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【映画評】 中川奈月『彼女はひとり』

中川奈月『彼女はひとり』(2018)

本作は、中川奈月監督が立教大学大学院映像身体学科在学中、講師の篠崎誠監督のもとに製作した作品である。
彼女は大学卒業後、東京藝術大学大学院映画専攻に進学し、修了制作『夜のそと』(2019)を撮っている。

(『彼女はひとり』あらすじ)
高校生の澄子はある日、橋から身を投げた。しかし、死ねずに生還する。父は引っ越そうと言ったが自分の意思で残ることを選ぶ。1年留年して学校に戻ってきた澄子は、同級生となった幼馴染みの秀明を執拗に脅迫し始める。身を投げる原因を作ったのは秀明であり、秀明が教師である波多野と密かに交際しているという秘密を握っていた。その行為は日々エスカレートしていくが、そこには過去の出来事、そして澄子の家族に関わる、もうひとつの幼馴染・聡子の幻影があった…。

中川奈月『彼女はひとり』ホームページより

『彼女はひとり』を見たのは那覇市滞在中のことであった。夕方は雨という天気予報。靴が濡れるのは嫌なので宿舎の近くで夕食をとり、その後は宿舎に引きこもりと決めていた。だが、夕方になっても降る気配はない。ならば、映画を見に行こうと決め、映画のみならず、沖縄の音楽文化を発信するミニシアター桜坂劇場へと向かったのだ。

本作を見るつもりはなかったから、予備知識ゼロ、期待値ゼロの鑑賞である。
ところが、
予測は良い意味で外れた。非常に魅力的な映画である。篠崎誠監督の良質な遺伝子を受け継いだ素晴らしい作品だった。次回作『夜のそと』も見たい気持ちにさせた。上映はあるのか?

白で統一された静謐な保健室、白いカーテン越しの会話、窓から差し込む柔らかな光とカーテンに映る人の影。
カーテンで仕切られた保健室の空間は病室の仕切りカーテンとは違い、怪しくも変容を誘発させる空間である。予期せぬ何かが起きるのではと。

外部からの光を介し、カーテンの “こちら側/向こう側” の、顔の不在による息づくような男子高生と女子高生の会話。その描き方が魔術のようで、ふたりだけの保健室は怪しくも不気味な空気が満ちている。

『彼女はひとり』は不在に満たされていており、その不気味さに触れる映画である。

秀明(金井浩人)の膝の傷の手当てをする養護教諭の顔のない手のショット。そして皮膚に触れる不気味な指。
指は事態を誘発する作用素である。保健室のカーテン越しの澄子(福永朱梨)と秀明との会話を促すかのように、居住いを消した手だけの存在。澄子と秀明の顔のショットが薄いカーテンを隔て、濃密な様相を呈し始める。そこには精神の有り様の身体への転位と抑止があり、それは澄子の拒絶の立ち現れを作り出す。ふるえるような精神の発動が保健室を揺るがすのだ。

精神の発動、つまりエモーションは行動を生み出すのだが、本作には、粉川哲夫が1970年代に名づけたエモーション「e-motion」(註1)がみられる。燈子の飛び降りるという身体の運動、そして指先による写真の拡散というエレクトロニクスによるe-motion。このことだけでも、本作は現代の病を宿した新しい映画と言えるだろう。

病んだ精神は身体に埋め込まれる。それは身体の落下のみではない。たとえば指先はe-motionによる拡散と直結する。秀明の消去したはずの写真がe-motionで拡散される。澄子の意思とは言い切れない指先がそうさせる。この拡散は秀明への澄子の裏切りともとれるけれど、澄子の精神の、澄子自身の身体への澄子の反逆としての指先の痙攣ジストニア(註2)と理解することも可能である。

ブレッソンは手を描いたけれど、中川奈月は落下する身体と指の痙攣ジストニアを映像で描いたのだ。それもイメージとしてではなく、指の痙攣ジストニアのショットとして。

次回作『夜のこと』を見ないという選択肢はない。

(註1)変化する生きた状況に依拠しながら状況を変革する。それはフィジカルな行動・運動とともにある。粉川哲夫は、それを「e-motion」と名づけた。これは一般的な意味での情動エモーションだけではなく、「e」の運動が必要であると。この「e-」は、エレクトロニクスの「e」、エンヴァイロメント(環境)の「e」、そして$${E=mc^2}$$(エネルギー)の「e」を意味する。粉川哲也はその実践として仏・伊でおきた「自由ラジオ」を想定したが、本作では、指先の痙攣ジストニアにつながる、ある種の病としての「e-motion」と考えることができるのではとわたしは解釈した。
(註2)Dystonia。身体の筋肉が異常に緊張した結果、意思とは関係なく異常な運動を起こす状態、不随意運動のこと。

(日曜映画批評:衣川正和 🌱kinugawa)

中川奈月『彼女はひとり』予告編


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