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フルーツサンドの天使、あるいは⑭

 「お前、結婚するんだって?」

 時間帯がずれ、ガランとした社食。
席に着いたとたん、宮島がニヤニヤしながら近づいてきて隣に座った。

 はるかとの婚約についてはまだ会社に報告したわけではなかったが、班の飲み会で話したことがちらほら広まっているようだった。宮島には、改めて話そうと思っていたが、このところお互いに予定が合わずにいた。

 「まだちゃんと決まったわけではないんだけど。まあ、もう付き合って五年も経つし、そろそろかなって」
「なるほどね。これから一生フルーツサンド食い続けるんだな」
「それはマジでかんべんだな」
考えたことなかったが、そういうことになるのか。想像すると胸の辺りがむかむかしてきた。
 
 「それよりさ」
宮島が急に真面目な顔になった。
「おまえ、岡崎さんのことはいいの?」
「いいのって何で?」
「岡崎さんのこと、好きなんだろ」
「なんだよ、急に」
「三人で飲んだ日、何かあったんだろ。岡崎さん、あのあとから元気なくて、また飲もうって誘っても微妙な反応だから、聞いたんだよ。」
「なんて言ってた?」
「おまえと会うのが気まずいって。それ以上は何もいわなかったけど、空気読めない俺だって、さすがにな」
 
 あれから岡崎さんとは廊下であっても、お互いぎこちなく会釈をする程度で、仕事以外の会話はしなかった。ちゃんと話さなきゃと思えば思うほど、彼女を避けてしまう自分が情けなかった。
僕の結婚の話は彼女の耳にはいっているのだろうか。確認することが怖かった。

「まあ、お前が決めたことなら、俺は応援するからさ」
宮島は僕の肩に軽く触れ、別の席に座る同僚のもとに去っていった。
 
 ――岡崎さん、あのあとから元気なくて――
宮島の言葉が蘇る。自分がしたことを考えれば、当たり前のことなのに、改めて言われると急に気になる。
嫌われたならまだいい。傷つけたという事実に直面する自信がない。自分のしたことの結果を受け入れる準備が出来ず、曖昧にしていたかった。

 食堂から席に戻る途中、廊下から彼女の居るフロア内が見えた。彼女の席は空席だ。
 自分の席に戻り、スマホで彼女のこれまでのメッセージ履歴を開く。テンポの良いやりとりが残っていて、あの日以来更新されていない。

心地よい鈴のような笑い声が蘇る。
彼女との会話で感じる、腹の底から笑えるような爽快な感覚をもう味わうことが出来ないのだと思うと急に息苦しく感じた。

 ――今日は休み?――
メッセージを送信したら、すぐに既読がついた。さすがに返信はこないだろうとスマホをしまおうとしたそのとき、返信が表示された。

――出勤してますよ。今取引先に出てます――
――仕事終わり時間ある?――

しばらく時間が空いて、返信が来た。
――残業するかもしれませんが、その後なら――
息苦しさが和らぎ、緊張に変わる。
――駅前のカフェ、アラートで待ってる――

送信を押すと、急いで仕事に取り掛かった。
僕は彼女に何を話すつもりなんだろう。あの日のことを弁解するつもりなのか?それとも――。
考えれば考えるほど分からなくなり、時計を見れば心臓の動きが早くなるばかりだった。
                            ーつづくー

※画像は梨女様の作品を使用させていただきました。素敵な作品をありがとうございます。

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