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『どうも、探偵部部長の大森です。』第5話「本当に正しい事は、実は正しくない事だ」

<登場人物>
阿部 紗香(17)愛丘学園高校2年
大森 宗政(18)同3年、探偵部部長
沢村 諭吉(16)同1年、探偵部員
須賀 豊(18)同3年、パソコン部部長
鈴木 友美(17)同2年、紗香の友人
佐野 詩織(17)同2年、風紀委員
阿部 静香(42)紗香の母
阿部 公太(9)紗香の弟
保科 亜紀(30)養護教諭
岡本 久典(51)紗香の担任、探偵部顧問

杉山 修(18)探偵部副部長
市村 聡美(16)転校生、依頼人
市村 みのり(18)聡美の姉、旧姓は中川
小鳥遊 透(18)みのりの恋人
女子生徒C、D

 
 
<本編>
○愛丘学園・外観

○同・廊下
   掲示板に貼られた「あなたのお悩み解決します 探偵部」などと書かれたビラ。そのビラを見ている女子生徒達。
女子生徒C「アンタもさ、探偵部に依頼してみたら?」
女子生徒D「え~。でも探偵部って、評判悪くない?」
女子生徒C「それがさ、最近そうでもないらしいんだよ」
女子生徒D「へぇ、そうなんだ~」
   女子生徒達の横を通り過ぎる杉山修(18)。まだ顔はわからない。足を止めて、振り返る。
紗香M「責任を取る必要がでた時」

○同・探偵部部室・中
   部長席に座る大森宗政(18)。引き出しの中を見ている。引き出しの中に入った「退部届」と書かれた封筒。引き出しを閉める大森。
紗香M「ある人は、辞める事で責任を取ろうとし」

○同・教室・中
   雑誌を読んでいる沢村諭吉(16)。開いているページには「オシャレ坊主」と書かれている。自分の坊主頭をさする沢村。
紗香M「ある人は、坊主になる事で責任を取ろうとし」

○阿部家・リビング
   テレビドラマの中で、プロポーズするシーンが放送されている。
紗香M「ある人は、籍を入れる事で責任を取ろうとする」
   そのテレビドラマを泣きながら観ている阿部紗香(17)と阿部静香(42)。鼻をかむ紗香。
紗香M「でもそれは、本当に『正しい事』なのだろうか?」

○メインタイトル『どうも、探偵部部長の大森です。』
   T「第5話 本当に正しい事は、実は正しくない事だ」

○愛丘学園・外観
   T「月曜日」

○同・探偵部部室・前
   ドアの前に立つ杉山。開ける事もせずただ立っている。
紗香の声「あの~……」
   振り返る杉山。そこに立っている紗香。
紗香「依頼人の方ですか?」
杉山「……誰だ?」
紗香「探偵部の阿部と言います。遠慮しないで入っちゃって下さい。ささっ」
杉山「あ? あぁ……」

○同・同・中
   入ってくる紗香と杉山。
紗香「すみませんね~。『この部屋入りづらい』ってよく言われるんですよね。(大森に)大森先輩、お客さんですよ」
   部長席に座る大森。顔を上げる。
大森「(杉山に気付いて)ほぉ。これはこれは、珍しいお客さんだね」
紗香「あ、お知り合いですか?」
杉山「ここ最近、随分とご活躍みてぇだな、大森」
大森「そんな事を言うためにわざわざ来たのかい? 杉山」
紗香「え、呼び捨て?」
杉山「結論から言おう。探偵部の部長に相応しいのは、この俺だ!」
紗香「……は?」
    ×     ×     ×
   部長席に座る大森と、応接用の席に向かい合って座る杉山と紗香、沢村。
大森「では、改めて紹介しよう。今年入部した一年の沢村ちゃんと、二年の阿部ちゃんだ」
沢村「沢村と申します」
紗香「阿部です」
杉山「なるほど。沢村っちと、阿部っちか」
紗香「あ、阿部っち?」
大森「沢村ちゃん、阿部ちゃん。彼は三年の杉山修。我が探偵部の副部長だ」
杉山「俺はいつから副部長になったんだ?」
大森「仕方ないだろう? 君がコレを出して以来、部活に顔を出さなくなってしまったんだからね。勝手に決めさせて貰ったよ」
   言いながら、引き出しから「退部届」と書かれた封筒を取り出し、杉山らに見せる大森。
紗香「退部届?」
杉山「俺はてっきり、もう退部したもんだと思ってたけどな。この際、それはいい。だが、退部扱いしないと言うのなら……」
大森「言うのなら?」
杉山「俺を部長にしろ」
紗香「何でそうなるの?」
大森「オールオアナッシング。相変わらずだな、杉山。それで、僕が素直に『はい、どうぞ』と言うとでも思ったかい?」
杉山「思わねぇよ。そこでどうだ、大森? ここは一丁、部長の座を賭けて俺と勝負しねぇか?」
大森「ほう。どんな勝負を?」
杉山「次に来る依頼人の依頼を、先に解決した方の勝ち。どうだ?」
紗香「なっ……?」
大森「タイムイズマネー。そこも相変わらずか。呆れを通り越して、尊敬の念すら覚えるよ」
紗香「そうですよね。そんな勝負……」
大森「まぁ、受けて立つけどね」
紗香「受けるんかい」
沢村「大森先輩……」
大森「心配には及ばないよ、沢村ちゃん」
沢村「ですが……」
紗香「そうだよ。そもそも、そんなに都合よく依頼人が来る訳……」
   扉が開き、恐る恐る入ってくる市村聡美(16)。
聡美「あの~、依頼って受け付けてます?」
紗香「……来るんだもんな~」
    ×     ×     ×
   応接用の席に向かい合って座る聡美と大森、杉山。大森らの後ろに立つ紗香と沢村。
沢村「市村聡美さん。先月この学校に転入してきた一年生の方です」
大森「なるほど、サトちゃんか」
聡美「サトちゃん?」
紗香「すみません、こういう人なんです」
杉山「ところで、サトっち」
聡美「サトっち?」
紗香「すみません、こういう人らしいんです」
杉山「この依頼書によると『一目惚れした相手を探して欲しい』って事か?」
聡美「はい。私の二コ上で、この学校の人で、『タカハシ君』って呼ばれていた事くらいしか覚えてないんですけど……」
杉山「いいねぇ。それくらいじゃなきゃ、勝負のしがいがねぇ」
聡美「勝負?」
紗香「こっちの話なんで、気にしないで下さい」
大森「それでは、サトちゃんの依頼を承ろう」
杉山「まぁ、大船に乗った気でいてくれ」
聡美「はぁ……」
   大森と杉山の顔を見る紗香。ため息。
紗香の声「……っていう話なんですよ」

○同・パソコン室・中
   パソコンを操作中の須賀豊(18)と、その隣に座る紗香。
紗香「須賀先輩、どう思います?」
須賀「ハハハ、阿部ちゃんも大変だね~」
紗香「笑い事じゃないですよ……」
須賀「でもさ、それだとまだ俺の疑問が解決してないんだけど?」
紗香「疑問? 何ですか?」
須賀「だからさ、何で阿部ちゃんと杉山が一緒にいるのかな、って」
   紗香の後ろに立つ杉山。
杉山「悪いか? 須賀っち」
紗香「やっぱり、そう呼ぶんだ……」
須賀「悪いとは言ってないだろ? ただ、珍しい組み合わせじゃん?」
紗香「それは、また別の事情が……」

○(回想)同・探偵部部室・中
   部長席を挟んで対峙する大森と杉山。
杉山「結論から言おう。助手を付けろ」
大森「なるほど。確かに、三人対一人では不公平だね。じゃあ、こうしよう。沢村ちゃんか阿部ちゃん、杉山が好きな方を選びたまえ」

○同・パソコン室・中
   パソコンを操作中の須賀と、その隣に座る紗香、その後ろに立つ杉山。
紗香「で、杉山先輩は私を選んだんですよ」
須賀「へぇ。(杉山に)理由は?」
杉山「結論から言おう。大森へのハンデだ」
紗香「ハンデ?」
杉山「『助手の差で負けた』なんて言われたくねぇからな。優秀な助手を付けさせてやって、負け惜しみも言わせねぇようにしたんだよ」
紗香「(須賀に小声で)……私、遠回しにバカにされてません?」
須賀「結論から言うと、そうなるね。杉山の相手は大変だよ? (資料を渡して)はい、お待たせ」

○同・廊下
   並んで歩く紗香と杉山。
紗香「でも、杉山先輩。『この一年間で中退、休学、留年した生徒』のリストなんて手に入れてどうするんですか? 市村さんの二コ上なら、三年生の『タカハシ』さんを探していけば……」
杉山「結論から言おう。サトっちが探しているのは『二コ上だけど三年生じゃないタカハシ』だ」
紗香「え、三年生じゃないって……何でわかるんですか?」
杉山「なぁ、阿部っち。一目惚れした相手を探すのに、いきなり探偵部に依頼すると思うか?」
紗香「それは……確かに……」
杉山「サトっちは、自分でも探して、それでも見つけられなかった可能性が高い。となると、今この学校に、少なくとも第三学年にはいない生徒」
紗香「つまり、中退か休学か留年している生徒……。でも市村さんが見落としている可能性もゼロじゃないですよ? 探偵部としてはあらゆる可能性を検討して……」
杉山「それは大森のやり方だ。俺はそんな、時間も手間かかるような事はしねぇ。迅速に解決するためには『可能性の高い方に全力でベット』コレだ」
紗香「そんな、ギャンブルじゃないんですから……」
杉山「そうか? だが、少なくとも今回のギャンブルは俺の勝ちみたいだ」
   資料(生徒の名前の一覧)にある「小鳥遊透」の文字を指さす杉山。
紗香「この人と『タカハシ』さんと、何の関係があるんですか?」
杉山「結論から言おう。『小鳥』が『遊』ぶと書いて『タカナシ』と読む」
紗香「へぇ、コレで『タカナシ』……。え、『タカナシ』?」
杉山「サトっちは『タカハシ君と呼ばれていた』としか言ってない。つまり、文字として見た事はねぇんだろうな」
紗香「『タカハシ』と『タカナシ』を聞き間違えていたとしたら……市村さんが探しているのは、この小鳥遊透さん?」
杉山「どうだ? ベットする気になったか? 阿部っち」

○同・外観
   T「火曜日」

○同・二年一組・中
   複数のグループにわかれ雑談する生徒達の中で、誰とも喋らずに席に座る小鳥遊透(18)。

○同・同・前
   入口からその様子を覗き見る紗香と杉山。紗香の手には小鳥遊の写真付きプロフィール。
紗香「二年一組、小鳥遊透さん。去年一年間経済的な理由で休学し、先月復学したばかりだそうです」
杉山「そんな情報はいいから、さっさと写真撮っとけ」
紗香「は~い」
   デジカメで小鳥遊の写真を撮る紗香。
杉山「この写真をサトっちに見せて、合っていれば解決か。今日中には片がつくな」
紗香「あの……どうしてそんなに急ぐんですか?」
杉山「は? 勝負だからに決まってんだろ」
紗香「そうじゃなくて……もう少し時間をかければ、もっと質の高い報告ができるんじゃないかな、って」
杉山「結論から言おう。タイムイズマネー、だ」
紗香「タイムイズマネー……。確か、大森先輩もそんな事言ってましたね」
杉山「確かに、時間をかければかけただけ、質の良い情報が手に入るだろうし、それは価値のある情報だろうな。だが、そんなものは目に見えねぇし、言い出したらキリがねぇ。だろ?」
紗香「まぁ、そうですね……。だからって、時間をかけないんですか?」
杉山「ある程度の質を維持した上で、スピーディーに、時間をかけずに提供する。それもまた、情報としての価値を高めるとは思わねぇか?」
紗香「それに、目に見えてわかりやすいし、ですか?」
杉山「わかってきたな。どうだ? 俺の理論は間違ってるか?」
紗香「間違ってはいないと思います。ただ……正しいのかどうか……?」
杉山「(小声で)……『本当に正しい事は、実は正しくない事だ』」
紗香「え?」
杉山「気にすんな。ちょっと、嫌な記憶を思い出しただけだ」
紗香「はぁ……」

○同・探偵部部室・前
   T「水曜日」

○同・同・中
   気まずそうに応接用の席に座っている紗香。部屋に入ってくる大森。
紗香「あ……おはようございます」
大森「おはよう、阿部ちゃん……と、杉山」
   部長席に座っている杉山。
杉山「よぉ、大森」
大森「何故君がその席に座っているのか、聞いた方が良いのかい?」
杉山「だな」
大森「なら、聞こう。何故だい?」
杉山「結論から言おう。サトっちからの依頼は昨日、解決した」
大森「ほう」
紗香「市村さんが探していたのは、休学して留年していた二年一組の小鳥遊透さんで間違いなかったそうです」
大森「それは何よりだ」
杉山「随分呑気だな、大森。まさか、約束を忘れた訳じゃねぇだろ?」
大森「もちろんだ。引き継ぎが必要かい?」
杉山「いらねぇよ」
大森「そうか。じゃあ、失礼するよ」
   出て行く大森。
紗香「大森先輩……」

○阿部家・前(夕)
   一人で歩いている紗香。
紗香「探偵部、どうなっちゃうんだろ……」

○同・玄関(夕)
   入ってくる紗香。
紗香「ただいま……ん?」
   玄関に靴がある。

○同・リビング(夕)
   入ってくる紗香。
紗香「誰かお客さん……?」
   キッチンに立つ静香と、ソファーに座っている鈴木友美(17)。
紗香「(友美に気付いて)!?」
友美「(紗香に気付いて)……」
静香「あら、紗香、お帰り。久しぶりに友美ちゃんが来てくれたわよ」
紗香「……ちょっと来て」
   友美の手を引いて出て行く紗香。

○同・前(夕)
   友美の手を引いて出てくる紗香。
紗香「……どういうつもり? いきなり家に来るなんて」
友美「ごめん」
紗香「謝るなら何で……」
友美「偶然、そこでおばさんに会っちゃってさ。それで、誘われて……」
紗香「そんなの、断ればいいじゃん」
友美「断ったよ? でもそしたら、おばさん泣きそうな顔して……仕方なく」
紗香「それは……ごめん」
友美「いや……こっちこそ、ごめん」
   しばしの沈黙。
友美「……じゃあ私、帰るね。おばさんによろしく」
紗香「あぁ、うん」
   去って行く友美の背中を見送る紗香。
   友美の姿が見えなくなる頃、紗香の元にやってくる阿部公太(9)。
公太「いや~、超ピリピリしてんじゃん」
紗香「(驚いて)公太、アンタいつからいたの?」
公太「一緒にウチから出てきた所から。それにしても、まだ仲直りしてなかったの?」
紗香「うるさいな、色々あんの」
公太「ふ~ん。昔はあんなに仲良かったのに何でこうなっちゃったのかね~?」
   言いながら、家に入って行く公太。
紗香「何でこうなった……?」

○愛丘学園・保健室・前
   T「木曜日」

○同・同・中
   向かい合って座る紗香と保科亜紀(30)。
亜紀「大森君と杉山君の関係? 面白い事聞くのね」
紗香「あの二人、元々は一緒に探偵部として活動していた訳じゃないですか? 昔は仲良かったんじゃないかな、って」
亜紀「あら、いい噂は聞かないわね。昔から仲悪かったわよ? あの二人」
紗香「え? でも、大森先輩は杉山先輩の退部届を受理していなかったんです。それって、戻ってくるのを待っていた、って事なんじゃないですかね?」
亜紀「そうねぇ……。でもあの二人はタイプが全然違うでしょ? 水と油というか」
紗香「まぁ、相性は悪そうですけど」
亜紀「あら『タイプが違う』のと『相性が悪い』のとは別よ?」
紗香「別?」
亜紀「そう。例えば『攻め』と『受け』って考えれば、タイプは違うけど、相性は良いでしょ?」
紗香「……すみません、何の話をしているのかさっぱりわかりません」
亜紀「あら、それは教え甲斐がありそうね」
紗香「それより、先輩達の事を教えて下さいよ。例えば、杉山先輩は何で退部届を出したのか、とか」
亜紀「それは多分……中川みのりさんね」
紗香「中川みのり?」

○同・探偵部部室・前
杉山の声「みのりっちか」

○同・同・中
   応接用の席に向かい合って座る紗香と杉山。
杉山「忘れた事はねぇが、改めて思い出したくもねぇ名前だな」
紗香「その人と、何があったんですか?」
杉山「結論から言おう。俺がみのりっちを退学に追い込んだんだ」
紗香「え?」
杉山の声「イジメの調査?」

○(回想)同・同・同
   T「一年前」
   応接用の席に向かい合って座る杉山と中川みのり(17)。
杉山「(依頼書を見ながら)二年一組の平田美保をイジめている人物を特定、証拠を手に入れたい、と」
みのり「美保は私の親友なんです。何とかしてあげたくて……。できますか?」
杉山「結論から言おう。可能だ」

○(回想)同・二年一組・中
   机に落書きをする女子生徒達。
   その様子をデジカメで撮影する杉山。

○(回想)同・昇降口
   上履きをゴミ箱に捨てる女子生徒達。
   その様子をデジカメで撮影する杉山。

○(回想)同・パソコン室・中
   SNS上に書かれた美保の悪口。
   それをプリントアウトした資料を須賀から受け取る杉山。

○(回想)同・探偵部部室・前

○(回想)同・同・中
   応接用の席に向かい合って座る大森と杉山。写真や資料を見ている大森。
杉山「十分な証拠能力はあるだろ?」
大森「確かに。ただ僕は、みのりちゃんには『何もわからなかった』と報告する事をオススメするね」
杉山「結論から言おう。これらのコピーは、もうみのりっちにも渡した」
大森「……早いね。タイムイズマネー、という訳か」
杉山「当たり前だろ? こうしている間にも平っちへのイジメは続いてるんだ。一刻も早く止めようとした俺の判断は、正しいだろ?」
大森「あぁ、正しい。正しいが、杉山。本当に正しい事は、実は正しくない事だ」
杉山「お前の御託は聞き飽きたよ」
大森「それは残念だな」
杉山の声「それから間もなく、平っちへのイジメは無くなったらしい」

○同・同・同
   応接用の席に向かい合って座る紗香と杉山。
杉山「だがその直後、みのりっちへのイジメが始まった。イジメの実態を先生連中にチクった事がバレてな」
紗香「それで、イジメを苦に退学したって事ですか……」
   退学者のリストを見る紗香。そこに載っている「中川みのり」の文字。
杉山「多分な。大森の言う通り、俺がみのりっちに真実を伝えていなければ、みのりっちは『本当に知らない』って立場を貫けたかもしれねぇ。時間をおいていれば、何か変わったかもしれねぇ。情報を探偵部預かりにするだけでも、違ったかもしれねぇ」
紗香「杉山先輩は、その事をずっと悔やんでいたんですね……」
杉山「いや、悔やんじゃいねぇ」
紗香「そうですか、悔やんでないんですか……って、え、悔やんでないんですか?」
杉山「あぁ。反省はしてるがな。あくまでも確率の高い方にベットして、外しちまっただけの話だ」
紗香「な……」
杉山「ただ、外したリスクは負わなきゃならねぇ。だから責任を取って、俺は退部届を出したんだ。受理されてねぇけどな」
紗香「はぁ……」

○同・外観
   T「金曜日」

○同・探偵部部室・中
   入ってくる紗香。
紗香「おはようございま……」
   部長席の前に立つ沢村と杉山。
紗香「あ、沢村ちゃんに杉山先輩。どうしたんですか?」
   沢村と杉山の視線の先、部長席に座る大森。
大森「やぁ、全員揃ったようだね」
紗香「大森先輩」
杉山「一体どういう事だ? その席は、もう俺の席になったハズだろ?」
大森「沢村ちゃん。説明を」
沢村「今日、小鳥遊透さんと市村聡美さんがお会いになるそうなんです」
紗香「そっか。それは何より」
杉山「で、それがどうした?」
大森「僕は『責任』という言葉を使うのは好きじゃない。けど、杉山。君は見届けるべきなんじゃないか、と思ってね」
杉山「見届ける? 俺が、何を?」
大森「まぁ、そう結論を急ぐ事はないさ。話は帰ってから聞くよ。さぁ、出発しよう。沢村ちゃん、留守番よろしく」
沢村「はい」
紗香「出発って……どこへ?」

○公園・外(夜)

○同・中(夜)
   多くの女性ヤンキーが集まっている。
   それを見ている紗香、大森、杉山。
紗香「えっ……? 何コレ、集会?」
杉山「おい、大森。サトっちと透っちが会う場所に行くんじゃなかったのか?」
大森「そうだよ。まぁ、付いてきたまえ」
   ヤンキー達の間を縫って進む大森と、それに付いて行く紗香、杉山。
   集団の中心、向かい合う聡美と透。聡美の服装はバリバリのヤンキー。
大森「ほらね」
紗香「市村さん!?」
杉山「透っち!?」
聡美「(振り返り)ちっ」
   ヤンキー達から「邪魔すんな」「誰だテメェら?」といった声が上がる。それを手で制する大森。
大森「どうも、探偵部部長の大森です」
小鳥遊「探偵部?」
聡美「何だよ。もうテメェらの仕事は終わっただろ? この男で間違いありません。見つけてくれてありがとう。わかったら、とっとと帰んな」
大森「そうはいかないね、サトちゃん。嘘を付いて僕達から得た情報を、このような事に使うのは、重大な違反だ」
紗香「え? 嘘って……?」
大森「では、阿部ちゃん。コレが『初恋の人との再会を喜ぶシーン』に見えるかい?」
紗香「それは……見えませんけど」
杉山「じゃあ、何だ? サトっちは、何か別の目的……まぁ、何かしらの復讐なんだろうが、そのために、俺達に透っちの事を探させたってのか?」
大森「そういう事になるね」
紗香「市村さん、小鳥遊さんと一体、何があったんですか?」
聡美「っせぇな。関係ねぇだろ?」
紗香「小鳥遊さん」
小鳥遊「……」
大森「……サトちゃんは、透ちゃんの事をこう思っているんだよ。『お姉さんを捨てた男』ってね」
聡美&小鳥遊「(驚いて)!?」
紗香「お姉さんがいるんですか?」
大森「あぁ。名前は市村みのり。(杉山を見ながら)旧姓、中川みのり」
紗香「え? それって……?」
杉山「じゃあ、サトっちは、みのりっちの妹……?」
聡美「お姉ちゃんの事、知ってるの?」
大森「まぁ、色々あってね」
杉山「なぁ、サトっち。みのりっちは、その……元気にしてるのか?」
聡美「元気だよ。(小鳥遊を見ながら)母子ともにね」
紗香「(驚いて)!?」
杉山「妊娠してんのか?」
聡美「いや。先月産まれたよ」
紗香「産まれた、って……。え、ちょっと待って。まさか、その父親が……?」
聡美「(小鳥遊を指差し)コイツだよ。私のお姉ちゃんを孕ませて、そのまま姿くらませやがった、このクソ野郎が」
紗香「姿くらませた……あ、休学?」
杉山「おい、ちょっと待て、阿部っち。透っちが休学したのは一年前、みのりっちが退学したのも一年前……」
紗香「あ……まさか」
大森「確かに一年前、みのりちゃんはイジメを受け、その直後に退学した。でも、その原因はイジメではなかった、という事だ」
紗香「妊娠……」
杉山「じゃあ、みのりっちの退学は、俺のせいじゃなかった……?」
聡美「そうだよ。全部コイツのせいだ。ウチの家族をメチャクチャにしたくせに、挙げ句逃げるなんて。ちっとは『責任取ろう』って思わねぇのかよ?」
大森「面白い事を言うね、サトちゃん。君が言う『責任』とは、何だい?」
聡美「は? そりゃあ、子供の父親として、ちゃんとお姉ちゃんと結婚して……」
大森「それで本当に『責任』を果たした、と言い切れるのかい?」
聡美「知らねぇけど、そういうもんなんじゃねぇの?」
大森「いいかい? 『責任』を取る事ができるのは『責任を取る事が出来る立場』の人間だけだ。いわゆる『責任者』という人種だね。ましてや、僕たちはまだ未成年だ。責任なんて取る事すら出来ないんだよ?」
聡美「じゃあアンタは、高校生は悪い事しても『無責任』だからって、何もしなくていいって言うのかよ」
大森「そんな事はないよ? 責任を取る事が出来ない、と言っているだけだ。出来る事は、やるべきだろう。例えば……」
紗香「例えば?」
大森「例えば、ある探偵部員が自らの行動のせいで、一人の生徒を退学に追いやってしまった事に責任を感じていたとしよう」
紗香「それって……」
杉山「……」
大森「そしてその部員は『責任を取る』と言って(『退部届』と書かれた封筒を手にして)コレを出して姿を消した」
紗香「でも、やるべき事はそうじゃない?」
大森「彼には、その後も探偵部に残り、情報を得続ける事が出来たハズだ。そうすればその退学した生徒の妹が編入してきた事にもすぐ気付けただろう?」
杉山「なるほど。お前は最初っから気付いていた、って訳か」
大森「まぁね」
聡美「じゃあ(小鳥遊を指して)コイツには何をさせりゃいいんだよ」
大森「そうだね……。阿部ちゃん、わかるかい?」
紗香「え? ……あの、コレ、私の勝手な想像なんですけど」
大森「話してみたまえ」
紗香「小鳥遊さんは、もう既に、出来る事をしているんじゃないでしょうか?」
聡美「何言ってんだよ。コイツは、休学して逃げて……」
紗香「そこです。本当に逃げるなら、退学や転校という手段もあったハズです。でも、小鳥遊さんは『休学』という形で、学校に残る事を選びました」
聡美「だから、何も無かったみてぇな面してのうのうと学校に戻って……」
紗香「(小鳥遊の写真付きプロフィールを取り出して)ですが、この資料によると、小鳥遊さんは休学していたこの一年間、引越業者でアルバイトをしていました」
聡美「え?」
大森「補足をすると、週五~六日でね」
聡美「……だから、どうしたんだよ。遊ぶ金が欲しかったんじゃねぇの?」
紗香「それがもし、お姉さんのためのお金だとしたら? 出産費用とか」
聡美「それは無いね。そんな金、お姉ちゃんは一円だって貰ってねぇよ」
紗香「どうなんですか? 小鳥遊さん?」
小鳥遊「……」
紗香「(大森の持つ『退部届』と書かれた封筒を見て)もしかして、受け取ってもらえなかったんじゃないんですか?」
聡美「は?」
小鳥遊「……」
紗香「どうなんですか?」
   無言で小鳥遊をじっと見つめる紗香。
小鳥遊「……俺は、辞めるつもりだった」
紗香「え?」
小鳥遊「学校辞めて、働いて、一緒になろうって思ってた。みのりと、子供のために」
聡美「思うだけなら誰だって出来んだよ」
小鳥遊「みのりに断られたんだよ」
聡美「は?」
小鳥遊「『ちゃんと卒業して、就職してからでも遅くないから』って」
   スマホを操作し始める大森。
小鳥遊「『せめて出産費用だけでも』って思って、休学して働いたけど、その金も『今は受け取れない』って」
聡美「そんな……そんなテメェばっかり都合のいい話がある訳ねぇだろ? コッチはテメェのせいでメチャクチャなんだよ。姉ちゃんは高校中退して未婚の母、それが原因でパパとママは離婚して……」
大森「サトちゃんもグレちゃって」
聡美「っせぇな。関係ねぇヤツは黙ってろよ」
大森「仕方ない。では、関係のある人に口を挟んでもらうほかあるまい」
   と言ってスマホを差し出す大森。
大森「ただし、世の中には、知らない方がいい事もある。それでも、知りたいかい?」
聡美「何言って……」
   大森からスマホを受け取り、訝しげに耳に当てる聡美。
聡美「……誰?」
みのりの声「あ、聡美?」
聡美「(驚いて)!? お姉ちゃん!?」
杉山「みのりっち!?」
紗香「え、何で?」
みのりの声「事情は、大体聞いたよ」

○愛丘学園・探偵部部室・中(夜)
   応接用の席に座り、沢村のスマホで通話するみのり(18)。みのりの前にお茶を出す沢村。
   以下、適宜カットバックで。
みのり「心配させてゴメンね、聡美。でも、透の言ってる事は本当だから」
聡美「お姉ちゃんは、それでいいの?」
みのり「ううん。それ『で』いいんじゃない。それ『が』いいの」
聡美「何でそこまでコイツの味方するの? こんな男の、どこがいいの?」
みのり「それは……やっぱり、透の事を信じてるからかな?」

○(回想)同・二年一組・中
   他に人がいない教室。
   黒板一面に書かれたみのりを中傷する言葉。それを見ているみのり。やがて消し始める。
みのりの声「透は、私が一番辛い時に側にいてくれた」
   一緒に消し始める小鳥遊。その姿に気付くみのり。
みのりの声「たった一人だけ、私の味方をしてくれた」
   互いに見合う小鳥遊とみのり。
みのりの声「きっとこの先も、私が辛い時に側にいてくれる」

○同・探偵部部室・中(夜)
   応接用の席に座って通話中のみのり。変わらず、適宜カットバックで。
みのり「でも、今の私は別に辛くはないからさ。透が側にいなくても大丈夫。だから透には『私達のためを思ってくれてるなら、私の代わりに高校卒業して』って。それが、私が望んだ事だから。聡美も、それで納得してくれる?」
聡美「……バカ」
みのり「え?」
聡美「バカだよ、お姉ちゃん。どんだけ人が良いんだよ」
みのり「そうかも。まぁ、聡美には負けるけどね」
聡美「……知ってる」
みのり「(笑って)じゃあ、もう切るね。可愛い息子が、家で待ってるから」
   通話を切るみのり。やってくる沢村にスマホを返す。
沢村「ご協力、ありがとうございました」
みのり「こちらこそ」

○公園・中(夜)
   多数の女性ヤンキーに囲まれる紗香、大森、杉山、聡美、小鳥遊。通話を切る聡美。
大森「どうだい? 納得できたかい?」
聡美「……甘いんだよ」
紗香「甘い?」
聡美「(小鳥遊を指差し)こんな男、放っといたらまた別の女作って、何も無かったみてぇにお姉ちゃんを捨てるに決まってんだよ。いや、もう新しい女がいるかもしれねぇよな」
紗香「そんな言い方……」
   紗香を手で制する大森。
聡美「テメェみてぇな奴は、痛い目に遭わねぇとわからねぇだろ? お姉ちゃんを泣かせる前に、私が教えてやるよ」
   「そうだそうだ」とはやし立てる周囲のヤンキー達。
聡美「……でも白けちまったから、今日だけは見逃してやるよ。(ヤンキー達に)行くぞ」
   聡美が先頭を切り、公園から出て行くヤンキー達。
紗香「(訳がわからず)えっと……?」
大森「大事なお姉さんが妊娠で高校を中退して、それが原因で両親が離婚して。サトちゃんは今まできっと、その全てが透ちゃんのせいだと思う事で、何とかバランスを取っていたんだろうね」
紗香「市村さんにとって小鳥遊さんは『憎むべき相手』じゃないといけなかった、って事ですか」
杉山「だが、大森らしくねぇな。コレで透っちを憎めなくなったサトっちは、そのバランスを取れなくなっちまったじゃねぇか。どうするつもりだ?」
大森「そうだね。そういう意味では今回、僕も杉山もミスをした。そういう事だろう。さぁ、長居は無用だ。帰るとしよう」
   公園から出て行く大森。
紗香「あの、杉山先輩も……」
杉山「なぁ、透っち。一つだけ確認してぇ。透っちはサトっちがみのりっちの妹だってわかってたハズだろう? なのに何で、この呼び出しに応じたんだ?」
小鳥遊「……さぁ?」
杉山「透っちは、サトっちに痛い目に遭わされるのを承知で、ここに来たんじゃねぇのか? あるいは、そうするようにみのりっちに頼まれた、とか?」
紗香「え?」
杉山「どうなんだ?」
   しばしの沈黙。やがて小鳥遊が口を開きかける。
杉山「いや、結論は言わなくていい。阿部っち、帰るぞ」
紗香「はい」

○愛丘学園・外観
   T「翌 月曜日」

○同・廊下
   探偵部のビラの前に立つ杉山。ビラは剥がれかかっている。
   そこにやってくる紗香。
紗香「あれ、杉山先輩。こんな所で何やってるんですか?」
杉山「ん? ちょっとな」
紗香「?」
杉山「阿部っちはどう思う? 今回、俺のやり方は間違ってたか?」
紗香「う~ん、どうでしょう? 杉山先輩自身は、どう思っているんですか?」
杉山「結論から言おう。俺は、俺のやった事が『正しくない事』だったと思ってる」
紗香「そうですか……。でも、それでいいんじゃないですか?」
杉山「あ? どこが?」
紗香「だって、大森先輩は言ってたんですよね? 『本当に正しい事は、実は正しくない事だ』って」
杉山「……(笑い出す)」
紗香「どうしたんですか?」
杉山「いや、完全に俺の負けだな、って。なぁ、阿部っち。一つ、頼んでいいか?」

○同・会議室
   席に座る佐野詩織(17)、その正面に立つ大森。
詩織「つまり『あなた方の調査によって、一人の生徒が危険に晒された』。そういう事ですね?」
大森「その通りだ。まぁ、解決したけどね。サトちゃんも前の学校に戻るらしいし。もちろん、再発防止にも努めるとしよう」
詩織「そういう問題ではありません。探偵部は昨年も似たような事がありましたよね? イジメの調査をした依頼人が、今度はイジメの被害者になるという……。既に再発しているじゃないですか。もっと、責任を感じたらいかがですか?」
大森「(小声で)……みんな好きだね。『責任』という言葉が」
詩織「何か言いましたか?」
大森「いや、何でもないさ。とにかく、報告はした。僕はもう失礼させてもらうよ。それじゃあ」
   出て行こうとする大森。
詩織「ちょっと、まだ話は終わって……」
大森「無責任な僕たちがこれ以上話をしても時間の無駄。タイムイズマネーだ」
   大森と入れ違うようにやってくる岡本久典(51)。
岡本「おう、佐野。話って何だ?」
詩織「岡本先生? (大森に)ちょっと、どういうつもりで……」
大森「我が部の責任者は、厳密には岡ちゃんだ。違うかな?」
詩織「それは……」
大森「という訳だ。あとはよろしく頼んだよ、岡ちゃん」
   出ていく大森。
詩織「……これだから、探偵部は」
   出ていく詩織。
岡本「おい、佐野? お~い」

○同・探偵部部室・中
   部長席に座る大森と、その正面に立つ紗香。大森の手には「退部届」と書かれた封筒。
大森「これを、杉山が?」
紗香「はい。大森先輩に渡して欲しいと」
大森「まったく、懲りない男だね」
   机の引き出しにしまう大森。
紗香「受理しないんですか?」
大森「当然だろう?」
紗香「やっぱり、なんだかんだ言って、大森先輩と杉山先輩は仲が良いんですね」
大森「ほう。何故そう思うんだい?」
紗香「え? だって大森先輩は、杉山先輩の退部届を頑に受理しないじゃないですか。それって、杉山先輩に部に残っていて欲しいからですよね?」
大森「なるほど。どうやら、阿部ちゃんは何か大きな勘違いをしているらしいね」
紗香「勘違い、ですか?」
大森「いいかい? 退部届には入部届と同様、学校指定の正式な用紙があるんだ。(封筒を指し)こんな手書きの退部届など、受理しようがないだろう?」
紗香「え? 理由、それだけですか?」
大森「何か問題があるかい?」
紗香「いや……無いですけど……」
紗香M「責任を取る必要がでた時」

○同・校門
   出て行く聡美。校舎に軽く頭を下げる。
紗香M「責任を取るのは、当事者とは限らない」

○同・二年一組・中
   窓から聡美の様子を見ている小鳥遊。
紗香M「というより、当事者ではない事の方が多いかもしれない」

○同・廊下
   きちんと貼り直された探偵部のビラ。
紗香M「どんなに正しくない事をしても」

○同・探偵部部室・中
   部長席の引き出しに入った「退部届」と書かれた封筒。
紗香M「どんなに正しい事をしても、私達は皆……」
   引き出しが閉まる。
紗香M「無責任なんだ」
               (第5話 完)
 
 

 

 

 


 

 

 

 

 

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