2023/11/17(金)



今日出来たと感じたこと

なし

今日出来なかったと感じたこと

なし

嚥下できなかったこと=宿題になったこと

意味のない苛立ちの連鎖

鬱なのか更年期なのか 病院で調べてもらうにもお金がかかる
ここ1〜2年 一人でいるときに苛立ちを抑えきれず癇癪を起こすことがある これが人前で出るようになったらどうしよう

特に今日みたいな雨の日 濡れる 不快 不潔 
特に寒い冬 早く日が落ちる世界 厚着をしなければいけない 面倒 荷物も増える 乾いた空気の攻撃 何だか世界が冷たく感じる 優しさの欠如

それに加え その辛さをごまかすためのアルコール
お金もないのにそんな嗜好品にお金を使ってしまった罪悪感
食べないと飲めないので食べすぎて感じる膨満感
雨で走ることもできなかった(じゃあ飲んでいっかという逃げ道)

なぜ自分はこんな人間なのか 単純というか 外部の要素に影響されやす過ぎる 冬は本当に苦手

そもそも鈍臭い人間なのにそれが助長される
シンプルに生きたい 薄着で手荷物少なく太陽の下で

そもそも やらなくていいことだけをするのが人生
そもそも この瞬間よりも楽しいことがある未来の可能性のために
とりあえず今日を生き抜いている
だから それを邪魔してくるこの季節は辛い

辛いけどちゃんとしたい
でも毎日が過ぎるのは早い
気づいたらまたここで日記を書いている
虚しい気持ちになる
こんなことばかりしている気がする
面倒なことだけしかしていない気がする
でもこれを溜めてしまった方が後々もっと辛い

そこでふと思う
僕はよく他人に真面目だと言われる 悪い意味で
真面目なだけで要領が悪い 真面目すぎるのは良くない
自分でちゃんとできていると感じている時は良いのだが
そうじゃない時 例えば今日みたいな日は精神が弱る
やけくそになって 自暴自棄になってしまう
きっと このくらいのこと多くの人にとってただの日常だし もっと上手くそれと向き合えている人はたくさんいると思う

ああ考えがまとまらない

ここ数日玄関の外にカメムシがいる
ほとんど動いているように見えないが
少しづつ移動しているようにも見える 知らんけど
見ていない隙に大移動をして
また同じ場所に戻っているだけかもしれない
その間に僕が何度この玄関を出入りしただろう
何度溜息をついただろう 何を考えただろう
こんな日記を書いている間にもそのカメムシは壁につかまってじっとしていたのか 何十時間もの間
それでも そのカメムシの一生と僕の一生に何の違いもない

消化できたこと

側楽

仕事は生活のためにしている
お金があればしないだろう
それでも働いている時は普段自分のどこに眠っているのか分からないような情熱を使っている
これが仕事じゃなければ気づけなかったような自分の一面
サービスを提供する側は 客から当然のようにやる気を求められる
当たり前だ 客はお金を払っているのだから
そしてサービスを提供する側もやる気がある相手との方がやりやすい
互いに共有できていること 信じることが一致すれば楽しい
その一致があってこそ やっと相手のことを思える
相手を主体に考えることができる
相手の週末の予定に対して晴れると良いですねと言える
そんなことを言っている時 果たしてお金を稼いでいるという意識はあるだろうか

自由欄

ここに書くことの多くが書かなければ忘れ去られていたことだ
書きながら思うのは
たかが一瞬思ったようなことでも本当の自分なんだな ということ
書いていて違和感があるようなことでも ある瞬間に確かに思ったことなのだ
これを見過ごしていては 自分の中の自分の見方が偏ってしまう
ネガティブな考えに偏りがちな中で
確かに比較的ポジティブな思いもあるのだ
これには中々気付けない なぜだ

長く生きていないと気づかないこともある
誰かが言っていたが
人生は長く生きるほど楽になるそうだ
きっとそうなのだろう

例えば巡る流行 昔のブサイクが今のイケメン
あの頃したかったダサい格好が今やオシャレ

ほんと 僕たちは何も知らない 何も確かじゃない

でも書くことで気づけることがある
とは言え 一日の日記にこんなに時間を費やすわけにはいかない
ジレンマ

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