見出し画像

他人が敷いたレールを、とびこえて生きる

この本を読んでいる途中。

もちろんKindleで。買ってからまだ1週間も経っていないがおおきな不満は特にない。それどころか、かさばらないし、通常より本を少し安く買えるし、控えめにいって最高である。

−−−

ところで、また「読み終わる前」に書評記事を書こうとしている。読み終わるどころか、まだ全体の10%にも達していない。

でもいいのだ。

note×書評は、「書きたいときに書けるところまで」書けるからいい。読みおわったときに改めてもういちど書きたくなったらまた書けばいい。

−−−

アマゾンの商品ページから

長屋 「こういう時代のこういう話、好きなんですよね。」

あらすじは検索してもらえたらわかるとおもうので書かないが、あの沢木耕太郎さんが「どうしても書きたい人」と言うぐらいだからか、僕も読んでいて現実の知り合いよりも興味がわいてくる。

西川一三かずみさん。

1941年、満鉄という当時の人がうらやむような高給職をすてて住み込みの寮に入った西川さん。そのとき持参した荷物は、ほんの少しの日用品と愛読書「吉田松陰全集12巻」というほどの変わりっぷり。

卒業後は、みんな有名な会社に就職したり、蒙古の牧畜業に貢献したり、満州の医科大学に入学したりする者などが多いなか、型にはまらない西川さんにとってはそれが退屈でしかなかった。

中国奥地の辺境地域にみずから挺身ていしんすることをのぞんでいた西川さんは、現代を生きる僕たちからすると、あるいは当時の人からしても、理解に苦しむほどの「天性の旅人」であったのだ。

−−−

天性の、というと聞こえはいいが、要は「求められる以上のことが言われずともできてしまうこと」だとおもう。

今日、晩御飯のときにこの番組を観た。

爆笑問題のふたりがMCとして、著名な歴史学者がスタジオで「ある歴史テーマ」にそって議論を交わすという年に一度の特別番組だ。

2021年は「邪馬台国」で大河ドラマとは無関係なテーマであったが、去年と今年は完全にドラマの前哨戦という予測が立てられる。

−−−

番組の内容については別の記事にゆずるとして、爆笑問題って本来、お笑いの人だよね?

近世史(江戸時代)が専門の学者さんたちが中心となって議論を交わし、中世史(鎌倉とか室町時代)が専門の本郷和人先生がまとめ役というか仲裁役になりつつ、MCの太田さんが歴史好きなのもあってか、司会でありながら適所で知的なコメントを語られるのもおもしろい。

一方の田中さんは私見を挟まずに司会者として徹しているのも「さすがプロだな」と感じざるを得ない。

女性アナウンサーもいないし、笑いを求めるフリなども一切ない。サミットという体裁上、円卓で議論する人たちを撮影・補助するために、スタッフがもはや隠れずにカメラに映り込んでいるのも味があっていい(?)。

考えてみるまでもなく、テレビってそれぞれが自分の役割をこなすことで成立している。世の中であっても社会が歯車のようにしっかりと噛み合うことでまわっている。

だけどそれって当たり前ではないよな、とも感じる。

与えられた役割を確実にこなすだけでも大変なのに、それ以上のことを、しかも自然とこなしてしまうのは「天性」のものだというほかはない。

僕の記事をここまでお読み頂きありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。 頂いたご支援は、自己研鑽や今後の記事執筆のために使わせていただきます。