の発信も比較的リアルタイムで行われているからです。
また、移動経路の検索自体はGoogle Mapsで十分精度が高いものを提案してもらえる状況にあり、乗り換え案内アプリなども充実しています。
加えて、Suica/PASMOがかなり広範囲で使えるために、経路検索+決済ワンストップ機能を1つのアプリで提供することによる価値があまり大きくない状況にあるのです。

4.マルチモーダルアプリは日本では流行らせるには?

では、マルチモーダルアプリは日本ではビジネスとしてうまく行かないのでしょうか。
結論としては、独自の付加価値を加えることよって、サービスが進化・普及するのではと私は考えています。
ここで「そもそも既に需要が満たされている状況なのにマルチモーダルアプリを流行らせる必要があるの?」と疑問をお持ちになる方もいらっしゃると思いますので、まずは「マルチモーダルアプリを流行らせると誰にどういったメリットがあるのか」について言及させていただきます。

マルチモーダルアプリが普及すると、展開した企業にはユーザーの移動データが手に入ります。
これにより、データ活用を軸とした新規事業を創出することができるのです。
つまり、マルチモーダルアプリの提供者にはユーザーの移動データという新たなアセットを形成することができるというメリットがあるのです。
上記の理由から、マルチモーダルアプリの国内普及を目指す企業様が増えてきています。

では、日本でもマルチモーダルアプリを活用してもらうためにどんな付加価値を乗せていく必要がありそうでしょうか。いくつかのアイデアのうち、ここでは2つご紹介させていただきます。


※下記のDeep MaaS領域とはモビリティサービス領域でのサービス付加価値の向上、 Beyond MaaS領域とは非モビリティ領域との連携によるサービス付加価値の向上という意味で記載しております。


a.移動のパーソナリゼーション(Deep MaaS領域)
「個人の移動それ自体に感じる付加価値を向上させるための提案をする」というアイデアはいかがでしょうか。
これは「個人の趣味趣向に合わせた移動体験の提案」と「個人の身体状況に合わせた経路の提案」の2パターンが考えられると思います。

a1.個人の趣味趣向に合わせた移動体験の提案
 例えば、「今日は天気がいいから散歩する道を提案し、普段の移動とは異なった景色が見られるルートを案内する」というサービスがあり得ると思います。
 もしくは日常で立ち寄る場所から逆算して「普段はいかないが興味がありそうなイベント・お店のサジェストをする」など、個々人の移動データから趣味趣向を推測し、いつもと違う体験を提案するというのは一つ、ありえるのではないでしょうか。

a2.個人の身体状況に合わせた経路の提案
 パーソナリゼーションという観点でいえば、坂の情報や階段、人混みなどご高齢の方をはじめとした移動に手間を感じやすい方向けに「多少遠回りになっても楽な道」を提案する機能があってもいいかもしれません。
個々人に最適化された移動をコーディネートすることができれば、既存のGoogle Maps をはじめとしたルート案内のアプリとは差別化を図ることができるように思えます。


b.移動目的地との連携(Beyond MaaS領域)
基本的には移動とは手段であり、必ず目的地があるはずです。しかし、天候や時間帯など様々な要因によって、目的地が私たちの目に魅力的に映らないケースもあるでしょう。
そんな移動目的地の需要が低い時に「そこまで無料で、かつ楽に連れていってくれる」のであれば、どうでしょうか。
場所によっては「まあそれならいってもいいかな」となるケースも出てくるかと思います。

例えば、15時すぎの定食屋、雨の日のイベント施設など、需要が落ち込んでいるタイミングで移動手段をワンストップで提供し(具体的にはオンデマンド交通など)、かつその費用を目的地側が負担するという、移動のダイナミックプライシングのような仕組みがあれば、既存のルート情報の提供アプリと差別化を図ることができるのではないかと思います。


ここでご紹介したのはあくまで一例です。
生活サービスとの連携という点では、小田急が運営しているEMotではもうすでに実装されていたりします。
まだまだ可能性のある領域ですが、やはりキーポイントは移動に絡めて付加価値を乗せて、更にお金を落としてもらう仕組みを作ることだと考えています。

5.まとめ

いかがだったでしょうか。
マルチモーダルアプリの概要や、国内市場だとまだ成長できていない理由というのもある程度ご理解いただけたのではないでしょうか。

国内市場においては、たしかにまだ人口に膾炙してはおりませんが、わが国独自の付加価値を乗せることで、プラットフォームとして日の目を浴びる日がやってくるのではないかと私は考えています。
ぜひ、読者の皆様も「こんなサービスがあったら移動に絡めて生活が豊かになるなぁ」というようにサービス構想にふけってみてください。
最後までご覧いただきましてありがとうございました。

<参考>
弊社では、MaaSに関しての資料を複数ご用意しております。ぜひご関心の方は以下よりダウンロードください。

――――――――――――――――――――――――――
<作成者プロフィール>
株式会社リブ・コンサルティング
コンサルタント
中村 仁哉

東京大学法学部卒業後、リブ・コンサルティングに入社
モビリティ業界を主として事業開発・マーケティング系コンサルティングに従事
《主なコンサルティング実績》
MaaS事業開発支援
ヘルスケア新規事業開発・企業支援
SaaS系ベンチャー 事業開発支援
マイクロモビリティメーカー マーケティング戦略策定・実行支援
カーディーラー デジタルマーケティング戦略策定・実行支援


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?